第61話 3人の転生者

 俺が北リップシュタートへきてから1週間が経過した。


 ここに来た当初は、アリサやユリアーナに連れられて、色々な所を案内してもらって半分くらい観光気分ではあったかも。


 ただ最近は、領主のカールや、バリーのおっさん達とも面会を何度か行った。面会する理由の多くは、滞在期間中の外出申請や予定の提出、それに加え活動報告だった。


 実を言えば、バリーのおっさんと顔を合わせる事はあまりしたくなかったんだよなあ。


 だってリバーランドでは、軽口を叩けるくらいの関係だったんだぜ?今のギクシャクした関係で会うのは正直つらい。カールのおっさんも、相変わらず無愛想だったしな。


 そして今日は、俺が今後どう行動するかを、ある程度決めて欲しいという事で、澤田さわだ達と話し合いが行われている。でも正直言って、俺は自分の今後の活動方針を、いまだに決めかねている。


 そういえば、何故澤田が、あんなにも転生者の事や「神様」について詳しいかもわかったよ。


 やはり俺の予想通り、彼は「現代神」とコンタクトが取れるらしい。いつでもどこでもってわけじゃないのがネックらしいが。しかもそれは澤田だけが可能なんだとか。


「それはやはり、転生者やその子孫が持つという独特の能力、つまりチートのような力で会話が可能に?」


 つまり、それが澤田の「チート能力」なのかを聞いてみたんだ。そしたら彼からの答えは「NO」だった。


「俺のチート・・じゃねーな。チートって言うにはちょっと弱い。だが特殊能力はある。見せようか?」


 そう言って、澤田はおもむろに右手を掲げた。その瞬間、彼の右手から炎が生まれ、それは瞬く間に剣の形となっていた。


「す、凄い・・・」


「これが俺の能力だよ。火や水等、色んな属性を形に出来る。ただし、遠距離攻撃は出来ないがな」


「はあ、いつ見ても澤チンの剣はど派手だよねえ」


 ユリアーナが呆れたような顔でそう言った。


「それ。色んな属性に変えれるって事は、弱点とか無いのでは?」


「ああ、そうだな。苦手なタイプの敵はいないかもな」


 十分規格外だと思うんだが。


 あーでも、この世界にはとてつもない魔法もあるらしいから、一概にさっきのをチートとは言えないかもな。


 しかし澤田が特殊な能力を持っているって事は、アリサも持っているのだろうか?聞いてみたい気もするが、今はあまり関係無い話はやめとくか。同じ転生者なのに、俺にはそういう力が一切無いのは、少し残念だ。


 それよりも聞きたいことが山ほどある。なので早速俺は聞きたいことを澤田に尋ねることにする。


「では、なんで澤田さんだけが、現代神の言葉を?」


 最初俺は、澤田だけが現代神の言葉を聞けるってのは、異世界へ来たことにより覚醒した特殊能力によってだと思ったんだよ。


 けど、澤田に言わせるとそうじゃないらしい。そりゃあ気になるよな。澤田だけが現代神の言葉を聞ける理由。


「それに答えるには、俺がこの世界に召喚された経緯を話す必要があるな」


「経緯ですか?幻想神から転生させられたのではないんですか?」


「最初はそうだった。けど、結果として、俺は現代神に召喚されたんだ」


 最初は幻想神で結果が現代神?一体どういうことだ?本気でわからない俺の為に澤田は詳しく説明をしてくれた。


「幻想神の企みに気付いた現代神が、幻想神が行っていた俺の召喚に介入して、転生を中断させたんだ。そして、現代神である自分の召喚で、俺をこの世界へと転生させた」


「え?それはつまり・・・」


「ああ、俺は幻想神による転生ではなく、現代神によってこの世界へ召喚されたんだ」


 幻想神ではなく現代神によって召喚された・・・。


「あ!だからですか?あなただけ現代神の声が聞こえるのは?でもそれはつまり、幻想神の声は聞こえない・・・?」


 逆に言えば、幻想神によって召喚された俺は、ハイランドでは彼の指示でこの世界で生きることを決めた。つまり、幻想神の声が聞こえ、そして姿も見えたんだ。


 でもそれはつまり、俺は幻想神によって転生させられたので、現代神の声を聴くことは出来ないって事か?


「その通りだ。でも、あんたの考えは半分間違っている・・・かもしれない」


「半分間違っている?どういう事です?」


 現代神に召喚された澤田は幻想神の言う事が聞こえない。

 幻想神に転生させられた俺達は現代神の言葉が聞こえない。


 この事実のどこに半分間違いがあるんだろう?


「あんたには、両方の声が聞こえる可能性があるって事だ。是永清」


「は?両方って、現代神と幻想神?」


「そうだ」


「そんな馬鹿な。僕は間違いなく幻想神によって転生させられています。僕は幻想神と会話もしました」


 何を根拠にそんな事を言うんだ。


「俺が事故で死んだ時、そこには俺以外にも事故に巻き込まれた奴が2人いたんだ」


「えっと・・・何の話です?」


「まあ聞いてくれ。つまりそこでは3人が死んだ。一人は俺「澤田浩也」。そして一人は俺の幼馴染で同級生の女「湊由衣みなとゆい」だ」


 澤田の名前は浩也と言うのか・・・。そして一緒に死んだのが幼馴染・・・。湊由衣・・・。


 ドクンッ


 浩也と由衣、その名前を聞いた瞬間、俺の心臓が跳ね上がった気がした。


 なんだこれは?俺はその名前を知っている気がする。しかしどこで聞いた?俺は何でこの二人の名前に憶えがあるんだ?


