第52話 ミュリエル・ド・バリー

「全く昼間から騒がしいですわねえ・・・」


 俺達が玄関先で、ボリスとやりあってたのを聞いていたのか、見知らぬ金髪のお姉ちゃんが廊下で文句を言ってきた。


「アリサ!ただいまー!」


 そう言いながら、ユリアーナは自分がアリサと呼んだ金髪の女子に飛びついた。

 なんか、さっきも同じような光景を見た気がする。


「ええーい、鬱陶うっとうしいですわ!」


「ええ、こんなの挨拶じゃん~」


「私は苦手なんですの!」


 俺とアンネローゼを置いてきぼりにして、転生者達の本拠となる建物の廊下で何やらミニコントを始めるユリアーナとアリサと呼ばれた女の子。


 と言うか、建物の外観からある程度の予想はついてたけど、とても非正規軍とは思えないような豪華な内装でびっくりだよ。


 廊下には高そうな絨毯じゅうたんが敷かれていて、壁にはこれまた高そうな絵画が壁に掛けられている。


 北リップシュタートの領主館は見たことが無いけど、これならリバーウォールのそれとタメを張れるレベルだと思う。どっからこんな金が出てくるんだよ。


「で、そいつが例の男ですの?」


 そんな事を俺が考えていると、アリサと呼ばれた女の子が、そう言って俺を指差す。なんか、すっかり「例の男」って呼び名が定着しそうな感じだな俺。


「シン・コレナガです。こちらは友人の「アンネローゼ・シュヴァイツェルシュペルグ」です。よろしくお願いいたします」


「そんな!友人だなんて滅相もございません!」


 俺がアンネローゼを紹介すると、すぐにアンネローゼから否定の言葉が飛んできた。


 いやまあ、うちのメイドですと紹介するわけにもいかないし、友人が一番妥当だとおもったんだけど。


「今は主従しゅじゅう関係では無いのですから、友人が妥当な所だと思いますよ。それよりもアンネローゼも自己紹介してはいかがですか?」


「・・・アンネローゼです」


 俺に促されてしぶしぶ挨拶をするアンネローゼ。

 まあ、アンネローゼのこいつらに対する好感度はすこぶる低い・・・つーか、むしろ嫌悪感しかないだろうなあ。

 しかもさっきのボリスって奴と同じ呼び方で俺を指さしたもんだから、内心イラっとしてると思う。


「私はミュリエル、ミュリエル・ド・バリーよ。以後よろしくお願い致しますわ」


 アリサと呼ばれていた女の子は、アンネローゼの若干失礼とも取れる態度も気にはしていないようだった。


 さっきからこの人の話し方を聞いていると、漫画とかアニメで見たような、上流階級の奴らが使うような言葉遣いなんだけど、貴族か何かなのか?


 そしてこの建物の中にいて、ユリアーナとも親しくしてるって事は、彼女も転生者なんだろうか?


 ん?ちょっと待てよ?


「あの、さっきユリアーナはあなたの事を「アリサ」と呼んでいたような気がしますが・・・」


「アリサは私のニックネームですの。あなたにもニックネームの一つや二つございますでしょ?」


 ニックネームね。ありますよ、ありましたとも。思い出したくもないニックネームがね!くそっ、学生時代の嫌な思い出が蘇ってきたぜ。


「何を変な顔をしてますの?」


「・・・・・・・・」


 変な顔は生まれつきだほっとけ!


 そう思ったものの、さっきのボリスとは違い悪意の欠片かけらも感じなかったので、そのままスルーすることに。


 たぶんお嬢様なんだろう。話し方とか聞いてる感じだとね。実際アンネローゼも苦い顔をしているものの、さっきみたいに食って掛かったりしていない。


「それはともかく、あなた方、サワダの所へ行くのではなくて?」


「そうなの。今からさわチンの所へ連れていくの」


「澤チンって・・・。あなたそれサワダの前で言ったら、また渋い顔されますわよ」


「わかってるって。澤チンもシンちゃんもホント生真面目なんだから」


 良かった。どうやらミュリエルと澤田って奴はまともな感覚を持っているらしい。ユリアーナと同じノリの奴だったらどうしようかと、内心びびってたんだよな。


「だったら早くしなさいな。さっきから応接室でお待ちかねですわよ」


「いっけない!シンちゃん油売ってないで早く行くよ!」


 俺じゃねーよ!お前だよ!思わず突っ込みそうになったが、突っ込んだら突っ込んだで、また話が横道にそれそうだったので、泣く泣く黙っておくことにした。


 俺は一刻も早く、今この世界で俺と俺の周囲に起こっていることの謎を解明したいんだよ。そう思いつつ、ユリアーナに促されて、澤田の待つ応接室に向かおうとした時だった。


「あ。あなたはこちらですよ」


 そういってミュリエルは、一緒に来ていたアンネローゼの手を引っ張った。


「ちょっと!何するんですか!?手を放してください!」


 突然手を掴まれたアンネローゼは、当然の如く抵抗する。


「えっと、ミュリエルさん?」


 俺はミュリエルが何をしようとしているのかが全く分からず、困惑の表情でミュリエルに話しかけていた。


「シン・コレナガ、あなた、今から澤田と話すことがあるのでしょう?この子も一緒で良いのかしら?」


 ミュリエルから言われた意味が一瞬わからなかったが、よくよく考えてみれば現代日本の事や転生について会話するわけで、アンネローゼを同席できるわけがない事にすぐに気が付いた。


