静かな店に一人の声

屑原 東風

第1話

ここは有名な高級回転寿司屋。周りに座る客は上品に着飾った女性、ひげを綺麗に整えた男性。幸せそうなカップルなど、様々。けれど共通して言えることは皆が静かな店の雰囲気に合わせて、回って来る寿司に黙って手を伸ばしていることだった。


しかし私の場合、そんな風にみんなが気を遣っている店の雰囲気をぶち壊すかのようにいつも口頭で注文をしていた。粒の光る酢飯と、釣りたて新鮮な魚の切り身の間には必ず緑色があったからだ。私は、どうしても山葵というものが苦手であった。大人になったこの歳でも、刺激的な大人の味はわからない。向かいにいる、私の子供でさえ食べれるというのに、子供よりも味覚は子供な私。


「山葵の入ってないものを注文すればいいのに」


私がいつものように口頭で注文しようとすると、ボソリとそんな声が聞こえた。私のこの声以外は静かな店だ。いやでも耳に入って来る。挙げかけた手を所在無く下ろした。確かにいう通りだ。山葵の入ってないものを注文すればいい。流れてきた、玉子に手を伸ばして皿を取ろうと手を伸ばした。


「奥さん、今日は注文しないんですか」


聞こえてきたのは、板前さんの声。


「だって、迷惑では…」


皆静かに食事をしている。そんな雰囲気をいつも壊すのは私だけだ。寧ろよく今まで店から追い出されなかったと思うほど。


「構いませんよ。偶には客の声も聞きたい時もあるんです。いつもきてくれる常連さんなら尚更。ああ、でもあんまりたくさんは、お断りしますが」


板前さんの声は、当然他の客にも聞こえていて、私のことを言っていた客もムッと押し黙る。


「で?注文、どうしますか?」

「あ、じゃあ、鮪を、山葵抜きで」

「ふふ、はいよ!」


いつも聞く以上に元気よく返事が返ってきて、おもわず笑ってしまった。

高級回転寿司屋。私がよく行くその寿司屋はとても静かな店。だけれど、いつも数皿分だけの注文の声が響くのだ。

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静かな店に一人の声 屑原 東風 @kuskuz

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