 そして俺は、俺が日本で生きていた最後の日、あの最後の瞬間を思い出していた。


 あの日の俺は会社から「クビ」を宣告されたんだ。

 これからどうしよう等と考えながら歩いていると、酔っ払いの親父が豪快にファミレスのゴミ箱を蹴り上げていた。


 そしたら、ファミレスから若い高校生くらいの男女が飛び出してきたんだ。二人とも俺がゴミ箱を蹴飛ばしたと思い込んでいたが、俺が自分じゃないと言うと、女の子は俺を信じてくれたんだが、男の方は言い訳するなと俺を殴りつけた。


 俺は地面に転がりながらも、あの時の二人がしていた会話を耳にしていた。


「ちょっと浩也!やめて!人違いだから!」


「はあ?由衣も聞いただろゴミ箱を蹴り上げる音」


 そうだ!


 確かに、浩也と由衣って呼んでた!それはつまり・・・。俺は澤田の方に再び顔を上げた。


「俺と由衣、そしてあの時看板の下敷きになって死んだ3人目・・・」


「それは・・・あの日会社をクビになって途方に暮れてた俺、是永清・・・そうですね?」


 澤田は「ああ」と言って軽くうなずく。


 やっとわかったよ。澤田を始めて見た時の、あのなんとも言えなかった既視感の原因が。


「あの時の高校生はあなたでしたか・・・」


「あの時はすまなかった。由衣の前で良いカッコをしてみせようとはっちゃけちまった」


「あれは・・・仕方ありませんよ。あの音がした時には僕しかいなかったんですから」


 それからしばらくの間、二人の間には沈黙が流れた。アリサとユリアーナも、無理に入ってこようとはしない。


 そりゃあ、生前最後に会話した人間が、こうして異世界で再び顔を突き合わせているんだ。例え、ほとんど面識が無かったにしろ、色んな感情が湧き出てくるに決まっている。それが嬉しさなのか複雑な心境なのかは、自分の中でも整理が付いていない。


 けどまあ、俺には聞かなければいけない事がある。


「ですが・・・」


 俺はそう言ってから、沈黙を破って本題に入っていった。


「それで何故僕が「現代神」と幻想神」の声、両方を聞ける可能性がある事になるんでしょうか?」


 確かに、澤田があの時の高校生だって事実には驚いたが、ただそれだけだ。俺が両方の声を聞ける可能性とは全く無縁の話だった。


「現代神が、幻想神の企みを知って、俺の転生を中断させた話は、さっきした通りだ」


「はい」


「で、現代神はそこに一緒に居た由衣とあんたの転生の中断も試みたんだ」


「それは・・・」


 それは確かにあり得る事だった。だってその場にみんな一緒にいたわけだからな。そりゃそうするだろう。だけど俺は・・・。


「しかし俺は幻想神の元で転生しました」


「ああそうだ。あんたは言わば「ハーフ」なんだ」


「ハーフ?ハーフって、混血って事ですか?」


「そうだ。現代神と幻想神のせめぎあいの末、わずかに勝った幻想神の元での転生となった」


 俺が、幻想神と現代神の戦いの末に生まれた混血・・・。


「あんたが初めてリバーウォールに来たことを教えてくれたのは現代神なんだ。さすがにハイランドに居た頃の事までは感知できなかったらしい。あそこは幻想神のテリトリーだからな」


「えっと・・・?」


「現代神はあんたの存在を感知することが出来た。それはつまり、あんたの転生に現代神の影響も含まれている事を示しているんだ」


 はあ、なんて話だよ全く。俺の脳が理解できなくて、どう話を整理していいか全くわからない。


「悪い、急にこんな話をしても、頭・・・つーか心が追い付かないよな」


 俺が考え込んでいるのを見て、澤田は俺にそう声を掛けてきた。


「そんなことはありません・・・と、言いたいところですが、さすがにちょっと僕の思考の許容量を超えてますね」


 そう言って苦笑いするしかなかったよ。


「そういえば・・・」


 俺はここでひとつの疑問を感じた。


「あなたの幼馴染「湊由衣」さんでしたか?彼女はどうしたんです?」


「由衣は・・・あいつは見つかってないんだ」


「・・・あ・・・それはすみません・・・」


 しまった・・・。この話を澤田からしてきたものだから、てっきりあの子もこちら側にいるものとばかり思っていた。


「いや、いいんだ。彼女の転生を阻止できなかったことは現代神から聞いている。おそらく、幻想神側で転生したんだろう」


 さっき澤田は、「由衣の前で良いカッコをしようと思って」って話してた。つまり二人はそういう関係なんだろう。だったら今の状況はさぞつらいものだろう。


「実はさ、そのことであんたに聞きたいことがあるんだ」


「俺にですか?」


 澤田の幼馴染の事で俺に聞きたい事?俺は彼女とは何の接点も無いぞ?一体何が聞きたいって言うんだ?


「あんた、ハイランドで自分以外の適格者候補だった奴に覚えはないか?」


「俺以外の適格者候補ですか?」


 ハイランドで俺以外の適格者候補・・・。


 なるほど。幻想神の元で転生したのなら、ハイランドで適格者となっている可能性は高いな。


 でもさ、そもそも俺が、自分が適格者候補だって知ったのは、マルセル達に包囲された時だったんだ。それまでは適格者なんて言葉さえ知らなかったんだから、自分以外の適格者なんて・・・。


 いや、まってくれ。


 ごめん、さっきの言葉訂正。俺、一人だけ適格者候補だった人知ってるわ。


「澤田さん、俺以外の適格者候補だった人、一人だけ知っています」


「本当か!?」


 澤田は椅子からガタッと立ち上がった。


 そう、俺は知っている。だってティルデがリバーウォールの領主代行に話しているのを、確かにこの耳で聞いた。その適格者候補の名前は・・・。


「その適格者候補の名前は、ユーディー・ビッケンバーグ。エルフの魔法使いの女性です」

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