第64話 自分の意思で

「おいなんだ!今のでっかい声は!」


 俺がどうしようかと悩んでいると、バリーのおっさんと、確かボリスって名前のリバーランド軍の兵士がどかどかと部屋に入ってきた。いや、でっかい声つっても、今のあんたの声よりはおおきくないけどな。


「おい、雁首がんくび揃えてなんの相談をしてるんだ?」


 バリーは一同を見渡して、機嫌悪そうに話してきた。


「会議室の使用は申請していたはずだ。知ってるだろう?」


「そりゃあ知っちゃいるが、あんな大声を出すような話し合いだと知っちゃ、黙ってるわけにはいかねーだろ?ここは領主館だぞ?」


 澤田さわだは「仕方ない」と言って、バリーに、今現在の話し合いの内容について伝えた。ティルデを探すという詳細は言わないが、俺が外国へ行くって話を。


「はあああああああああああああ!?シン・コレナガを国外調査へ向かわせるだあ!?」


 澤田の言葉を聞いたバリーは、今にも血管がブチ切れそうな勢いで叫びだした。顔を真っ赤にして、怒りでプルプル震えてやがる。こええええええええ。


「おいサワダ!お前一体何の権利があって、そんな勝手をやってるんだ!」


「権利ならあるだろう。元適格者の扱いについては俺達に一任されているはずだ」


「ぐっ、だが大公閣下に断りもなくだな・・・」


「テレジア・ロンネフェルト大公閣下になら、予めこの可能性は伝えてある。なんなら、そのマザープレートで確認してみたらどうだ?」


 そういえばマザープレートで、遠距離間でも連絡が取れるんだったな。

 バリーは澤田の言葉にしぶしぶマザープレートを取り出した。


「あ、あー、お久しぶりです閣下」


 そう言って、マザープレート越しにバリーは会話を始める。ちょ!マザープレートって通話も出来るの!?スマホかよまじで・・・。


「ええ、実は・・・・え!?いやですが閣下・・・はい・・・はい・・・しかしですね・・・。はあ、わかりました。失礼いたします」


 テレジアとの通話が終了したようだ。しかしあの会話の感じだと、バリーが望むような結果にはならなかったんだろうなあ。


「大公閣下から正式にお許しが出た。シン・コレナガの越境を許可する」


 完全に棒読みだったな・・・。今もむす-っとした顔をしているぜ。


「しかしだ!許可できるのはシンのみだ!アンネローゼについては許可は出せん」


 このバリーの宣言に激高したのがアンネローゼだ。


「はあ!?どういう事ですか!?私はご主人様と一緒に行きます!」


「ダメだ。お前については許可は下りていない」


「じゃあ許可を下さい」


「テレジア大公閣下が非許可の判断を下された」


 その言葉を聞いて、俺と澤田は顔を見合わせた。

 

 たかが、ついこの間まで士爵の位に過ぎなかった俺のメイド、つまり奴隷の身分だったアンネローゼに、大公閣下がわざわざ非許可の判断を下すの?一体どうなってんだ?


「さて、もう俺の用は済んだ。後は勝手にやってくれ」


 そう言ってバリーは部屋の外へと歩いていく。


「待ってください!非許可ってどういうことですか!?」


 外へ出ようとしていたバリーを先回りして、入り口を塞ぎながらアンネローゼはバリーに問いただしていた。


「どけっ!非許可ってのは許可が下りなかったって事だ」


「そのくらいわかります!理由は何ですか!?」


「俺が知るかよ。大公閣下の判断だ。文句があるなら閣下に言え」


 そう言って、アンネローゼを押しのけて、バリーとボリスは廊下へと出ていった。思い切り不満そうな表情で。


「人質のつもりかもな」


「人質?」


 澤田の言葉に、思わず俺は聞き返していた。


「ああ。あんたのメイドはリバーランドでもあの調子だったんだろ?だったらテレジアは、あんたに対してあのメイドが人質として有効だと踏んだんだろう。「へたなことをしたらアンネローゼがどうなるかわからないよ」って意味で」


 なんだそりゃ。俺なんかが一国家に対して出来る事なんてたかが知れてるぜ?というか、ここまで適格者を警戒してるって事は、以前澤田から聞いた通り、過去に何かされたんだろうなあ。それも相当な事を。全く、とんでもなくはた迷惑な話だぜ。


「ご主人様・・・」


 意気消沈って言葉がこれほどぴったりとあてはまる状態も無いよな~って感じのアンネローゼが俺の所へやって来た。


 あー、この顔見ると、やっぱ別行動の話は無し!って言いたくなってくる・・・。けどそれじゃあダメなんだよな。


「アンネローゼ」


「なんでしょうか?」


「俺は、アンネローゼが嫌いになったので、あなたを一緒に連れていかないと言っているのではありません」


「だったらどうして・・・」


「俺はアンネローゼと出会ってから、ずっとあなたに頼りっきりの生活をしてきました。そしてそれはあなたもですアンネローゼ」


「ですが、シン様は私のご主人様です。それは当たり前なのではないでしょうか?」


 だな。メイドと旦那様だったら、別にそれでいいと思うわ俺も。


「奴隷でありメイドであるアンネローゼならそれでいいと思います。ですが、今のあなたは「人間」アンネローゼなんですよ」


 市民権獲得試験を受けた直後に、今後とも俺のそばで働きたいとアンネローゼが言った時、あの時は俺もそれでいいかと思っていた。


 でも、それはやはり間違いだと思う。彼女が俺のメイドであり続ける限り、彼女は本当の意味で奴隷から脱却する事は無いと思うんだ。


「私にはよくわかりません」


「今はそれで良いと思います。ただ、今回の俺の旅には連れていく事は出来ません。これは変えられない決定事項です」


 俺がそういうと、アンネローゼは凄い泣きそうな顔になった。こんなアンネローゼの顔をみてしまうと、さっきまでの強固な意志が、早くもぐずれ落ちそうになる・・・。でも今回ばかりは折れるわけにはいかない。


