第六章 北リップシュタートへ

第41話 市民権

市民権獲得試験しみんけんかくとくしけん?」


 その話を聞いたのは、俺がルーカスとフェルテンと一緒に昼食を食べている時だった。


 俺が、自慢のアンネローゼたんがいかに素晴らしいかを二人に力説していると、「そんなにお気に入りの奴隷なら市民権獲得試験を受けさせてみたら?」と、ルーカスから提案されたんだ。


 ルーカスによれば、奴隷の中には本人にはどうしようも無い理由で奴隷になってしまった者たちも多い。

 なので、素晴らしい才能を持った奴隷が埋もれている可能性は否めない。

 そこで、一定の条件を満たすことで、市民権を奴隷が獲得できる制度が出来上がったんだと。


「どうすれば、その試験を受ける事が出来るんですか?」


「それはね・・・」


 ルーカスから聞いた市民権獲得の条件は二つだった。


 1・市民権獲得試験に合格する事。


 これは単純に読み書きだったり計算だったり一般常識だったりとか、日常生活に支障がないかどうかを判定するテストだ。


 2・信頼できる保証人がいること


 保証人が貴族だった場合、この点については問題なくOKとなる。

 平民が保証人だった場合、保証人の家の財務状況が決め手になる事が多いんだと。

 例えば長く続いている歴史ある商人の家だとか、そういう感じね。

 そういう場合OKになる傾向が強いみたいだ。

 逆に、ごく普通の一般平民だと合格できる可能性はかなり低いらしい。


「まあ、大貴族が依頼してきた場合、試験の結果なんか関係なく、市民権なんか獲得できるんだけどね」


「どうしてです?」


「大貴族に逆らえる試験官がいると思う?」


「ああ・・・」


 貴族が奴隷を市民にさせようとする場合、大抵は容姿が麗しい奴隷と結婚したい事が理由となるようだ。


 だって、奴隷と結婚とか貴族様の誇りと尊厳が損なわれるだけだからね。なので、貴族様からの試験依頼はほとんど形骸化しているようだ。


 まあこの世界は、貴族様世界だから別に驚きはしないけどさ。大方このシステムが出来たのも、大貴族様が容姿端麗な奴隷と婚姻関係を結びたいと考えたとか、そんな所なんじゃないかと思えてきた。


「で、いつ結婚する予定なの?」


「・・・は?」


「いや、市民権の話に食いついて来たから、てっきりアンネローゼと結婚しようと考えているのかなって」


「ええ!いやいや、違いますよ!せっかくあれだけの才に恵まれているのだし、このまま奴隷でいるのはもったいないと思いまして」


「ええ?結婚を考えてるわけじゃないのに市民権の話に食いついてたの?やっぱりコレナガは変わってるなあ」


「ははは・・・」


 やっぱこの世界での奴隷の立場はどう転んでも奴隷なんだろう。人権なんかまったく無いに等しい。これが日本だったら、今の発言はB〇Oが黙っちゃいないぞ?それはともかく、市民権獲得の話は、アンネローゼにも提案してみることにしよう。


 ただ、貴族が市民権を奴隷に得させようとする場合、婚姻こんいん目的がほとんどだって事を考えると、アンネローゼに提案する場合は慎重に言葉を選ばないと、大変な誤解を生むことになりそうだ。


 先日、とある誤解から、アンネローゼに就寝前に襲撃を受けたことがあるからな。あくまでも、アンネローゼの夢や希望の為って所を強調することにしよう、うん。


 でも、テレジア閣下の許可も得ないとダメかもな。アンネローゼの人事権が俺にあるのか閣下にあるのかわからないもん。よし、システムの進捗状況の報告へ行くときについでに確認する事にするか。


 **********


「あら、やっぱり結婚する気だったんじゃない」


「違います」


 テレジアに市民権の話をした途端、以前テレジアが言ってた「俺がアンネローゼに気がある」って話を蒸し返して来たので、即座に否定してやった。


 このねーちゃんは俺がアンネローゼの話をすると、すぐにそっち方向に持って行こうとするので本気で困る。


「そうではなくてですね、あの才能をうちの家政婦という形で埋もれさせるのはもったいないと思ってるんですよ」


「ふーん」


 そうじゃないとわかった途端興味無しかよ!まあいいけど・・・。


「それでアンネローゼは、閣下から与えられた奴隷ですので、私が勝手に市民権を与えて良いものかどうかわからなくて、本日おうかがいに参った次第なんです」


「好きにしていいわよ」


「よろしいのですか?」


「だってあなたにあげたものだもん。好きにしなさいよ」


「はっ!ありがとうございます」


「で、ホントに結婚しないの?」


「しません」


 そういうわけでテレジアからの許可はあっけなくもらえたので、後はアンネローゼ本人に聞いてみるだけだ。



*************


「私が一般市民にですか?」


俺は早速その日の晩飯の時に、アンネローゼにそれとなく聞いてみた。


「それだけのスキルと剣の腕前があれば、望めば冒険者としても生活出来ると思うよ。もちろん、普通の職に就くことも十分可能だと思う」


 一瞬、アンネローゼの目がキラキラモードになりかけたので、俺は慌てて「結婚」とか「婚姻」目的では無いと言う事をアピールした。この子は思い込むと爆走してしまうタイプだとこの前わかったので、最初が肝心だろう。


