第73話 サランドラ商会との交渉

 結論から言うと、サランドラとの交渉は失敗に終わった。

 失敗と言っても、別に喧嘩けんか別れしたとかそう言うのではない。


 俺達は、リニューアルオープンするアスタリータ商店の商品を、今後はサランドラ商会からも仕入れたいと交渉に行ったんだ。

 メンバーは、俺とウルバノさん、そエレオノーレさんを加えた3人だ。

 まあ知っているとは思うが、一応アスタリータ商店であるという自己紹介を行ってから、今回の目的を話したわけだ。


「そういうわけで、再オープンを秋の月の4日に行う事になりました」


 サランドラ商会の責任者である「フィリッポ」さんに説明しているのはウルバノさんだ。

 俺とエレオノーレさんは、相談役として今回の交渉に参加していると説明した。


「そうでしたか!いやあ、この辺りの商店も次々と閉店してしまって、我々としても寂しさを覚えていた所です」


 まあサランドラ商会も、取引していた商店が次々と閉店してしまったので、懐事情も寂しくなってるのは事実だろうと思う。

 俺としては、そういう弱点を突くような交渉の仕方はしたくなかったんだが、背に腹は代えられないしね。


「まあそれで、これまではあまり縁の無かった我々ですが、これを機にと思いましてね」


「そうですか!我々にとっても願ってもないお申し出。まことにありがとうございます」


 ここまでの所、案外良い方向で話は進んでいると俺は思っていた。

 ただ、取引価格の話になると、状況が一変したんだ。


 サランドラが提示したのは「55フォルン」


 アスタリータ商店の青果の平均的な粗利は30%らしい。

 粗利ってのは、販売価格から仕入れ価格を引いた数字の事だ。

 100円の商品の場合、粗利30%で設定していたら、仕入れ価格は70円という事になる。

 なので、55フォルン=約79フォルンで販売と、85フォルンよりは安くなるが、これではカンパーナの50フォルンにはとても太刀打ちできない。


 ただ、これは取引開始直後の価格なので、ここから差を詰めて行けば良いと俺は考えていた。


「これは少し、そちらの希望価格と差がありすぎですね・・・。当商会との取引は残念ながら不可能では無いでしょうか?」


 そんな事をサランドラ側が言い出した。

 ウルバノさんの希望仕入れ価格は「46フォルン」だ。

 そしてウルバノさんも、腕を組んで「うーむ」とうなっている。


「いやいやちょっと待ってください!まだ価格提示したばかりですし、これから煮詰めていけば良いじゃないですか?」


 しかしそんな俺の言葉を、フィリッポもウルバノさんも不思議そうな顔で見ている。

 あれ?俺、なんかおかしなこと言ったか?


「ああ、コレナガさん。あんた、リバーランド出だから知らんのかもしれんが、フォレスタでの交渉は、最初からこれ以上は無いという金額を提示するのが慣習だ」


「はあ!?価格交渉とかしないんですか!?」


「しないよ。そんなの面倒だろ?」


 なんつーお国柄だよ。考えらんねー・・・。


「よくそれで、他国との交渉とかやってこれましたね」


「あくまでも国内での取引の場合ですからね。他国との交渉は、それは当然念入りに行っている事でしょう」


 まじかよ・・・。

 という事はあれか?もうこれ以上価格面で譲歩は出来ないって事?

 そんな馬鹿な!


「いやしかしですね?55フォルンだと、カンパーナの店頭価格よりよりも高いじゃないですか!」


「恐らくカンパーナは、一定以上の量の取引をカペリ商店へ確約しているのでしょう。それに加え、粗利も2から2、5割ほどに抑えているのでは?あと、一部商品に関しては、利益を度外視しているかもしれませんね」


