第62話 俺はこの世界が好きです
「ユーディー・ビッケンバーグ・・・。それがあんたが知っている適格者か・・・」
「はい。とは言っても、最後に見たのは3年ほど前になりますが・・・」
ハイランドで知り合ったエルフの魔法使いの少女ユーディー。彼女と初めて会ったのは冒険者ギルドの受付だった。
その後、その時の俺達には強敵だったゴブリンの亜種戦で一緒に戦って、そしてティルデ達に助けられたんだ。
後で「一緒にパーティーを組みませんか?」と言われたんだが、自分の腕に自信の無かった俺は断ったんだよな。
考えて見れば、俺はあの時の戦闘がトラウマになって戦えない奴になってしまったし、パーティーを組まなかったのは正しい選択だっと思う。けど、その後の彼女の足取りについては何も聞いていないんだ。
俺は
「ねえ、ビッケンバーグってさ・・・」
その説明を一緒に聞いていたユリアーナが、少し難しい顔で話してきた。
「ああ、たぶん、あのビッケンバーグ家だろう」
ビッケンバーグ家については、ティルデの説明で聞いただけで、俺は詳しくは聞いたことが無いな。
「あの、結構有名な家柄なんですか?その、ビッケンバーグ家ってのは」
「ええ!シンちゃん、ハイランド出身なのにビッケンバーグ家知らないの!?」
「・・・すみません」
「ありえないんですけどぉ」
くっそー、ユリアーナの奴、めっちゃニヤニヤした顔で俺に話してくる。あれはいじれる対象を見付けた時の顔だ。ここ1週間で十分それは理解できた。あれだ、こういう時はムキにならずにさっさと話題を変えるに限るな。うん。
「しかしビッケンバーグですか・・・。少々気になりますわね・・・」
俺が話題を変えるための何かを必死に探していると、アリサがそんなことを言い出した。
「えっと、何かあるんですか?」
あれ?もしかして、ビッケンバーグを知らないって、実は相当恥ずかしい?俺やっちまった?
「ビッケンバーグ家は、ハイランドを支配するフォンシュタイン家に仕える、国内でも1,2を争う名家なんだ」
俺が見当違い・・・でも無かった事で焦っていると、澤田が説明してくれた。
「で、問題なのは、最近のハイランド軍で、「白の導師」という名でやたらと有名な魔術師がいるんだが・・・」
「はい」
「その魔術師が、ビッケンバーグ家の娘なんだ」
おいおい、そこまで言われたら、いくら馬鹿な俺でもわかるぞ。
これって、あの「ユーディー」の事じゃねーのか?
「いえしかし、彼女・・・ユーディーは冒険者を目指していましたし当時のレベルから考えたら、かなり優秀な魔術師だったとは思います。ですが、彼女が軍に入るなんて事は・・・」
実際、レベル1の魔術師とは思えないような魔力を持っていたと今ならわかる。だって、ずーっと魔法撃ちっぱなしだったからなあ。もしかしたらあの魔力量、彼女の特殊能力、つまりチートなんだろうか?
「さっきも言ったが、ビッケンバーグ家はフォンシュタイン家に仕えている。全てはフォンシュタイン家の意向が優先されるだろう」
そういえば、あの時もそんな事を言っていた気がする。ユーディーと一緒にボブゴブリンの亜種と戦った時に。
あの時確かに、フォンシュタイン家の子供は、仲間を見捨てて自分だけ逃げたんだ。にも関わらずその後の取り調べでは、あの少年は自分がおとりになって、仲間を逃がしていた事になっていた。
そしてビッケンバーグ家の娘であるユーディーは、事実の改変を素直に受け入れたらしい。
街の警察ともいえる「ハイランド軍」の取り調べに介入できるくらいだ。フォンシュタイン家の影響力は絶対なんだろう。
「
そう言って、澤田は改めて俺の方へ向き直る。今日の本題である「俺の今後」について話そうと言うのだろう。
「さて、あんたがここに来て1週間になる。俺達は、あんたが今後どうするのかを判断するのに、全てでは無いが、ある程度の材料は渡したと思う」
ある程度っつーか、お腹がパンパンになるくらいには受け取ったけどね。おかげで少し消化不良気味なくらいだ。
ふと見ると、アリサもユリアーナも、黙って俺の決断を聞こうとしている。正直、かなり不安に思っている。俺の考えは、果たして彼らに受け入れられるだろうか?
