第74話 カンパーナストアの欠点
「本当にすみませんでした」
アスタリータ商店の倉庫に、俺の謝罪の声が
しーんとした空間では、いくら小さな声とは言えかなり響くもんだな。
帰って来た俺達を迎えたロザリア達は、俺の表情を見て結果を悟ってくれたらしい。
何も聞かずに倉庫の会議に使っている場所で、「お疲れでしょう」と言ってお茶を淹れてくれた。
で、ウルバノさんから今回の交渉が失敗に終わった事をさっき説明してもらったんだ。
「まあ、何も仕入れが出来なくなったわけじゃありませんよ。今後売り上げが伸びれば、カペリやサランドラも値下げには応じてくれるかもしれませんし」
ロザリア母はそう言って、場を和ませようとしてくれる。
けど、スタートダッシュが肝心なのは俺が再三説明していたから、いきなり躓いた形になったのはみんなわかってると思う。
「そうだな。リバーランドの経済の専門家が来たって言うんで、俺もちょっと調子に乗りすぎてた」
そう言って、がははと笑うウルバノさん。
笑ってはいるが、かなり落ち込んでいる事だろう。
何しろ、リバーランドの新法案の提案者が助けてくれるって言ってるんだ。
期待するなって事の方が無理な話だろう。
本当は俺は、専門家でもなんでもないんだけどな。
日本でかじった知識を披露していただけでさ。
そもそも、今回の件もやるつったのは俺達だし、主導してたのも俺だ。
調子に乗りすぎたって言うのなら、むしろ俺の方だろう。
はあ。もうため息しかでねえな。
「あの、そういえば、帰宅したらカンパーナの欠点を教えてくれると言ってましたよね?」
エレオノーレさんが申し訳なさそうに俺に話しかけてきた。
たぶん、この重苦しい雰囲気をなんとかしたいと思ってるんだろう。
そういえば帰り道に、そんな話をしていたんだった。
どんな顔してアスタリータ家の面々に会えば良いんだって事ばかり考えてて、すっかりその話は忘れてた。
「なんですかそれ?」
その会話にロザリアさんが乗ってきた。
彼女もこの重苦しい雰囲気に耐えられないんだろう。
「いえ、コレナガさん、カンパーナストアには幾つか欠点があると仰ってたんです」
「え?そうなんですか?」
「はい、まあ。それで、それを元に色々作戦を立ててたんですけどね・・・」
なのに、俺の詰めが甘かったせいで、いきなりこけしてしまったんだよなあ。
「どんな欠点なんですか!?ぜひ聞きたいです!」
「おう、俺も聞いてみてえな」
ロザリア父娘が二人で俺に迫ってくる。
「い、いや、そんな大した話じゃないんですよ。例えば、常に何らかの商品が棚に並んでいないとか・・・」
「そうだったか?」
「はい」
俺はこの五日間、カンパーナに行って気付いたことが幾つかあった。
それはいつ行っても、どこかの商品が品切れしているという事だった。それも結構な数で。
そしてそれは、アスタリータ商店での商品販売とリンクしていたんだ。
例を出すと、初日にアスタリータ商店で、高いと言いながらもキャベツを購入した人は、あのおばさんだけでは無かった。
あの後も、何人かがアスタリータでキャベツを購入していったんだ。
そしてカンパーナではキャベツが品切れしていた。
つまり、お目当ての買い物のうちの一つであるキャベツが品切れしてたので、仕方なく割高なアスタリータでキャベツを購入したんだろう。
この辺で青果を扱っているのはカンパーナかアスタリータしか無いからな。
つまりカンパーナの欠点その一は、常にどこかの売り場で品切れを起こしている事だ。
品切れを起こしている原因は、スタッフの人数が不足している事。
人員不足、これが二つ目の欠点だ。
キャベツが品切れしていた時にスタッフに在庫を確認したところ、倉庫から山盛りキャベツを運んで来た事からもわかる。
商品があるのに売り場に出していないという事は、そこまで手が回らない程忙しい、つまり人手不足って事だ。
でも実は、この人手不足ってのはそれほどの欠点ではないんだ。
なぜなら不足してるなら募集して人員を補充すればいいからね。
問題なのは「何故人手不足が起こっているか?」という点だ。
カンパーナは、オープンしてまだ半年しか経っていない店だ。それなのに人手不足に陥っている。
新規オープンした店舗ってのは、お客さんが多いからスタッフも多めに配置するんだよ。他店から応援を呼んだりしてね。
で、売り上げが落ち着いてきたら、スタッフを他店へ移動したりして、適正な人員へと調整するんだ。
でもさ、カンパーナのスタッフの人数は、とても適正とは思えなかった。
スタッフはたえず小走りで仕事をしていた。つまりそうしないと仕事が間に合わない状況なんだろう。
カンパーナの賃金はロザリアに聞いた所、ここらでは頭一つ抜けて良いらしい。
新しい店なのでスタッフは多い、客も多いから人員を減らすわけもない、賃金も高い好条件、これだけの要素が揃っていて人手が不足しているって事は、どう考えても労働環境に問題があるとしか思えない。
人手が不足しているから、一人当たりの仕事量は当然増える。そうなると、いくら賃金が高くても辞める人も出てくるだろう。
そうやって、再び人手不足に陥ってしまう。悪循環だ。
つまり、労働環境の悪さ。これが第三の欠点だ。
そして最後の欠点だが、そうやって、カンパーナの労働環境に嫌気がさして辞めていった人は、カンパーナで買い物しようとは中々思わないという事だ。
店舗スタッフだって、一歩店を離れればお客さん候補なんだけど、わざわざ嫌なイメージのある店で買い物したいとは思わないだろ?
