第76話 自分の信念なんて

「ホントですか!?」


 アスタリータ商店へと戻って来た俺達の簡単な報告を受けたロザリアは、店内であるという事を忘れて大声で反応した。

 当然、閉店セールに来ていた客からの注目を浴びることになり、すぐに「すみません」と言って小さくなっていた。


 まあでも仕方ないよな。

 だって昨日は交渉に失敗してすげえへこんでたもん。

 それが次の日には、サランドラの協力を得られるかもしれないという報告に変わったわけだからな。


「今晩にでも交渉結果についてお話ししますよ」


「はい!」


 俺の言葉にロザリアは元気よく返事をして、接客へと戻っていった。


 ロザリアとユリアーナには、今日からは接客をやってもらってるんだ。

 店内の食料品もかなり少なって来たので、明日で一時休店に出来るかもしれない。

 店を閉めたら、リニューアルオープン後の計画を話し合わなければならないだろう。

 

 価格ではカンパーナにはかなわない。

 だから、同じ土俵での勝負は絶対にできない。

 じゃあアスタリータ商店の長所は何か?

 欠品を起こさない事?これは本来そうでなければならないので長所にはならんだろう。

 価格では対抗できない、品揃えも向こうが上。

 じゃあ何で戦えばいい?


「はー今日もお仕事しゅーりょー!」


 俺がそんな事を延々と考えていると、ユリアーナの元気な声が聞こえてきた。


「お疲れ様ですユリアーナ」


「ほんとだよー!みんな、何か安いのは無いかって必死で買い物してくるから、こっちも汗だくになっちゃう!」


 別におおげさに言っているわけではなく、本当に大変だったんだろう。見れば、エレオノーレさんも椅子に座って一息ついていた。


 現在アスタリータ商店は閉店セール実施中につき、赤字価格で食品関係を販売している。

 黒字で販売して売れ残って無駄になるより、赤でもいいから現金を回収してリニューアルオープンの資金にしたいからだ。

 ウルバノさんはあまり良い顔はしなかったが、残っても廃棄になるだけだしな。


「コレナガさん!」


 気が付くと、ロザリアの顔が目の前にあった。


「うわあああああああっ!な、なんですか一体!」


「うわあああああああっ!ってなんですか!失礼です!」


 び、びびったぜ!

 気が付いたら目の前にロザリアの顔がアップで映ってるんだぜ?

 そりゃ声も出るだろ・・・。


「さっきから何度も呼んでるのに返事もしないし!」


「え?そうなんですか?」


「そうですね、何か考え事に没頭しておられるご様子でした」


 ロザリアの代わりにエレオノーレさんが答えてくれた。


「それはすみません。ちょっと考え事をしていました」


「それって、今日の交渉の事?」


「まあ、それも含めてですね」


 ユリアーナの質問にそう答えた。

 ふと見ると、アスタリータ家の人達も全員揃っているようだ。

 そろそろ、今日の報告と今後の事について話し合おうか。


「じゃあ皆揃っているようなので、結果報告からさせてもらいますね」


 つっても、要はフィリッポさんが本社との交渉に行ってくれた事くらいしか無いんだけどね。

 でもまあそれだけじゃあれなので、支店の閉鎖作業を中断してくれた事や、フィリッポさんのコネを活用して交渉してくれることなどを話した。


「まあでも、価格に関しては期待しないでくれと言われましたが、今より安く仕入れる事は間違いないようです」


「そうでしたか。それにしてもフィリッポさん、昨日の雰囲気ではとても交渉に応じてくれそうな感じはしなかったんですけど」


 俺の話を聞いたエレオノーレさんが、不思議そうに俺に尋ねて来た。

 けどさ、実は俺、もしかしたら俺の話の内容次第では、交渉に応じてくれるんじゃないかと淡い期待は持ってたんだよね。


「エレオノーレさん、昨日フィリッポさんが「私は敗戦処理に回された」って話をしていた事覚えてますか?」


「はい、覚えています。支店を閉鎖するって話をされた時の事ですよね」


「はい。実はあの時フィリッポさん、凄く自嘲気味に「敗戦処理」を任されたと言われてたように見えませんでしたか?」


「そう・・・でしたでしょうか?」


「まあ、僕にはそう見えたんですよ。で、もしかしたら可能性はあるのでは?と、僕は思っていたんです」


 なんで俺がフィリッポさんのそういう感情に気付けたのかはわからない。もしかしたら気のせいかもしれない。

 でもさ、なんか昔の自分にフィリッポさんが重なっちゃったんだよ。

 もう誰からも期待もされず、誰でも出来るような簡単な仕事しか回されなくて、やけくそ気味になってた自分に。


 フィリッポさん、もしかしたら社内で閑職かんしょくに追いやられていたのではないだろうか?