「とりあえず、3か月間、ここでのあなたの生活はお願いしてあります。でも、その後は自分で決定してください」


「自分で・・・ですか?」


「はい。このままここに残るも良し。街へ飛び出し自らの手で働くのも良しです。それはあなた自身で決める事です」


「私が・・・自分で・・・」


 これまでずっと誰かに道を決めてもらってきた彼女には難しい話かもしれないけど、せっかく市民権も得ることが出来たんだ。もっと自由に行動してもらいたい。


 それにリバーランド側も、アンネローゼと俺の関係性を重視してるみたいだから、ある程度の監視もしてるだろう。という事は、彼女が危険に晒される可能性も低いって事だ。


「わかりました。ですが、自分で決めるという事は、再びご主人様にお仕えしたいという私の意思も尊重してくださるという事ですよね?」


「え!?」


 そ、そう来るとは思わなかったあ。あれ?これって、アンネローゼが自分の意思で選んだ場合はOKになるのか?いやそんな馬鹿な!自分でメイドの道を選択とか、それじゃ本末転倒で、いやでも自分の意思だから・・・。


「とりあえずそれでいいんじゃねーのか?」


 俺が答えの無い永久思考に入っていると、澤田がそう言ってきた。


「人の考えなんて、近いうちに変わることもあれば変わらない事もある。だったら、今後の事はその時考えればいい」


「た、確かに。・・・うん、そうですね。とりあえずはそれでいきましょうか」


「はい!」


 とりあえず、これで良かったのかな?

 

 それにしても、以前日本で見た時は、普通のどこにでもいそうな高校生にしか見えなかった澤田だが、今ではまるっきり別人に見える。やっぱり、異世界での経験が、澤田を成長させているんだろうか?


 俺はどうだろうか?アンネローゼにあんな大層な事を言ってはみたけど、ちっとは成長してるんかねえ。


「さて、とりあえずこの話しも一応解決したし、今後の予定を組みたい」


「そうだねー。ティルデさんの捜索と言っても、彼女がどこにいるかわかんないんだよねー」


 澤田の言葉にユリアーナが反応する。

 そうなんだ。今後の方針は決まっているものの、どこで何をするのかが決まっていない。


 澤田は机の上に地図を広げて見せた。


「ティルデ・エーベルトの行動パターンとしては2つに絞られると思う」


 そう言いながら澤田が示したのは、「フォレスタ王国」、そして「マーティー」だ。


「フォレスタとマーティーですか?」


「ああ。フォレスタは砂漠と森の王国、マーティーは山岳都市だ。どちらもハイランドとの関係が薄く、リバーウォールも民間での繋がりがメインだ」


 なるほど、ハイランドには行けるわけないし、リバーウォールとの関係を考えると、確かにこの二つの国は候補に挙がるかもな。


「俺は地理的な事がちょっとわからないんですが、澤田さんはどちらが有力な候補地だと思われますか?」


「わからん。俺は冒険者や傭兵になった事が無いから、理屈以上の地理的な優位性なんかは、全く思いつかん。ユリアーナはどうだ?」


「ええ!私だってわかんないよー。マザープレートを持っていれば追跡できたんだろうけど」


 そうなんだよなあ。ティルデとアリーナが、マザープレートを所持してたら、追跡機能で追いかけることが出来たんだけどな。


「私も申し訳ないのですが・・・」


 最後はエレオノーレさんまでもがギブアップ宣言だ。む、むう。これは困った。


「是永清、もうあんたが決めればいいだろう」


「え?」


「あー!それがいいよ!どうせ誰にもわかんないんだし、シンちゃんが決めればいいじゃん!」


「私も異存はございません」


「いやでも、そんな決め方で・・・」


「じゃあ何か良い方法があるの?」


「いやそれは・・・」


「じゃあそれでいいじゃん。何ぐだぐだ言ってんのよ」


 えええ・・・。なにそれ、お前だって決めれなかったくせに俺が責められるのなんか理不尽じゃね? とか思いつつも、そう面と向かって言えなかった俺は、おずおずと指を地図にあててみた。


「フォレスタでいいのか?」


「・・・はい」


「ねえシンちゃん、なんでフォレスタなの?」


「いや、山登りは疲れそうだなあって・・・」


「うわあ、何その理由。ひくわあ」


 ユリアーナドン引き。


「ご主人様・・・」


 アンネローゼから失望の声。


 澤田とエレオノーレさんは何も言わなかったが、何故か苦笑い。


 こいつら自分も決められなかったくせに!

 なんか、なんか納得いかねえ・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る