 すっかり忘れていたが、今回リップシュタートへ来た主な目的は、転生者が集まって何をしているのかを聞くことだ。


 そんな話をアンネローゼの前でできるわけが無かった。なので、困惑の表情を浮かべているアンネローゼにに事情を説明し、今回は席を外してもらえるようお願いする。


「すみませんアンネローゼ、僕が澤田さんと話している間、席を外していてもらえないでしょうか?」


「ご主人様・・・」


 今にも泣きそうな顔で俺を見るアンネローゼたん。こんな顔を見ると、普段なら絶対に折れてしまうところだが、今回ばかりは譲るわけにはいかなかった。


「僕、日本からやってきた転生者なんだ!」


 とか言えるわけねえ。

 

「すみません、話が終わるまでの間だけですので、しばらく彼女らの指示に従っていて下さい。今回の事はハイランドでの私の事も含まれていますので、少しお話しする事が難しいんです」


 別にハイランドでの事なんか喋ってもいいんだけどな。でも、知られたくない過去がある風に言っといたほうが、アンネローゼも引っ込みがつきやすいだろう。


「・・・わかりました」


「すみません」


 アンネローゼは俺のその言葉に目に涙を貯めつつも従ってくれた。とぼとぼとミュリエルが呼んだ使用人らしき人に連れられて、用意されていたと思われる部屋へと入っていく。


 入る瞬間、俺の方をちらっと見ながら。うっ、心が痛い・・・。


「じゃあ私達も応接室へ行きますわよ」


 アンネローゼが部屋へ入っていったのを見計らって、ミュリエルがそう宣言した。


「えっと、何名くらいの転生者の方がいらっしゃるんでしょうか?」


 ユリアーナはみんなで話し合うとか言ってたからなあ。

 でもあんまり大勢に囲まれるのは遠慮したい所なんだが。


「今日ここにいるのは私と澤田だけですわ。後は・・・そうですわね、もっとお互いに親しくなったらお教え致しますわ」


 まあ、そりゃそうか。

 いくら俺が適格者では無いとはいえ、完全に味方になるとは限らないしな。

 内情をなんでもかんでも話してしまうわけにはいかんのだろう。

 とは言え、それを俺が知ったところで、何か出来るともしたいとも思わんけどね。

 まあ、今日の話し合いは、澤田を含めた4人で行われることがわかったのでちょっと安心かも。


「さ、ここが応接室ですわ」


 ミュリエルに案内された応接室の扉は、これまたお金がかかってそうな豪華絢爛仕様だった。

 この先に俺が知りたいことを知っている奴がいるんだ・・・。

 そう考えると、少し鳥肌が立ってきた。

 彼らがどこまで俺に教えてくれるのかはわからないが、少なくともリバーランドと組んでやろうとしている事ぐらいは知ることが出来るだろう。


「シンちゃん、心の準備はOK?」


 ユリアーナが俺にそう聞いてきた。

 心の準備が必要な程の内容の話を聞かされるって事か。

 でも聞かなきゃ何も始まらないし、何もわからない。

 準備が出来ていようがいまいが、俺にはそれを聞くしか方法が無い。


「もちろんOKです」


 俺のその返事を待ってから、ユリアーナは応接室の扉をノックした。


「開いてるぜ」


 しばらくすると、若い男の声で返事が返ってきた。

 おそらくこいつが澤田なんだろう。


「おー、浩也ひろなり久しぶりー」


 ユリアーナがそう言いながら両手を振って部屋の中へと駆け込んでいく。

 そしてソファーに座っている青年から大層鬱陶しがられていた。

 あいつが澤田、ユリアーナが浩也と呼んでいたから、澤田浩也さわだひろなりが名前なのだろう。

 間違いなく日本人の名前だ。そして外見も東洋人のそれに間違いなかった。


「よう、わざわざリップシュタートまですまなかったな。俺が一応、こいつらのまとめ役をやらされてる「澤田浩也」だ」


「初めまして、シン・コレナガです。どうぞよろしくお願いしま・・・す・・・」


「ん?どうした?」


「あ、いえ、すみません」


 俺が一瞬固まったのを見て、澤田が声を掛けてきた。

 俺は澤田に挨拶をするために、澤田の顔を見た。

 そして奇妙な感覚に襲われたんだ。


 以前、リバーランドの俺の自宅で、俺の家を襲ってきた奴らの顔を見た時と同じ感覚だ。


【どこかで見たことがある】


 あの時は、すぐにハイランドの兵士達だって事に気付くことが出来た。

 しかし今は、どこで会ったか一体誰なのかを全く思い出せず、何とも言いようの無い既視感きしかんだけが頭の中を駆け巡っていた。

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