第75話 説得
「今、何とおっしゃいましたか?」
サランドラ商会のフィリッポさんは、アスタリータ商店に関する俺の提案話を聞くや、何かの聞き間違えではないかと言う表情で聞き返してきた。
俺はフィリッポさんの求めに応じて、もう一度同じ言葉を話した。
「はい。今後、アスタリータ商店の品揃えに関して、サランドラ商会にも計画の段階から参加してほしいのです」
「コレナガさんは、私共が、何の商売をしているかはご存知ですよね?」
「はい、それはわかっています」
こいつは何を言っているんだ?ってのが、フィリッポさんの表情から、ありありと伺える。
「コレナガさん、我々の仕事は、アスタリータさんのような小売り店さんに商品を卸す事です。経営計画を立てる事ではありません」
それはそうだ。
経営に関して全責任を負わなければいけないのはアスタリータ商店であり、サランドラではない。
実はこの話を聞いたアスタリータ家の面々にも、最初同じことを言われたよ。
「なんで、俺の店の事に、他所の者から口を出されなきゃいけねーんだ!」
ってね。
なので、フィリッポさんにも同じ説明をしていく事にした。
最終的に、ウルバノさんが納得した話を。
「はい。それは私も同感です」
「よくわかりませんね。我々が経営に参加するわけではない?でも経営計画に参加しろと?」
「いえ、経営計画ではありません。売り場づくりに最初の段階から関わりませんか?という提案です」
「どういう事でしょう?」
フィリッポさんは本気でわかってないようだったが、それでも興味は持ってくれたようだ。
実を言うと、ロザリアやユリアーナ達に理解してもらうのにも結構な時間を要したんだよなあ。
それと今回の提案も、現代日本で実際に行われている事だ。決して俺の独自のアイデアなんかじゃない。
「実は、売り場づくりや商品の選択にサランドラさんにも参加して頂きたいのです」
「商品の設置などを手伝えと・・・?」
「いえいえ、そうじゃありません」
恐らくこの世界では、そういった手法は使われていないんだろう。
なので、俺は一からフィリッポさんに説明していく。
「サランドラさんは、農家や生産者から仕入れた食品や物を、アスタリータ商店のような小売店に販売しているんですよね」
「その通りです」
「この前の話から察するに、小売店が買いたいという商品を供給しているという認識でよろしいでしょうか?」
「その通りです。我々サランドラ商会は、小売店が欲しいという商品を、可能な限りお届けするのが使命だと考えています」
「素晴らしいと思います。ですが、こうは思われないでしょうか?【店舗に並ぶ商品の品揃えに介入できれば、サランドラ商会の売り上げはもっと伸びるはず】と・・・」
「・・・それはあまりにも我々に都合の良い夢物語ですね。そんな事を小売店が許すはずがありません」
フィリッポさんは何を言ってるんだこいつは?というような目で俺を見ている。
まあ、今の話を聞いただけじゃそう思うのは仕方ない。
「俺は別に構わんぜ」
しかし、ウルバノさんのこの言葉でフィリッポさんは目を丸くしていた。
「本気ですか!?自分の店の事に部外者が口をはさんでくるのですよ!?」
フィリッポさんは信じられない表情でウルバノさんを見ている。
「もちろん、最終的な判断はウルバノさんを中心としたアスタリータ商店が行います。サランドラさんにやってもらいたいのは、アスタリータ商店の販売計画に足りない点、又は、これがあれば良いのでは?というアドバイスをしてもらいたいんです」
「アドバイス・・・ですか?」
これは実際に日本でも行われている事だが、売り場での商品の展開方法を、メーカーと一緒に考えるんだ。
当月、又は四半期の販売目標に向けて、どの商品をどれだけ売り場で展開するかという事をメーカーと話し合いながら決める。
メーカーだって自社製品が売れて欲しいので、そりゃあ真剣に考える。
「しかし、そんな取引の仕方は聞いたことが無い・・・」
日本でのやりかたの説明を聞くと、困惑の表情でフィリッポさんがつぶやいた。
まあ、そりゃあそうだろうね。だけど・・・。
「では、サランドラさんが最初の前例となれば良いじゃないですか」
「最初の前例に・・・?」
「はい。サランドラさんにも、ぜひとも販売したい商品等があるのではないですか?これは、そういった商品を小売店に置いてもらうチャンスでもあります」
「俺達の店の信用が上がり、売り上げが伸びるような商品なら全く問題ない」
俺の言葉にウルバノさんが追随する。
フィリッポさんはかなり考え込んでいるようだ。
たぶん、フィリッポさんが考えているのは、果たしてそれだけでアスタリータ商店がカンパーナストアに勝てるのか?という疑問だろう。
なので俺は、前回の話し合いでは口に出すことが出来なかった「カンパーナストアの弱点」についてサランドラ商会に説明する。
「フィリッポさん、私は、この1週間ほどカンパーナを偵察してみたんですが、あの店には幾つかの弱点があるんです」
「品揃え・・・の問題でしょうか?」
「気付いてたんですか!?」
いや、これは本気で驚いた。
でも、なんでわかっていたのならそれを武器にカンパーナと交渉しなかったのだろうか?
