第47話 異世界での転換点3

 俺はなんともやりきれない気分になっていた。


 そりゃそうだ。誰だって、ずっと監視されていたとわかれば、それは気分が良い物では無いはずだ。しかも、勝手に信じて勝手に裏切られた間抜まぬけと来ている。


「で、では、僕よりも先にあなたが鉱山へ到着できた理由は何ですか?リバーウォールから早馬を送り、それからリバーランドを出たとしても、絶対に僕よりも早く着く事はないはずです!」


 この質問の答えそのものには、もはや何の意味も無い事はわかっている。何を答えられても結果が変わるわけじゃないからな。けど、聞かずにはいられなかったんだ。


「まあ、お前がそれを疑問に思うのはもっともだ。もっともなんだが、これを説明するのはちょっと難しい」


 これまで歯切はぎれよく説明してきたさっきまでの態度とは打って変わり、バリーは難しい表情になっていた。


「それは、不可能な事を説明しようとしているからではないですか!?」


 俺は初めて主導権を握ったような気がした。さっきからずっと、泣きたくなるような事実ばかりを聞かされていたからな。


「そうじゃねえ!そうじゃねーんだけど・・・。あーもう!あんなもん俺がせつめいできるかーーーっ!」


 いきなりキレるバリーのおっさん。あの癇癪かんしゃく持ちは演技じゃなかったのかよ。そんな事を混乱している頭で考えている時だった。


「おじさん、無理はやめときなよ~。大体あれが何か全くわかってないでしょ?」


 その声は、突然兵士達の中から聞こえて来た。10名程はいるであろう兵士達の中から、すこしだけ小柄な兵士が前に出てきて、兜を脱いだ。


「あっ!」


 俺は思わず声を出してしまっていた。そこに居たのは、ここ最近、ずっと俺を悩ませてきた原因そのものだったからだ。


「あなたはあの時の・・・」


「おー!やっぱり覚えててくれたんだ?運命かなこれは・・・」


 彼女はそんな事を言いながら、自分の両頬に手の平をあて、ちょっと顔を赤くしながら腰をくねらせ始める。なんだこいつ。


 ちょっと前にフェルテンに連れられて行った女子楽団の演奏会で、自作の曲と称して、日本で人気のゲームのメドレーを演奏したローフェル族の、確か「ユリアーナ」とかいう女、その女が目の前に現れたんだ。


 身長は165センチ程だろうか?ローフェル族特有の真っ赤な髪が、少し強くなった風でさらさらと泳いでいた。


 ティルデよりも若干幼く見えるが、長寿のローフェル族なので外見では判断できない。と言うか、こいつは間違いなく転生者だ。


「ご主人様、お知り合いですか?」


 アンネローゼが怪訝けげんそうな表情で問いかけてくる。明らかに俺に対する言動がおかしい彼女に対し、少し俺との関係を疑ってるように見える。


 こんな事態なのに全くぶれないアンネローゼに苦笑しつつ、俺は簡単な説明をした。


「以前、フェルテンと一緒に見に行った女子楽団の方です」


 俺は当り障りのない返事をアンネローゼに返した。


 まさか日本からの転生者です、と言う訳にもいかず、だからと言ってこれ以上の情報を、俺は持ち合わせていなかった。


 それにしても、なんで彼女がここにいるんだ?リバーランドは転生者と関わりがあるのか?くそっ!また悩みの種が増えてしまった。


「さてと、確か質問は、何でバリーが君より早く鉱山に着くことが出来たか?だったよね」


 俺が彼女の登場でますます混乱していると、そう俺に話しかけて来た。どうやらバリーでは無く、彼女が俺に説明してくれるらしい。


「そうです。どう考えても計算が合いません。事実上不可能なんですよ、俺より早くバリーが鉱山に着くなんて」


 空でも飛んで来なきゃね!もちろん浮遊の魔法がある事は知っているよ。けど、「某、龍の玉を集める格闘漫画」みたいに、あんな風に自由に空を飛べる魔法は今の所無いんだよ。


 それにバリーが魔法を使っている所を俺は見たことが無い。まあ、それも隠している可能性はあるかもだけどな。


「まあ、普通に考えたらそうだよね。でも君なら理解できるはずだよ?」


 目の前の女は、涼しげな顔でそう言った。俺なら理解できる?一体どういうことだ?


「えっと、仰ってる意味がよくわかりません。理解できないから質問させてもらってるんですが・・・」


「うーんとそうだなあ。君は、この世界に魔力が存在している事は理解しているよね?」


「それはわかっています」


 レベル1の俺だって、簡単な初期魔法くらいは使えるからね。しかし、それが一体何の関係があると言うんだ?


