第63話 断固拒否宣言
「ぜーったいに嫌です!!」
静かな会議室の中に、アンネローゼの絶叫のような声が響き渡った。普段は
うーむ、どうしたものか・・・。
アンネローゼが叫んだ場所、ここは、領主館の会議室だ。この日俺達は、今後の活動をどうするかを話し合っていた。
つい先日、俺は転生者達の正式な仲間となることが出来た。当面の俺の目的は「
理由は
「俺達3人が、幻想神に転生させられようとした最後の地球人だからだ。そして「白の導師」の年齢は、あんたの言葉を借りるなら俺達と同年齢になる」
という事らしい。
しかし、ユーディーはハイランドの人間だ。今現在のハイランドとリバーランドの関係を考えると、簡単にハイランドで現地調査とはいかない。
そうすると、澤田の「自信」だけでは、澤田自身が動くにも、何よりリバーランド軍の協力を仰ぐには材料が足りなさすぎる。リバーランド軍に、転生がどうのこうのなんて話を出来るわけもないからね。
で、そこで浮上したのが「ティルデ」の存在だ。ティルデ・エーベルト、彼女はハイランドで冒険者ギルドの看板を借り、適格者達を育て訓練するという任務に就いていた。
ユリアーナ達の調査によれば、現在ティルデは行方が分からなくなってはいるものの、どこかで生存している可能性が極めて高いだろうということだ。
適格者の育成と訓練に関わっていた彼女なら、ユーディーについて、またフォンシュタイン家とビッケンバーグについて、詳しく聞くことが出来るのではないかと言う結論に至ったんだ。
これはずっとティルデを探したかった俺の希望とも合致するので、喜んで賛成したよ。
あ、それと同時に判明したことがある。なんと俺のトラウマは、すでに克服されているということだ。
「ええ!いやでも、俺、実際に戦えなかったんですよ!?」
俺は必至でそう言ったよ。いや、信じたくないんじゃなくて信じられなかっただけなんだけど。だけど、皆に言われるうちに、自分でも「あれ?」と思うようになってきたんだ。
「あなた、私を狙う不届き者が現れた時、剣を構えて私を守ろうとして下さったじゃありませんか」
これはアリサの言葉。この前の、食事前に逆恨みした剣士に襲われた時の話だ。確かに俺は、剣を抜いて構えた気がする。
「それに、リバーランド軍に囲まれた時も、まあ、内心はどうかわからないけど、冷静に対処できてたよ?」
これはユリアーナ。バリーやベアトリクス達に囲まれた時の事だろう。あの時ユリアーナは、リバーランド軍に交じっていたので、あの時の事は鮮明に覚えてるらしい。
「シンちゃんのトラウマの症状だと、あの時も喋る事さえできなかったんじゃないの?」
むむ・・・。確かに、最下級のモンスターと対峙した時でさえ、足腰が立たなくなるほど震えていたのに、リバーランド軍に包囲された時はそんな兆候は見られなかった。そして最後は澤田の言葉だ。
「恐らく、あんたのトラウマが完治したのは、ハイランドを脱出した時だろう」
「え?そんなに前ですか?」
「あんたがハイランドを脱出した時、ハイランド兵に囲まれたんだよな?そしてライトの魔法を使ってその場を脱出した」
「はい」
「じゃあその時点で、あんたには克服すべきトラウマは無かったって事になる。何しろ、自分を殺そうとする相手に立ち回ったわけだしな」
「あ・・・」
「ティルデ・エーベルトを助けたい一心で、無意識のうちにトラウマを克服させたんじゃないのか?」
確かに、俺はあの時恐怖から動けなくなったという事は無かった。むしろ、何かできることは無いかと、それほど良くもない頭をフル回転させていたと思う。
あっれえ?じゃあ俺、とっくにトラウマを克服していたって事なのか?まじかよ・・・。もっと早くわかってたら、色々と上手く立ち回れた・・・事もなかったな、うん。
「うーん、シンちゃんがそんなに必死になってまで助けようとしたティルデ・エーベルトって、一体どんな人なんだろう?なんか興味沸いてきちゃったなあ」
ユリアーナは、自分と同族のローフェルの女魔法剣士に、どうやら興味を持ったようだ。断言は出来ないが、この二人は案外気が合うんじゃないかと思っている。
