第5話 野鳥撮影
彼はカラスの案内で、そこからさらに森の奥へと入って行った。
すでに何㎞歩いただろう、この森にはすでに何回も来たことのある彼でも、まだ知らないような奥へ、どんどんと進んで行く。
それでもさすがは夢の中だけあって、少しも疲れることもないし、未知の森に入っていくという不安も感じなかった。
彼は少し先を、彼の歩調に合わせてゆっくり飛んでいるカラスに、
「それで、その仲間の中に『カワセミ』とかもいるのかな? 愛鳥家の間では、カワセミが一番人気があるんだけど?」
するとカラスは、器用にも飛びながら首だけを彼の方に向けて、
「んあ、カワセミ? そんなのそこいら中にいるじゃないか」
「え、どこどこ?」
言われて彼は、まさかといった顔であたりを見渡した。だが、やはりカワセミの姿など、どこにも見えはしなかった。
「いないじゃん?」
「何言ってやがる。さっきからずっと、ミンミンと鳴いてるじゃないか」
確かに、さっきから蝉の鳴き声は聞こえていたが………………………………。
「……………………………」
「………………………………………………」
「………………ねぇ?」
「わ、笑えよっ。そこ笑うとこだぞ。普通だったら、どっかんどっかん大爆笑するとこだったのに」
気のせいか、カラスの頬が赤くなっているように見えた。
「せっかくの最高のギャグが、滑っちまったじゃないかよぉ!」
「滑る以前の問題だと思うけど?」
「ったくよぉ、最近の人間はギャグのセンスがなさすぎだぜ」
「君に言われたくない。それより、マジでカワセミはいるの、って言うか、カワセミってどんな鳥か知ってる?」
「知らいでかっ! カワセミってばアレだ。体はちっこいのに、クチバシだけは大きいヤツだろ?」
「そうそう」
「それでもって、川魚を捕るのがうまい」
「ほう、よく知ってるじゃないか」
「色が青と白と黄色で3頭身の、SDガ○ダムみたいな、ヘンテコな鳥だ」
「うまいこと言うね」
「エッヘン」
カラスは得意げに、胸を張った。
「しかしよぉ、何であんなマンガみたいな鳥が、人気あんだよ? カラスの方がよっぽどカッコよくて、強うそうだろ?」
「知らないよ。きっと色が綺麗なんだろ?」
「おまえが見たっていう、羽が光る鳥よりもか?」
言われて彼は、しばし虚空を見上げ、
「いや。オレにはあの鳥の方が、綺麗に見えたよ」
「じゃあ、その鳥を何としてでも見つけたいんだな?」
「できればね」
言いつつも、彼はすでに諦めていた。
あの鳥も、実はただの見間違えだったのではないかとも思えた。
そんなことを思いながら、さらに歩いていると、
「着いたぜ」
カラスが言い、足を止めると、目の前には綺麗な小川が流れていた。
森の中をひっそりと流れる小さな川。
橋などなくても、簡単に飛び越えられそうなくらいに狭い川幅しかないが、お伽話にでも出てきそうな、幻想的な美しい川であった。
見渡せば、本当にカワセミどころか、さきほど撮影しそこねたヤマセミや、ツグミ、ルリビタキなどの姿も見える。
絶好の被写体が、そこいら中にいくらでもいるではないか?
同じ場所にこんなにも種類の違う鳥がいるなんて、まるで自然の野鳥園のようだ。
彼は鳥達に気付かれないよう、木陰に隠れて被写体を狙った。
さっきのヤマセミのように、相手に気付かれて逃げられては、せっかくのカラスの好意が無駄になってしまう、というのもあるが、何より、こんなチャンスを逃したくなかった。
そして、必死にシャッターをきった。
いつの間にか、今は夢の中であるということも忘れて。
その夢のおかげだろう、シャッター音を鳥達に感づかれることもなく、何枚も何枚も撮影に成功し、予備のフィルムも何本も使った。
すでに残量を示すカウンターも、残り数枚となっている。
まだ撮影できるが、帰りにどんな被写体と出会えるか分からないので、念のために残しておくことにした。
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