 自分の事を「敗戦処理に」に回されたという表現からも、その可能性は高い。

 だからかもしれない。「前例になればいい」という俺の言葉に凄く反応していた気がする。

 彼は、今の状況をなんとかしたいと思ってたんじゃないかなあ。


 実を言うと、今回の案は本当は使いたくなかった。

 けど、それがフィリッポさんを動かしたのなら、効果的だったんだろう。

 不本意だけど。


「シンちゃん!」


「うわっ!」


 気が付くと、ユリアーナの顔が目の前にあった。


「うわっ!じゃないよー!さっきから何度も呼んでるのに~」


 ユリアーナが不満たらたらで俺に文句を言ってくる。

 あれ?なんかこの風景デジャブ・・・。


「まあまあ。コレナガさんも疲れているんですよ。昨日今日と、大変な役目を果たしてくれたんですから」


 俺がごめんごめんとユリアーナに謝っていると、ロザリア母が援護をしてくれる。


「そうですね。商会との慣れない交渉を2日も続けてされたんですもの。本当にお疲れさまでした」


 今度はエレオノーレさんがねぎらいの言葉をかけてくれた。


「そうだな!俺も二日続けて交渉事で疲れたし、そろそろ飯にしようや」


「お父さんはただ一緒に付いて行っただけじゃないっ!」


「!?」


 そんなアスタリータ家の会話を合図に、俺達は夕飯を頂くことにした。

 おやじさん、ちょっとへこんでたな。




「コレナガさん、ちょっとよろしいですか?」


 俺がアスタリータ商店の倉庫を借りて、今後の事について考え事をしている時だった。

 ふと見ると、暖かい飲み物を二人分持っているエレオノーレさんが入り口に立っていた。


「良かったらどうぞ」


「ありがとうございます」


 そう言って、俺はエレオノーレさんからカップを受け取った。

 この辺りは昼夜の温度の差が激しく、よるは結構寒い。

 受け取ったカップから伝わる飲み物の暖かさが心地よかった。


「今日は本当にお疲れさまでした」


「いえいえ、エレオノーレさん達も接客お疲れ様です」


 他愛のない会話をしつつ、カップに口を付けた。


「あの、今日の事で一つだけ聞いても良いですか?」


「え?あ、はい」


 少し遠慮がちにエレオノーレさんがそう尋ねて来た。

 今日の俺の説明で、何かおかしかった点でもあっただろうか?

 これ以上は何も隠し持ってないんだけど。


「コレナガさんは今日の話し合いで、サランドラ商会に、商品の仕入れ販売の計画から関わってもらうよう、提案されましたよね」


「そうですね」


「でも、昨日の段階でこの話をサランドラにしていれば、もっと簡単に交渉できたのでは?と、ふと思ってしまったんです」


「あ・・・」


「ごめんなさい!文句を言っているわけではないんです。もしかしたら、何か理由があるのでは?と考えてしまって・・・」


 あー、ホントこの人優秀だわ。

 俺の隠し事なんか、すぐに見透かされちゃうよ。

 これは・・・話さないわけにはいかんだろうなあ。


「エレオノーレさん、以前、僕が澤田さん達と話してた時の事覚えていますか?」


「話し合いの時の事ですか?」


「はい。あの時僕が、澤田さん達に協力したい!でもこの世界に、現代の地球の文化や文明を根付かせるという目的には賛同できないって話をした事です」


「・・・はい、しっかり覚えています」


「実はね、今日僕がした提案ってのは、僕がいた世界、日本で使われていたやり方なんです」


「・・・やはりそうでしたか」


 この反応の仕方だと、やっぱりこの人気付いてたんだ。

 まあ、さっきエレオノーレさんも言ってたけど、話し合いがグダグダになる前にさっきの交渉カード切るよね普通。


「申し訳ありません・・・」


「へ?」


 エレオノーレさんが突然謝ってくるから間抜けな返事になってしまった!

 と言うか、なんで彼女が謝るんだ?


「私とユリアーナが、強引にアスタリータ商店再建の話を勧めたばかりに、こんな事になってしまって・・・」


 ああ、なるほど。

 俺、最初は嫌だって言ってたから、自分とユリアーナが強引に話を勧めたことを謝っているらしい。


「いやいや、俺は押しに弱いんで、二人が言わなくてもアスタリータ商店の面々に頼み込まれて断れなくなってましたよ、本当に」


 まあ、これはホント。

 たぶん、あの押しの強い面々に迫られたら、俺は断り切れなかっただろう。

 特に、ソニアさんがやばい!

 一見大人しそうに見えるが、彼女が言うと、ウルバノさんもロザリアも一切逆らわない迫力がある。

 そういえばあの時も・・・。


「コレナガさん?」


 はっ!

 ちょっと前にあったソニアさん関係の出来事を思い出して、冷や汗をかいていると、エレオノーレさんが心配そうにのぞき込んできた。


「す、すみません」


「大丈夫ですか?汗、凄いですよ」


「いえ、ちょっと嫌な事を思い出してしまって・・・」


「?」


「ま、まあとにかく!」


 俺はこの話題から話を逸らすために少し大きめの声を出す。


「これは自分で決めて自分で行った事です。それに・・・」


 俺はちらっと、アスタリータ家に繋がるドアの方を向いた。

 エレオノーレさんも俺に倣ってそちらに目をやる。

 そこからは、ロザリアの声が聞こえてくる。


「もう!お父さんは何回言えば出したものをちゃんと元に戻してくれるのよ!」


「お、おお、悪い悪い」


「あーお父さん、娘に嫌われちゃうよ~」


「そ、そんなことは無い!この子はワシに昔からよーく懐いてだなあ・・・」


「最近ちょっと幻滅気味だけどね!」


「!?」


「はいはい、そのくらいで終わりにしましょうね」


 アスタリータ一家にユリアーナが混ざった楽し気な会話が、ドアの向こうから聞こえてくる。

 そして俺は、そのドアを指さしながら話を続けた。


「あんな楽しそうな会話がこれからも続くためなら、ちょっとくらい自分の信念を曲げても、どうって事ありませんよ」


「コレナガさん・・・。ありがとうございます」


「こちらこそ。今後ともよろしくお願いしますね」


 そして俺達は、楽し気な会話が続くアスタリータ家へと続くドアへと二人で戻っていった。

 明日からも忙しいぞー!

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