「じゃあ、魔力はどこに存在してるかは知ってる?」


「どこって、魔法を使える可能性のある人なら、誰でも持っているものではないのですか?」


「うーん、半分正解!」


「半分?」


「そう、半分。魔力はね、生を持つもの全ての中にあるの。例えばこの植物の中にもね」


 そういって彼女は、庭に植わっていた木の葉を一枚ちぎって、俺にひらひらと振って見せる。


「まさか!では、その植物が魔法を使うとでも?」


「あはは!だったら凄く面白いけどね。残念ながら魔力が備わっているというだけだよ。木の葉の魔力が無くなったら、1からまた生成されるの」


 つまり、地球人にとっての細胞みたいなものか?よくわからないな。


「理屈はよくわかりませんが、すべての生物が魔力を持っている事は理解しました。しかし、それがどうバリーの話に繋がるんです?」


 俺が聞きたいのは、バリーがどうやったら俺より早く鉱山に着けるかって説明だ。魔力がどうのこうのなんて話、正直どうでもいい。


「まあ、焦らない焦らない。今のは全て話の前提だから。それを踏まえたうえで聞いて欲しいんだけど」


 どうやらやっと本題に入るようだ。ワープか空を飛ぶ以外で、俺より先にバリーが鉱山に入れた理由を。


「この国の至る所に「中継器」と呼ばれる物、それを設置しているんだけど・・・」


「中継器?」


「そ、中継器。まあ機械のような物よ」


「そんな物どうやって作ったんですか!?」


「その話は長くなるからまた今度ね。で、私たちはその中継器を使って魔力を運んでいるの」


「魔力を運ぶって、そんな事が出来るんですか!?」


「できるよー、中継器を経由すればね」


 なんだよそれ、全然ファンタジー世界に似つかわしくないシステムじゃないか。


「で、あなたの疑問への答え。中継器を使って、リバーウォールからリバーランドへ情報を瞬時に送っちゃいました☆」


「・・・は?」


「だーかーらー!あなたが鉱山に送られるって情報を、中継器を使って・・・」


「それはわかってます!でも、どうやって!?リバーウォールからリバーランドまではかなりの距離ですよ?そこまで魔力って持つものなんですか!?」


「持たないよ?」


 可愛く首をかしげながら答える。一体こいつは何を言っているんだ・・・。魔力が持たないのに、どうやって情報を送れるって言うんだよ。


「ここでさっきの前提が役に立つのよ。魔力は全ての生物に存在するっていうね。魔力が電力の代わりって言えば、君にはわかりやすいのかな?」


 魔力が電力の代わりだと?


「どういう事です?」


「中継器の周りには、植物もあれば動物も昆虫もいるかもねって話♪」


 中継器の周りに生き物・・・。全ての生き物には魔力が存在する・・・。


「あ!もしかして、中継器周辺の植物や生物の魔力を電力代わりにして、中継器を動かしているんですか!?」


「ご明察~♪」


 バカな!これじゃまるでインターネットをこの世界で再現したみたいじゃないか!電気の代わりに魔力を使用して・・・。しかも魔力を中継できる機械だって?無茶苦茶だ・・・。


「お!驚いてる?驚いてる?やったね!」


 こっちの動揺を知ってか知らずか、ユリアーナは無邪気に喜んでいる。それにしてもまさか、魔力をエネルギーにインターネットを構築しているとは思いもしなかった。


 一体どういう概念で中継器とやらを設計できたんだ・・・。現代地球と、こっちの世界じゃ取れる物質も素材も全く違うだろうに。


「わかりました。色々と疑問もありますが、バリーが僕より早く鉱山に着けた理由は、理屈としてこれなら納得できます」


 正直言って素直に信じられるような話ではないけど、そんな事を言い出したら「転生」そのものもあり得ない話だろう。


「ホント?良かったあ♪」


 ユリアーナと呼ばれていた女は、無邪気に喜んでいるように見える。不本意ではあるけど、納得せざるを得ない答えではあったよ。けど、その答えによって、また幾つかの疑問が生じてしまった。


「納得はしますが、あなたに聞きたい事が増えてしまいました」


「だよね~」


 俺のセリフが分かっていたかのような答えが返って来た。


 はっきり言って、このインターネットに酷似したシステムは、この異世界では明らかにオーバースペックだろう。


 こんなシステムを構築しなければならないような事態が起こってるってのか?そしてユリアーナとか言う転生者。あいつはリバーランドと組んで何をやろうとしているのか。


 そして、今回俺がリバーランドから疑われている理由には、あの女が絡んでいるのか。結局俺はどうなってしまうのか。ティルデは無事なのか。


 あーもう!考えだしたらキリがねえ!聞きたい事が二つじゃ収まらねえよ・・・。


「悩んでるねえ少年~」


 お気楽な調子で転生者の女が話しかけてくる。なんか、こいつと話してると調子が狂う・・・。


「ねえ、コレナガシン君。これは提案なんだけど」


「提案と言うか命令ですよね。こっちは断れないですし」


 向こうが完全に主導権を握っているんだ。そんな状況で断れるわけがない。


「もぉ、いじけないでよ~。ホントのホントに提案なんだから。嫌だったら断ってもいいし!でも、君にとっても魅力的な案だと思うよ?」


 まるで友人を、どこか遊びに誘うような感覚で話しかけてくるなこの女は。ふとバリーの方を見ると、色々と諦めたような表情で彼女を見ている。きっと普段からこいういうノリなんだろう。


「とりあえず、聞かせて頂けますか?」


 他に選択肢が無いので、俺は彼女の提案を聞いてみる事にする。で、魅力的な案だったら乗っかってみる。飲めない提案だったら・・・。まあ、飲むしかないんだろうなあ。


「君さ、北リップシュタート、つまり私達の本拠地に来てみない?」

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