そういう人達は他の店で買い物をする事になるんだけど、この近所ではカンパーナ以外ではアスタリータしかない。
なので、カンパーナに行きたくない人達の受け皿になれる可能性は十分あると思う。
もちろん、品切れが多い事から敬遠する人も多いだろう。
「と、いうわけなんです」
俺はこれらの事を、できるだけわかりやすくみんなに説明した。
どうだろうか?俺のこの意見は、この国には当てはまらない見当違いな事だろうか?
俺は恐る恐る皆の反応を待っていた。
「なあ、お前さん、この五日間でそこまで分析したのか?」
「え?ええまあ。結構わかりやすい欠点に思えたので・・・」
俺がそう答えると、ウルバノさんは頭を俺に頭を下げてきた。
「すまん!」
「え?」
いきなり頭を下げられて謝られた俺は、何が何だかわからなくなった。
そもそも俺が謝るならまだしも、ウルバノさんが頭を下げる所なんてねえだろ。
「怒らないで聞いてほしいんだが」
そう前置きしてから、ウルバノさんは話し出した。
「俺はさ、お前さんが交渉失敗した時正直がっかりしたんだ。なんだよ、経済の専門家って言ってたのにたいしたことねーじゃねーか!ってな」
「お父さん!」
その言葉にロザリアさんが反応する。
でもあれは仕方ない。俺だって自分にがっかりしたもん。
「まあまてロザリア。俺の話を聞け。でだ、さっきのあんたのカンパーナの欠点の話を聞いて、今度は自分にがっかりしたんだ」
「え?何故ウルバノさんががっかりされるんです?」
「お父さん・・・?」
あれはカンパーナの欠点であって、アスタリータの話ではない。
なのに、なんでウルバノさんががっかりする必要があるんだ?
ふと周りを見ると、皆も困惑した表情でウルバノさんを見ている。
「俺はな、こいつ、ロザリアが生まれる前からこのアスタリータ商店をやってるんだ。本来ならお前さんが気付いたことは、長年この職業をやっているこの俺が気付かなきゃいけなかった事だ」
「あ・・・」
「俺は店舗経営のベテランだから当然だ。しかも、それを棚に上げて、俺はお前さんに責任転嫁しようとしていた。俺は自分が情けねえよ・・・」
そう言うと、ウルバノさんはくるっと後ろを向いた。
もしかしたら泣いているのかもしれない。
「お父さん・・・」
「あなた・・・」
そんなウルバノさんを気遣うように、ロザリアとソニアさんが声を掛けていた。
「ねえ、シンちゃん、何かいい方法ないかな~」
ユリアーナが、そう俺に聞いてくるが、その質問は自問自答しているようでもあった。
エレオノーレさんも、アスタリータ家の3人を見て、なんとかしてあげたいという気持ちが表情に出ていた。
実を言うと、まだ一つだけ実行していない案はあった。
何故それを実行しなかったかと言うと、それにはちゃんと理由はあった。
かど今はそんな事を言っている場合じゃないよな・・・。
「ウルバノさん」
「おう、どうした」
ロザリアとソニアさんの慰めもあってか、かなり落ち着いた感がでていたウルバノさんに、俺は話しかけた。
「明日もう一度、サランドラへ行きましょう」
「え?いやでもお前、サランドラはもう・・・」
「はい。値下げに関してはあまり期待できないかもしれません。ただ、実はもう一つ提案したいことがあるんです」
「提案?」
「はい」
そこで俺は、実行したいと思っている案について、その場にいた全員に話をした」
「えええええええええええええええええええええっ!」
その場にいた全員から驚きの声が出てくる。
まあ、そりゃそうだろうなあ・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます