第2話 カラス、ランチタイム
100mほど走ったろうか?
だが、いまだあの鳥の姿を見つけられない。
いったいどこまで、飛んで行ってしまったのだろう?
もしかしたら、途中の木に止まり、それに気付かずに、追い越してしまったかもしれない。
その可能性も考えて、ずっと上を探しながら走ってきたのだが?
それにしても、あの鳥はいったい何だったのだろう?
いや、そもそも、本当にそんな光る鳥を見たのだろうか?
いくらあたりを探しても、それらしい姿を発見できないと、だんだん目撃したことさえ、疑わしく思えてきた。
だいたい、あんな美しい鳥が実際にいたのなら、何故今まで話題にならなかったのだ?
もしかしたら自分は、幻でも見たのではないのだろうか?
そう思いつつも、もしかしたら、という考えを捨てられず、彼は懸命に周囲を見渡した。
すると、前方の茂みが小さく揺れて、
「いたかっ?!」
思わず息を呑んでカメラを構えた。
あの鳥ではないかもしれない。
今いる場所が、森の中であるという事を考えれば、むしろ違う可能性の方が高い。
だが、万が一ということもある。
万が一、その気配の相手があの鳥なら、せっかくのシャッターチャンスを、逃してしまうかもしれないのではないか。
彼は神にも祈る気持ちで、ガサガサと、すぐ2~3m前方で揺れる林を凝視して、カメラのシャッターに指を添えた。
(さあ、来いっ!)
心の中で叫び、決定的瞬間を待った。
すると、
「うわっ!」
茂みから飛び出して来たのは、野生の鹿であった。(やっぱりかい!)
思わぬ相手との遭遇に、驚いたのは向こうも同じで、彼の姿に気付いた鹿もたたらを踏んで立ち止まった。
そしてしばし彼を凝視してから、一旦数歩後ろに下がり、勢いをつけて突進してきた。
どうやら縄張りを荒らされたと思ったのだろう、その目には殺気がこもっている。
「うあっ、バカッ、違うってっ!」
こうなってはもう、撮影どころではない。
彼は重たいカメラも何のその、総重量十数㎏もある機材一式を担いで駆け出した。
相手は草食動物とはいえ、野生動物の危険さはよく理解している。
まともに相手をしては、ケガ程度ではすまないかもしれない。
「くっそ~っ!」
まるでテレビのコントのように、森の中を鹿と追いかけっこをしながらも、さっきの鳥が気になり、あたりを見渡していると、
「うあっ?!」
いつの間にか足下を見るのがおろそかになっていたのだろう、地面から飛びだしていた木の根っこに足を引っかけ、その横にあった高さ3~4m程の斜面を、転げ落ちてしまった。
したたかに腰を強くうち、顔をしかめて坂の上を見上げると、もう鹿の姿はなかった。
「いてててて…………………………、ったく今日はついてねぇ」
せっかくの被写体は逃すわ、鹿に殺されそうになるわ、間抜けに坂を転げ落ちるわ、まったくもって今日はろくなことがない。
彼は嘆息し、しばし考えてから、
「しゃあねぇ、こんな日はとっとと帰って、メシ喰って寝よう」
痛む腰を押さえ、やっとの思いで坂を上って、ようやくバイクの場所まで戻ってみると、何とバイクに羽が生えているではないか?
それも何故かシートから。
「な、何だぁ?」
怪訝に思い、よ~くその羽を見てみると、それはタンデムシートにくくりつけてあった昼食のコンビニ弁当を、盗み喰いしようとしていたカラスの羽であった。
だがそのカラスは、弁当をくくり付けてあった紐に絡まって逃げ出せず、『カーカー』と羽をバタバタとばたつかせていたのである
「う〜む、人間様のエサを盗み喰いしようとは、何とも不逞ヤツだな」
この無様な姿を写真に撮って、さらし者にでもしてやろうかと見ていると、カラスも彼に気付いたのか、こちらを見ながら、
「おい、そこのバカ人間っ! ボケ~っと見ていないで、さっさとこの紐をほどかねえかい、この役立たずっ!!」
などと言ってきたのである。
言われた彼も、一瞬、何事かと思い、
「え、あ、はい……………って、待てよ?」
すぐにカラスが喋るなどという、馬鹿げた状況に違和感を感じた。
「あ~……………、これって夢か…………。そうか、さっき鹿に追われて、坂道落ちて、そのまま気絶したんだオレ。で、そのまま夢見てんだな、きっと。うん間違いない」
夢と分かれば、カラスが喋ろうが、何しようが不思議でも何でもない。
むしろ丁度いい。このままこの間抜けな夢に、付きあってやろうではないか。
彼はなおも紐に絡まり、バタバタ暴れるカラスに、
「それが人にものを頼む態度かい?」
そう言ってカラスを挑発すると、
「お、お、何だ、クソ人間の分際で、このオレ様に意見しようってのか?」
「ふ~ん、そんなコト言う? じゃあいい、オレはこのまま歩いて帰るから。そのうち熊でも出てきて、喰われても知らないよ」
と、カラスに背を向け林道の方に去ろうとすると、カラスは慌てて、
「あ、おいっ、コラッ、待て、どこ行く? オレ様を置いて行く気か? 本気か、マジか、それとも冗談か? オレはウソと冗談は、中の見えないゴミ袋と同じくらい嫌いなんだ。バカなマネはやめて戻って来い。悪いようにはしないからっ! 今なら三割お得だぞ」
などと、何がお得なのか分からないが、カラスは必死になって言ってきた。
その慌てっぷりが面白くて、彼は噴き出しそうになったが、それをカラスに悟られないよう、彼はわざと聞こえないふりをした。
「お~い、戻って来~い! オレ様を見捨てるなぁ!」
尚も彼は気づかぬふりで歩き続ける。
「今、戻ってきたら、オレの彼女を紹介してやるぞ。美人で巨乳だぞ、ウソだけど」
カラスのセリフも、だんだん支離滅裂になってきている。
「カラスを助けたら、竜宮城に行けるって、知らないのかぁ~っ!! カラスを殺すと、八代まで祟るって聞いたことがないのかぁ?!」
その声は、どこか悲痛な叫びとなっていた。
さすがにだんだん可愛そうになってきたので、彼はそのお喋りカラスを助けてやると、
「うむ、助かったぞ。これもオレの常日頃の行いがいいから、神様がおまえにわずかながらの善意の心を与えたに違いない」
何やら身勝手なことを言うカラスに、別に何も言う気にもなれず、彼は苦笑いを浮かべた。
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