皆が注目する中、俺は、俺自身の嘘偽りない心境を話し始めた。
「俺は、この世界が好きです」
そう、俺はこの世界が好きだ。確かに彼らは、幻想神によって文化の促進や文明の進化など、そういった類の本能は植え付けられていない。
ではそれ=不幸なのかと言うと、決してそんなことは無い。彼らは彼らで日々を満喫し、それぞれの暮らしに満足しているんだ。
「ですので、この世界の文明・文化レベルを進化させることへの協力は難しいです・・・」
そのことを俺は正直に3人に話したよ。3人とも明らかにがっかりしていたかもしれない。それは、そうだろうと思う。特にユリアーナは、目に涙さえ浮かべているように見えるのは、俺の気のせいではないだろう。
「あんたの言う事はわかった。一応俺達の方針として、幻想神側ではない転生者の保護と生活の自由の保障については全力で行う事になっているから安心してくれ。じゃあ、この話はこれで・・・」
「待ってください!」
早々に話を終了しようとした澤田に俺は叫んだ。違うんだ!まだ終わりじゃないんだよ。確かに俺は、彼らの目的に賛同することは出来ない。けど・・・。
「俺はあなた方の目的に賛同は出来ません。でも、湊由衣さんを探す事、そして、まだハイランドに束縛されている適格者を開放する事には協力させてもらいたいんです」
3人とも、そんな言葉が俺から出てくるとは思ってなかったんだろう。すぐに返事が返ってこなかったよ。
「えっと、なんで?シンちゃんは、私達の目的には賛同できないんだよね?」
ユリアーナからごく当たり前だろうと思われる疑問の言葉が出てくる。
「はい。自分の言っていることが矛盾していることもわかっています」
んー、ここまで言葉は出るんだけど、この先どう表現して良いかわからない感情が俺を支配しているんだよな。
なんだろう?こう理屈じゃなく、彼らの目的に参加するのは嫌なんだけど、彼らとこれっきりの関係になる事も嫌なんだ。そして、澤田の幼馴染である
そりゃあ、俺に出来る事なんて、たかが知れてるよ?けど、出来ることはゼロじゃないと思う。
「幻想神や現代神の話は、僕にそれを漏らすのはリスクのあることだったと承知しています。しかし、澤田さんはそれを僕に話してくれました。アリサさんにはこの街に着いてから、色々とお世話になってよくしてもらっています。そして・・・」
そこで俺はユリアーナの方へ向き直った。
「特にユリアーナには、リバーランドに居るときからずっと助けてもらいました。君が明るく僕らに接してくれたおかげで、あの悪夢のような日々も、乗り越えられたと言っても過言ではありません」
これは俺の嘘・偽りの無い気持ちだ。それに澤田やアリサは、地球で苦労して悩んで、そして異世界に召喚された後もこうして日々、命を懸けて戦っている。そんな奴らを、どうやったら嫌いになれるだろうか?
澤田もアリサも真剣に俺の話を聞いてくれている。
「俺の勝手なわがままだと承知はしています。ですが、どうか手伝わせてもらえないでしょうか?」
俺は確かに、この世界を自分達の都合で変化させる事には反対だ。けど、自分を助けてくれた人たちの役に立ちたいという思いも本物だ。あーもう、なんかぐちゃぐちゃだぜ!
「ねえ、澤チン、シンちゃんも一緒に協力してもらおうよ!何も、私達の邪魔をしたいって言ってるわけじゃないじゃん!」
「まあ、私も特に反対する理由はありませんわね。特にこれからリバーランドの適格者を救助するの当たって、信頼できる仲間は一人でも多い方が良いですわ」
ユリアーナ、そしてアリサも、俺の提案に賛成の意を示してくれた。あとは澤田の反応を俺は待った。
「ねえ澤チン、一緒にやろうよ!ね?」
ユリアーナは、目を閉じて考え込む澤田に懸命に訴えかけてくれている。ありがたい事だ。
「ユリアーナ。お前は勘違いをしている」
「え?どういう事?」
澤田は俺達を見渡してからこう言った。
「俺は最初から言っている。「幻想神側ではない転生者の保護と生活の自由の保障については全力で行う事になっているから安心してくれ」と。」
「それってつまり・・・」
ユリアーナの問いに「やれやれ」と言った感じで澤田が続けた。
「だから、是永清が俺達に協力したいというのなら、それも全力でサポートするだけだ」
「澤チン!」
そう言ってユリアーナは澤田に飛び付いた。いつもなら「うざい!」とか言って、ポイっと剥がしにかかる澤田だが、今日は特別な日らしい。そのままユリアーナの好きにさせている。
あれ?おかしいな?俺の目と鼻から、なんか液体出てくるのが止まらないんだが・・・。
「あなた、酷い顔していますわよ」
アリサがそう言って、拭く物を渡してくれた。
「ず、ずびばぜん。なんがごう、「ずずーっ」色んなものが我慢できなくなったといいますか・・・」
途中鼻をすすった音に、若干引いていたように見えたのは気のせいだと思う事にする。
ともあれ俺は、正式に澤田達、元地球人とその協力者達の正式な仲間となった。そうだ、俺はこの世界が好きなんだ。だから出来ることは何でもしようと思う。きっと何か方法はあるはずだ。
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