この流れから、とりあえずはティルデを捜索するって事で、今後の方針が決まったんだ。
で、ティルデを探すなら俺が適任だろうという事で俺の参加は決定。でも俺はお察しの通り実戦経験は皆無なので、相方が絶対に必要なんだよね。そしたら・・・。
「はーい!私、シンちゃんの恋人に立候補しまーす!」
「いえ、お断りします」
「断るの早くない!?ちょっとは悩みなさいよ・・・」
「ホントそういうのいいんで」
ユリアーナはわざとらしく「ぷう」と頬を膨らませる。
「ようするに、是永清の旅の相方に立候補するってことでよろしいのね?」
アリサが簡潔にわかりやすく代弁してくれた。
「なんだ、それならそうと言ってくださいよ。慌ててお断りしちゃったじゃないですか」
「なんか釈然としないんですけど!?」
「お前ら遊んでんじゃねーよ」
澤田が呆れ顔で突っ込んできた。ユリアーナのせいで怒られてしまったじゃないか。
「じゃあ、あんたとユリアーナと、あのメイドの3人って事でいいんだな?」
澤田の言うあのメイドとは、アンネローゼの事だろう。たしかに、本来ならアンネローゼも連れていくと言いたい所なんだが・・・。
「実はあの、アンネローゼに関してお願いがあるのですが・・・」
「ん?何か問題でもあるのか?」
問題・・・と言えば問題だろう。
アンネローゼってさ、俺の事凄く慕ってくれてるんだよね。これまで俺は、あんな風に好意を態度で表してくれる人と接した経験が少なかったのもあって、そりゃあ嬉しかったんだよ。
だから気付くのも遅れたんだ。
アンネローゼは俺という人間を慕っているのではなく、自分を守ってくれる「シン・コレナガ」という人間に依存してしまっているという事を。
それは、アンネローゼと言う人間のこれまでの人生を考えれば、当然の選択だと思う。
考えてみろよ?俺とそう変わらない年齢で「夜伽の訓練」とか受けてるんだぞ?俺の所へ来るまで、一体どんな生活を送って来たかなんてお察しだろう。そんな所へ現れたのが、俺と言う人間だ。
自分を性の対象として手を出してくることをしない。
人間として扱ってくれる。
それどころか、奴隷の立場から解放し、市民権まで与えてくれた。
そりゃあ「今の立場を手放したくない」って彼女の立場なら考えもするさ。それが、俺への独占心みたいな形となって現れてたんだと思う。
最近の彼女は、俺がユリアーナやアリサと親し気にはなしているだけで、機嫌が悪くなっていた。
リバーランドに居る頃はそこまで無かったんだが、やはりこの危機的状況が続いた中で、彼女なりに無意識に危機感を抱いたんだろうな。考えてみれば、彼女は市民権は獲得したが、心根は奴隷のままだったんだと思う。
「こちらは構わないが、あんたはそれでいいのか?」
「はい。ぜひお願いします」
「了解した」
そんな話を、澤田やユリアーナ達と交わしたのが今から1時間ほど前だ。結果、ティルデの捜索には俺とユリアーナと、そして、転生者達の事務的な仕事などを行っている「エレオノーレ」さんが参加する事に決まった。
「是永様はともかく、ユリアーナのどんぶり勘定では、旅の途中で路頭に迷ってしまうでしょう」
この言葉に何故か俺は納得してしまった。ユリアーナのほうはブーブーと文句を垂れていたけどな。
それはともかく、アンネローゼには申し訳ないが、転生者達と領主館の間の事務の仕事をやってもらうことにした。エレオノーレさんが抜ける分、人手が足りなくなるからね。
そして俺と離れることで、そこで初めて、奴隷としてのアンネローゼではなく、人間アンネローゼとして生まれ変われると思うんだ。俺に依存するのではなく、自分の意思で行動する。
そしてアンネローゼに、まあ、依存の部分は伝えずに、今後は別行動になるという事を伝えたところ、先ほどの断固拒否の宣言に繋がったんだ。
むう、どうしよう・・・。上手く説得出来る自信が無い・・・。
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