第42話 赤い髪のローフィル族の女

 俺は今、仕事仲間のフェルテンと共に、リバーランドの中央広場へと来ていた。


 以前フェルテンから聞いた、毎週日曜日に広場で演奏するという女子楽団の演奏を聴くためだ。


 ちなみに楽団の名前を聞いたら今の所何も決まってないそうだ。そもそも演奏大好きな女の子たちが好きで集まって弾いているだけなので、形式ばったものが無いらしい。


 それにしても広場にはかなりの人が集まってきている。フェルテンに聞いて少し早めに来ていなければ、後ろの方から背伸びしてみることになったかもしれない。


「凄いですね!楽器好きが集まる演奏会っていうから、もうちょっと地味な感じかと思ってましたけど、これはまるで公式な催し物か何かみたいです」


 俺は思ったことをそのままフェルテンに伝えた。


「そうだろう!本当に凄いんだよ!」


 以前から凄い凄いとフェルテンは俺に言っていたんだ。


 実を言えば、フェルテンはちょっと大げさなんじゃないかとも思っていたが、この聴衆の集まり方は、趣味でやってる演奏会の範疇はんちゅうを超えてるだろう。人気アイドルのライブ会場みたいになってるぞ。


 本当はアンネローゼも連れて来たかったところなんだが、これはフェルテンとの約束だし、アンネローゼのせっかくの休みまで俺に付き合わせるのもどうかと思ったんだ。まあ今度話してみて、興味がありそうだったら連れてきてあげよう。


「そういや、君のお気に入りのメイドは連れて来なかったのかい?」


 俺がアンネローゼの事を考えているとフェルテンからそう尋ねられたので、内心ちょっと焦ってしまった。


「いや、今日は彼女は公休日だしね」


「え?休みとかあげてるの?」


「まあ日曜は特にすることもないですから」


 やっぱり奴隷に休みをあげていたのには驚いたようだ。


「はあ、やっぱりもう市民権取らせたらいいんじゃないの?そこまで気に入ってるんなら」


「うんでもさ、しばらくは現状維持でお願いしますって言われたんだよね」


「え?本当に?君のメイドもかなり変わってるんだね・・・」


 まあ、それは否定できんな。俺みたいな奴に付いて来てくれるわけだしね。でも、この時の俺は知らなかったんだ。この後すぐに、アンネローゼが市民権を獲得せざるを得ない状況になってしまう事を。


「来たぞー!」


 そんな話をフェルテンとしていた時だった。ワーッと歓声が上がったと思ったら、4人の女の子が、群衆の隙間から広場の中央へ入ってきた。


 フェルテンから四重奏カルテットであることは聞いていたので、それはなんとも思わなかったのだが、楽器の名前と見た目が全く合って無いことにすげえ驚いてる。


 正確に言うと、ヴァイオリンとヴィオラとチェロにしか見えんのだ。フェルテンから聞いてたのはテトラなんたらって名前だった気がする。しかも四重奏だろ?これ完全に俺が居た現代の演奏形態なんだけど・・・。


 いやいや、もしかして、見た目はあんなだけど、音は全然違うかもしれん。きっとファンタジーな音色を聞かせてくれるに違いない!


*************


 結果、どう聞いても弦楽器の音色にしか聞こえませんでした。ありがとうございます。


 いや、確かに演奏は素晴らしかったよ?でも俺はファンタジーな何かを期待してたんだよ!

 

 しかし一体どうなってんの?人類が音を突き詰めると、やはり同じ楽器を制作してしまうんだろうか?ちょっと楽器のルーツみたいなものをフェルテンに聞いてみようかな・・・。


「では、本日最後の演奏になりまーす!」


 4人の中でひときわ目立って明るい女の子が元気よくそう叫んだ。たしかあの子はフェルテンお気に入りの女の子だったはず。確かに、話し方もテンポよくはきはきとしていて、しかもかなり可愛い。こりゃ人気出るはずだわ。


「この曲は、ユリアーナが作った完全新曲となります!」


 そして赤髪の女の子がちょこんとお辞儀をする。どうやらあの子がユリアーナらしい。

 

 そのアナウンスに「わー!」と盛り上がる中央広場。しかし4人のアーティストが演奏する仕草を見せると一瞬で静かになった。お前らどんだけ教育されてるんだとちょっと笑いそうになったわ。


 しかし演奏が始まった瞬間に、俺のそんな余裕は一瞬で吹き飛んでしまった。


 だってこれ、俺が居た現代日本で大人気のRPG「最後の幻想13」の戦闘曲だぞ!俺はあのゲームをかなりやりこんだんで絶対に間違いない!