「冒険者・・・私が・・・冒険者に・・・」


 俺が例えで冒険者の話を振っってみると、かなり考え込んでいる様子だった。あれ?もしかして、昔の夢は冒険者だったとか?それだったら話が早いんだけど。


「えっと、もしかして、かなり冒険者に興味ある感じですか?」


「あ、いえ、少し昔の事を思い出しまして・・・」


 昔と言うと、アンネローゼのご両親がご存命中の事だろうか?気になるけど、事故で亡くなられたって聞いたしなあ・・・。


「実は両親は、冒険者だったんです」


 俺の考えていることが顔に出ていたのか、アンネローゼが自分から話してくれた。まさか、彼女のご両親が冒険者だったとはねえ。


「あれ?ですが、冒険者が事故で亡くなられた場合保険金が下りるのでは?」


 少し不謹慎かと思ったが、俺はそう彼女に聞いてみた。というのが、冒険者と言うのは「つぶしが利かない」職業だ。もちろん王国兵士への再就職なども出来るが、それにしても限度がある。なので、リタイア後や死亡後の家族の為の保障なども手厚く用意されているはず。


「実は両親は、冒険者をサポートするための組織を作る為に冒険者を辞めていたんです。それで保険金も利用して組織を作っていたのですが・・・」


「その途中で、事故で亡くなってしまったと・・・」


「はい。それで私は無一文になってしまって・・・」


「そっか、ごめんね。つらい事思い出せちゃったね・・・」


「いえ!私は両親の事を尊敬していますし、旦那様から冒険者と言う言葉を聞いた時は、正直ちょっとグラついてしまいました」


「あー、だったら試験受けてみる?冒険者になるには年齢的にもまだ全然遅くはないと思うよ。剣の腕前も確かだし」


 そうは言ったけど、年齢的な物はたぶんぎりぎり。ただ、剣の腕前は確かだ。俺なんか全然かなわないし、たまに来ていたバリーにも「筋が良い」と言われていた。経験を積むという意味では、一刻も早い方が良いだろう。


「少し・・考えさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「あ、それはもちろん!アンネローゼの人生の事だからね。でも悩む必要も無い気もするけど」


 これは本心。奴隷状態から抜け出せるのに、何を悩むというのだろうか?


「以前の私なら、二つ返事でお受けしていたと思います。ですが、私は今、旦那様にお仕え出来て非常に幸せなのです」


 アンネローゼは、いかに今の境遇が恵まれているか、自分が幸せなのかを語りだした。俺としては、奴隷状態から抜け出せた方が、もっと幸せになれると思うんだが、本人がそれで良いと言うんだから仕方ないかな。


「そういう訳で大変申し訳ないのですし、贅沢だとは重々承知しているのですが・・・って!旦那様!どうされたのですか!?」


 へ?なんでアンネローゼたんは慌ててるの?物凄い勢いで、俺の所へ駆け寄ってきて、俺の頬をぬぐっているのだが・・・。とか思ってたら、俺、思い切り泣いてました。号泣です。


 だってさ?奴隷から抜け出せるのに、それを躊躇してるんだよこの子。と言う事は、本気で今の生活を楽しいと思ってるって事じゃん。俺みたいなブサメンと一緒でも。こんな状況に慣れてないんだから、号泣してしまったのも仕方ないだろ・・・。


「ごめん、ごめんねアンネローゼ」


 アンネローゼは、今までに見たことが無いくらい慌てふためいているようだ。俺の為にこんなに慌ててくれる人がいる事がこんなに嬉しいことだって、久しく忘れていた気がする。


 でも、だからこそ、やはりアンネローゼには市民権を獲得して欲しいと思った。だって、この世界で俺がいつまでも、今の状況を維持できるかなんてわからないしな。


 俺になにかあったら、アンネローゼは再び奴隷商の元に行ってしまうのだろう。それはとても嫌な事だ。


 だから、近いうちに多少強引にでも、市民権を獲得してもらう事にしようと思う。そのうえで、家で働きたいのなら正式に雇う話をアンネローゼにはしよう。

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