ひまわりとアオ

えせはらシゲオ

夢見丘近辺

 太陽光は地面を反射し、元々眩しかった地面の土をさらに栄えさせる。

 空は青かった。何処までも。

 深く青く深く青く……が無限に続くかのような錯覚さえ感じられる。

 僕は、その空を見ながら、どうしてここにいるのか、自分にはわからなかった――それは、まるで世界が五秒前に突如、神の気まぐれで出来たかのように。


 木造で屋根がトタンの停留所。たぶん、元々は臨時に備え付けられたバス停だったのだろう。その臨時が、いつのまにやら通常運行のバス停となったものなんだろう。

 辺り一帯を見渡すと、太陽に最も似合うと言われるひまわりたちの姿が見えていた。それは恐らく太陽の光を吸収し、通常の何倍も、何十倍もの、鮮やかな光を浴びて、そこに存在していた。

 緑・青・黄……そのシンプルな三つの色は、お互いに自分達の鮮やかさを主張するためだけに、そこに存在していた。

 ここがどんな地名なのか。

 停留所のバスにはこのように記されている。

 

 「夢見丘近辺」


 その地名がどのように作られたのかわからないが、この場所が夢のように美しいのは間違いない。

 向こうから歩いて来るのは、麦わら帽子に日焼けした、ワンピースを来た少女。恐らく十八歳を超えているような物腰を持ちながらも、肉体的には十二歳で止まったような身体。その少女が、自分よりも丈の高いひまわりの束かかえて、こちらへやってくる。

 その少女のひまわりは、先程までの太陽光を浴びていたせいか、それこそ黄色のルビーといった風格を備えていた。

 その少女が通りかかりそうになると、その少女は僕に話しかける。

 「あ、◯◯くん、どうしたの?」

 確かに書式形式では◯◯くんは伏字のようにも感じるけれど、しかしこれは実際に伏せられていた。あえて呼ぶなら、名無し、nobodyといったところだと思う。俺は確かに存在はしていたが、曖昧模糊とした存在だった。

 「あ、アオ、おはよう」

 相手には名前が付いていた。というのも、形がはっきりしていたからだ。

 「今日はどこに行くつもりなの?」

 そこで何か地名を言おうとしたところで、ぼんやりと思った。

 ――俺は俺についてなんにも知らないぞ。

 目覚めたときには「俺」は「俺」であって、それ以前のことも、それ以降のことも、なんにも覚えていない「俺」が、初めて「俺」というものについて気がついた。そして、ある事実に、俺が気がついた。

 ――おれは、おれについて、なんにも、しらないぞ

 俺は俺をもう一度見る。そこには、かなり輪郭が曖昧で黒く吹き出された霧のような、もやのようなものが掛かっているだけのものが見えていた。これほどまでに存在が明確ではないのは、きっと存在を明確にしてこなかったという証でもあったりする。

 そして少女に問う。

 「俺は、なんなんのだ?」

 少女はにっこりと笑う。彼女は健康的に日焼けをしていた。

 彼女は僕にひまわりを差し出すと、またにっこりと笑う。

 「その名前は何?」

 「この名前は……ひまわり?」

 「そう。ひまわり。もしかしたら、それが貴方の名前なのかもね」

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