 その後もやはり人気ゲーム「ゾルダの伝説」や「ドラゴン探求8」等、絶対にこの世界には存在しない音楽がメドレーで演奏され続けた。


 何も知らない聴衆は何の疑いも無く一つの曲と思ってるかもしれないが、これは間違いなく、人気ゲーム音楽の組曲だ。


「一体どうなってるんだ・・・」


 俺のそんな独り言を聞いたフェルテンは、得意気に「凄いだろ?」とご満悦だ。確かに演奏は凄いが、そんな事はどうでも良かった。

 

【なんでこのファンタジー世界で、現代日本の音楽が演奏されているんだ?】


 俺の頭の中は、その疑問だけでいっぱいになってしまった。そして演奏会は終了した。


 俺はこの曲を作ったと紹介された、ユリアーナという女とコンタクトを取ろうとしたが、あっという間に人だかりができてしまって彼女に近づく事さえままならない。そしてそのまま広場から退出しようとする。


「ああ!今回もオルトルートちゃんに話しかける事さえできなかったああ!」


 もしかしたらフェルテンなら、彼女たちと接近できるのでは?と一瞬考えたが、立場は俺とあまり変わら無いようだ。そう考えている間にも、彼女達、赤髪のユリアーナという女も段々と俺達から離れて行ってしまった。


 しかし次の瞬間、ユリアーナは俺の方を振り向きにっこりと笑いかけた。


「おおおお!ユリアーナが俺をみてにっこりしてくれたぞーー!」


「バカ!俺にきまってるだろうが!」


 等と言う、どっかのアイドルライブで見かけそうなやり取りが、あちこちで始まった。けど俺にはわかった。


 あれは絶対に、俺に対して笑いかけたんだ。


「フェルテン、少し聞いても良いですか?」


「なんだい!?」


 まだ興奮冷めやらぬと言った感じのフェルテンが、少し大きな声で返事をする。


「あの赤髪の少女、ユリアーナと言いましたか?どんな人なんです?」


 フェルテンが詳しい情報を知ってるとは思えないが、今はどんな情報でも欲しい。


「へえ、意外だなあ。シンはアンネローゼみたいな子がタイプかと思ってたよ」


 それからフェルテンは、自分が知ってる情報を俺に教えてくれた。


 ユリアーナと呼ばれていた少女、あの赤髪の種族は「ローフィル」というらしい。意味は「燃えるような赤い髪を持つ妖精」だそうだ。恐らくティルデもローフィル族なんだろう。寿命は1000年を超える人もいるのだとか。


 そしてユリアーナは、あの演奏隊の中のメインの作曲担当だそうだ。そして一番びっくりしたのが、あの楽器を発明したのがユリアーナだったということだ。


 今から15年ほど前に、彼女の出身地である北リップシュタートで、最初の楽器であるヴァイオリンを発明したらしい。


 北リップシュタート・・・。確か、アリーナ・ローゼンベルグも北リップシュタート出身だった気がする。アリーナに聞けば何かわかる事もあるかもしれないが今は無理だ。何しろ彼女はリバーウォールにいるからな。


 そして俺は、フェルテンと別れて家路につき、そのまま自室に引きこもった。もちろんあのユリアーナと言う女の事を考えるためだ。彼女の事を判断する為の材料はめちゃくちゃ少ない。


 しかしたったひとつだけ可能性の高い事がある。いや、高いというよりは、もはや事実だろう。


 彼女は俺と同じ現代からの、それも日本からの転生者であるという可能性だ。


 そりゃもちろん俺が日本から転生してるんだから可能性はあるだろう。しかし問題はそこじゃない。彼女は間違いなく俺の方を振り向いた。そして俺の焦りと驚きで満ちた顔を見て笑ったんだ。


 彼女は俺が日本からの転生者だと知っているって事か?一体どうなってるんだ・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る