なので、その所をフィリッポさんに聞いてみた。
「言えるわけがありませんよ。それでサランドラからも購入してくれれば良いですが、へたをしたら、カペリ商店を利するだけの結果になってしまいます」
それは確かにそうだ。けど、黙って見ているだけじゃ何も始まらないんじゃないだろうか?
「コレナガさん、確かに品ぞろえの問題はカンパーナの欠点ですが、だからと言って、それがアスタリータ商店を利する事に繋がるとは到底思えないのですが」
俺がそんな疑問を頭の中で巡らせていると、フィリッポさんが俺にそう聞いてきた。
確かにそれだけじゃ利益になるとは思えないよな。
だから俺は、それがアスタリータの利益に通じる事を示すデータをフィリッポさんに見せることにする。
「これを見てください」
俺は数枚の紙をフィリッポさんに提出する。
「これはなんでしょう?」
「アスタリータ商店の、この1週間の販売状況です」
その紙には、曜日ごとに売れた商品と個数を書いていた。
「これは・・・思っていた以上にカンパーナにやられているようですね。これでは売り上げを回復するのは難しいのでは?」
俺が提出したアスタリータのデータを見たフィリッポさんは、すぐさまそんな反応を示してきた。
デスヨネー。素人の俺が見ても、この売上じゃあやっていけないのはすぐわかるもん。
しかし今回重要なのはそこじゃないんだ。
「フィリッポさん、今度はこっちを見てください」
そう言ってから、俺は別の用紙をフィリッポさんに提出する。
この用紙にも曜日ごとに商品が書かれているが、さっきの紙と違って数字は書かれていない。
「これはなんでしょうか?」
「カンパーナストアで、棚に商品が並んでいなかった時のリストです」
「ふむ。ですが、これが売り上げを伸ばすのと何の関係が・・・ん!?」
そこまで言いかけて、フィリッポさんは食い入るように二つのデータを比較し始めた。
「こ、これは、カンパーナの欠品とアスタリータの販売商品がリンクしている・・・?」
さすが卸問屋。俺が何も言わなくても、このデータの意味に気付いてくれたようだ。
「そうです。客は、カンパーナで買えなかった商品をアスタリータで補っていたんですよ。あんなに高いのに。しかも一部のお客さんは、全てをアスタリータで揃えておられたようです」
「あれほどの価格差があるにも関わらずですか?」
「恐らく富裕層の方なのでしょう。度々欠品が生じるカンパーナより、値は張るけど全ての商品が揃っているアスタリータで・・・という所では無いでしょうか?」
実はこれは、買い物した客本人から聞いたので間違いない。
カンパーナは安いけど、品切れして置いてない商品もあるので、別の店にそれを買いに行かなきゃいけない手間が面倒なのだそうだ。
「つまり、そういったカンパーナが取りこぼしている客を、アスタリータで取り込もうという事ですか?」
「そうです。そして、さらにそれを確実にするために、サランドラ商会にも協力してもらいたいんです」
「ですが、この方法だと、カンパーナに勝つことは難しいのでは?」
「そうですね。ですからアスタリータは、アスタリータ商店という独自の立ち位置を築き上げることを目標にしています」
「競争ではなく共存ですか?」
「はい。価格競争をするのではなく、品ぞろえやサービス、独自の展開でお客様を掴むことが目的です」
俺の話を聞いたフィリッポさんは、顎に手をやり目を閉じて考えているようだった。
「商品のリストはありますか?」
「え?」
「リニューアルオープンに必要な商品のリストと、アスタリータさんが希望する仕入れ価格のリストです」
「あ、は、はいあります!」
俺は慌ててフィリッポさんにリストを手渡した。
しばらくそれを眺めていたフィリッポさんだが、すぐに部下を呼び出し指示をしていく。
「マリアンナ!」
「はっ、お呼びでしょうか?」
「私はこれから本社へ向かいます。馬車の準備をしてください。それと支店の閉鎖作業は一旦中断です。私が帰還後、すぐに営業再開できるような体制を整えてください」
「え!?ですが、すでに各取引先にも通知を出そうかという所ですよ!?」
「すぐに作業を停止してください。詳細は帰還後に話します」
「わ、わかりました!」
そう言って、マリアンナと呼ばれた女性は隣の部屋へと走っていった。
「フィリッポさん!良いのですか?」
自分が希望していたとは言え、思わず聞いちゃったよ。
「価格に関してはあまり過度な期待はしないで下さい。本社の頭の固い連中を説得するのは簡単ではありませんからね」
「はい、それは覚悟しています」
「私も支社の閉鎖作業等と言う、不本意な仕事を任されて、少々フラストレーションが溜まっていたんですよ」
「フィリッポさん・・・」
「最初の前例ですか・・・。久々に何か新しい事をやってやろうという気持ちにさせられました。なに、上の連中を説得させる為のネタなら、長年働いていると幾つも耳に入ってくるものです」
「無理はなさらずに・・・」
「では、帰還後、ご連絡差し上げます」
そう言って、その日の話し合いは解散となった。
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