雲付けおじさん

 俺はここいらで生活することになった。

 俺はひまわりという名前を得たのだが、しかしそれは正式な名前ではないという。正式な名前は「俺」が「俺」であるという確証を得たときにひらめく名前であるという。

 俺自身も、現在付いている名前を臨時の名前だと考え、別の「正式な名前」――それが先天的であれ、後天的であれ――を持っていると考える種族の報告を知っているわけではなかった。ある民族にとっては「正式の名前」を知られることが恐怖につながる。どのような形であれ。

 俺はひまわりの数を数えることにした。


 ひまわりの数を数え終わったら、次は花びらの数を数える。

 はなびらの数を数え終わったら次は種の数える。

 そして種の数を数え終わったら今度は……


 ひとつのひまわりという中に宿った、複雑なる個体の数々に僕は打ち震えていた。生命には何層もの層が重なりあって生きており、そしてその層は何十倍、何百倍もの広さを持ち合わせる。そのようにして生命は生まれ、そして入れ替わり、分子と原子で世界を満たしている。


 俺は数えるという行為が好きだった。

 数えることは、個体を一つのものとして認めることだからだ。


 俺は指を刺して数えていると(指を指している、というのが重要なんだ!)、隣の雲付けおじさんが目を覚まし、早速空に雲を付けていた。


 おじさんは、空専門の接着剤を片手に、ふわふわとしたわたがしのような雲を空に貼り付ける。その方法は、手のひらに雲をのせて、ふっと吹きかけることだった。雲は比較的軽いため、息をかけるだけでも、かなりの推進力を持つようになる。すると雲は空までに到達する。

 おじいさんは嘆いていた。最近は安直な大量生産に頼りすぎるために、粗悪な雲が蔓延し続けていると。多くの異常気象や季節にそぐわぬ気候などは、この粗悪な雲が支配しているからだ、と世を憂いた。

 空の雲にも、そのような熾烈な争いがあることをついぞ知らなかった俺は、手のひらからひとつかみの雲を取り出すと、雲を噴きかけた。するとあっというまに地平線の彼方に消えてしまって、雲は虚空彼方に消滅してしまった。

 おじさんはその姿を見ると、腹を抱えて笑った。そして、なあに、初めての人間はそのようにして空を飛ばすのだ。弱すぎても落ちてしまうし、強すぎても飛んでいってしまう。その力加減は、ただ過ごしているだけではわからないものではないだろう、と言う。

 雲を作る現場というのはそういうものか、と納得してその場をあとにする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る