 ああ、確かにカンパーナはそれくらいも事はやっていそうな気はする。

 それでやって行けるのかって話だが、答えはYESだと思う。

 ようするにカンパーナは、キャベツなどの一部商品を低価格に抑えることによって、「カンパーナ=激安」というイメージを作っているんだ。

 しかし実は、全ての商品が安いわけではない。

 実際、何度も偵察に行ってわかった事だけど、一部商品に関してはアスタリータの方が安い物もあった。

 つまり一部の商品を激安に設定する事により、店全体のイメージを「激安」に見せているのがカンパーナだ。

 そして、しっかりと粗利を取るところでは取って、それを利益としているんだろう。


 実は、そんなカンパーナには幾つかの弱点がある。これも偵察でわかった事なんだ。

 だからこそ、俺は勝算があると踏んでいるし、交渉の場にも来たんだ。

 なので俺は、あまり使いたくない手を利用する事にした。


「なるほど。この国の事情はわかりました。しかしサランドラ紹介も、このままでいようとは思っておられないのでは?」


「どういう事でしょう?」


「現在、グリーンヒルでの取引の総量は、カペリ商店がそのほとんどを担っている状況ではないでしょうか?」


「まあ、不本意ながら」


「ですが、ここで我々がカペリからサランドラへ取引先の変更を行う事で、後に続く個人商店もあるのでは無いですか?それに、カペリから取引先を引き抜けるチャンスでもあります」


 まあ、要するに、カペリからサランドラへ鞍替えするから、仕入れ価格を安くしろやって事だ。

 顧客減って困ってんだろ?あーん?という下衆い策であることは承知している。


 フィリッポさんはしばらく考える仕草を見せていたが、少し困ったような顔で話してきた。


「実を言いますと、本社は、グリーンヒルでの営業を撤退するつもりなのですよ」


「へ?」


「前任の責任者が、カペリとのカンパーナ争奪戦に負けて飛ばされた後、なんと言いますか「敗戦処理」に回されたのが私でして。なので、今更個人の取引先が一つ二つ増えた所で、あまり状況は変わらないのです。もちろん、アスタリータさんが、カンパーナくらいの取引をして下さるなら別ですが・・・」


 アスタリータ商店の事を遠回しにディスられた気がするが、俺もカペリを引き合いに失礼な言い回しをしているので、ここは怒るに怒れなかった。


「そういうわけで大変申し訳ないのですが、お取引に関しては、先ほどの価格を受け入れて頂くか、カペリとの取引を継続して頂くことになると思います」


 むー。すべてが上手くいくとは思ってなかったけど、ここまで上手くいかないとは思ってもみなかった。

 どうしよう!?


「フィリッポさん、我々は、リニューアルオープンに関して自信がありますし、カンパーナの欠点を上手くフォローしていく戦略も描くことが出来ています」


「ほう・・・。それはお話しして頂くことは出来ますか?」


「それは、サランドラさんが我々と契約して頂けない限りは・・・」


「ではちょっと難しいですね」


 フィリッポさんが苦笑いで俺に返答してくる。

 バカバカバカバカ俺の馬鹿ーーー!

 話せない内容で相手と交渉なんてできるわけないじゃん!


 そして今回の交渉は、俺からのお願いでとりあえず一旦保留としてもらった。

 保留と言うか、「またきていい?」っていうお願いだったんだけどね。


 あーもうがっかりだよ!

 何がって自分自身に!


 俺さ、リバーウォールの領主代行だったバウムガルデンやリバーランドのベアトリクスやテレジア相手にプレゼンを行った実績もあって、変な自信がついてたんだろうね。

 実際は、聞く気のある相手に行ったプレゼンと、今回のように最初からあまり聞く気の無い相手を説得する交渉では、全く意味が違ったのにね。

 勘違いしてた自分が恥ずかしい・・・。


「そ、そういえば、聞きたいことがあったんです!」


 俺があまりにがっくり落ち込んでいるのを見かねたエレオノーレさんが、俺に気を使って質問してきた。

 俺、こういう時に気を使われるとますます惨めな気分になってしまうんで、できればそっとしといて欲しいんだけどな・・・。


「えっと、なんでしょうか?」


「さっき、カンパーナの欠点についてお話しされましたよね?それって何なんですか?」


 エレオノーレさんが聞いてきたのは、俺が悪あがきで抵抗した時のセリフの事だろう。

 カンパーナの欠点をフォローしてアスタリータの売り上げをうんたらかんたらってね。


「えっと、ここではなんですので、アスタリータ商店に着いてからでいいですか?」


 そう言ってから、俺はアスタリータ商店へと再び足を動かした。

 なんか、リストラ宣告された、あの日のような足の重さだよ・・・。

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