第33話

「遅いな」


 俺が時間を確認すればアンリが買い物に行って1時間も経っていた。

 あの距離なら往復でも15分とかからないはずだ。

 その時ナクが俺の服の袖を引っ張った。

 そちらを見るとナクは真剣な表情でエアディスプレイをこちらに向けてきた。

 そこに映し出されていたのは手足を縛られぐったりとしているアンリの姿があった。

 そして写真には「浜辺の洞窟で待つ」というメッセージが付いていた。


「ナク」

「なに?」

「こいつらを始末しに行くぞ」

「うん」


 そう言って俺は歩き出した。

 俺の身内に手を出した愚か者を殺す、そう心に決めて。


  ☆


 洞窟の中はひんやりとしていて少し肌寒いくらいだった。

 松明たいまつに照らされた岩肌は湿っており、天井からは水滴が落ちていた。

 ピチャン、と水滴が落ちる音を聴きながら俺たちは洞窟の奥を目指して歩いた。

 しばらく松明の明かりを頼りに歩いていると、進行方向にある小部屋から明かりが漏れていた。おそらく彼処あそこだろう。

 小部屋の中に入れば、そこにはいつぞやの戦士風の男たちと、夏世界だというのに銀のコートを着た青年、そして鎖に繋がれてぐったりとしているアンリの姿があった。


「アンリ!」

「やあやあ、待ってたよ」


 俺が駆け出そうとすると青年が俺の進路に入るように割り込んでくる。


「邪魔だ、退け!」

「短期だな〜、良くないよ?」


 掌に纏わせた風で青年を弾き飛ばそうとするが、青年は微風そよかぜでも受けているかのようにその場に立っていた。

 ならば、と距離を取り、短い詠唱で炎弾を放つと青年が立っていた位置に火柱が上がる。

 しかし火柱はぐにゃりと形を曲げると俺に向かって襲いかかってきた。


「ぐっ…!」

「とりあえず僕の話を聞こうよ」


 そう言いながら青年はいつの間にか手に持っていた暗い紫色の長剣を地面に突き刺す。

 すると俺の身体に謎の負荷がかかり、俺は立っていられず地面に片膝をついてしまう。

 青年はそんな俺の様子に満足したように頷く。そして、剣を引き抜いてこちらに歩いてくると、ナクの目の前に立つ。


「やあ、ナク。おかえり」

「何がおかえりだ、この…クソ兄貴」

「ははは、クソ兄貴とは…口の利き方がなってないな?」


 そう言うと目にも留まらぬ速さで青年はナクの首を掴み、その身体を宙吊りにする。

 ナクは苦しそうに呻きながら足をばたつかせる。


「ぐぅ…!」

「ははは!どうしたんだよナクぅ!反抗しないと死んじゃうぞ?」


 このままだとマズイな。

 俺は無理矢理右手を持ち上げると風の刃を青年に向けて放つ。

 青年は風の刃が背中にヒットしよろける。

 その拍子にナクを吊るしていた手が緩んだのか、ナクは青年を蹴り飛ばして距離を取る。

 咳き込むナクを一瞥した青年は俺を忌々いまいましそうに睨むと、長剣を掲げる。

 すると一瞬俺へかかる負荷が減ったかと思うと、次の瞬間外から内部へと押しつぶされるかのように負荷がかかり出す。

 全身からきしむような音が鳴り出し、HPがガリガリと削られる。

 このままでは死ぬ、そう思った時不意に負荷が消え去る。

 何事かと思い、青年を見ると薄ら笑いを浮かべたまま硬直していた。

 その向こうに目を向ければナクが未だ痛むのであろう喉を抑えながら、杖を青年に向けていた。

 ナクのスキルで助かったのだと判断した俺は、その場を離れアイテムボックスのポーションをボックス内で使用した。

 減っていた俺のライフはみるみる回復し、9割ほどまで回復した。


「助かった」

「ん、シュウ気をつけて。来る」


 ナクの声と共に青年の硬直が解ける。

 青年は目の前に俺がいないことに気がつき、一瞬驚くと直ぐに背後を振り返る。

 だが、もう遅い!

 すでに青年の目の前には俺が放った風の球がその身体をとらえていた。

 風の球は青年にぶつかると爆ぜ、そして青年を巻き込んでその身をズタズタに切り裂く。最早その姿はただの風ではなく、竜巻のようであった。

 青年は竜巻によって切り裂かれながらも、長剣を胸の前に掲げる。すると、竜巻が雲散霧消うんさんむしょうし、青年が軽く長剣を振ると、空中で青年は背後に飛んで俺たちから距離を取る。


「お前たち、何をやってる!早くあいつらを抑えろ!」

「は、はい!」


 青年は着地して、口内の血液を吐き出すと先程から眺めているだけだった男たちに指示を出す。

 指示を受けた男たちは怯えながらも貧相な長剣を抜いてこちらに走ってくる。

 俺は【法則介入】で男たちの足元の地面に穴を開けその底をまるで棘のように尖らせると男たちは穴に落ちる。

 中から全身を貫かれた痛みによる叫び声が聞こえる。

 するとそこにナクが水魔法によって生み出した大量の水を流し込むと、数秒の後光の粒子が舞い散った。


「どうする?形勢逆転だ」

「ぐっ…!だが!こちらには人質がいるんだ!」


 青年がそう言って後ろを振り向くが、そこにあるのは壁だけだった。


「なっ…!」

「悪いな、人質は先に保護させてもらった」


 まあ、保護と言っても地面なんかを加工して密室の小部屋を作ってるだけだけどな。

 俺がそう言うと青年は悔しそうに「ぐぬぬ!」と歯嚙みをすると、再度負荷をかけるために剣を掲げようとする。

 しかし、その思惑は失敗に終わる。

 ナクの【固定魔術】により青年の身体は固定される。

 その隙に俺は青年に近づくと、脚で火魔法を発動して青年の剣に回し蹴りを放つ。

 すると、剣は根本が砕け、そのまま光の粒子に変わった。

 固定が解けた青年は自身の手に剣が握られていない事と、目の前に俺がいる事に驚いたのか目を大きく見開いた。

 俺は青年の顔にゼロ距離で風魔法【風槌ふうつい】を放つと、青年は吹き飛んで壁に激突する。

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