第34話

 壁に激突しこちらを睨んでいる青年の身体を見ると手足が曲がってはいけない方向に曲がっていた。この様子なら放っておいても大丈夫だろう。


「僕を殺すのかい?」

「殺しはしない。殺すと、泣かせちまうからな」


 俺はそう言うと、壁を解除しアンリの拘束を解く。

 すると、アンリは目が覚めたようでうっすらと目を開け、俺の姿を確認した途端、抱きついてくる。


「シュウ君…!シュウ君…!」


 怖かったのだろう、震えている。

 俺はアンリを抱きしめ返すと安心させるように頭を撫でて、背中をポンポンと優しく叩いてやる。

 しばらくそうしていると、落ち着いたようでアンリが顔を上げる。

 その顔は笑っていて、いつも通りの表情だった。


「もう大丈夫そうだな」

「はい、ありがとう__危ない!」


 そう叫ぶとアンリは俺を横に突き飛ばす。

 なんだ?と思い、アンリを見るとそこにはいつの間にか手足を治してアンリの前に立っている青年と胸から柄まで毒々しい紫色の短剣を生やしたアンリの姿だった。


「アンリ!」


 起き上がった俺は青年を殴り飛ばす。

 すると、アンリがふらりと倒れたため慌てて支えてやる。

 そしてその胸に突き刺さった短剣を抜こうとしたが、短剣はズルリとアンリの体内に溶けるように消える。

 何が起こったのかわからずにいると、青年がケタケタと笑いだした。

 俺は青年に近づくと胸倉をつかみあげた。


「おい、何をした!」

「はははははは!あの方から貰ったものさ!精々最愛の者が死にゆく様を眺めるんだな!それじゃあ…さようなら」


 そう言って青年は何かを嚙み砕き、飲み込む。

 その瞬間、青年の身体は炎に包まれた。

 俺が手を離すと、しばらくの燃焼ののち、倒れ伏すとそのまま光の粒子に変わっていった。その間、やつはずっと笑っていた。

 ナクは兄が最期に燃え尽きた場所を見つめると、クルリときびすを返した。

 その時彼女が何を考えているか、なんてことは俺にはわからなかった。


  ☆


 俺はアンリの横に座ると【鑑定】を使用する。しかし、アンリの身体にダメージや状態異常は見られない。

 だが、アンリの様子を見るに明らかに何かしらの状態異常を受けているはずなのだが…

 その時、ザザッという音と共にアンリの肌に紫色の砂嵐のような物が浮かび上がる。

 一層苦しそうな呻き声を上げるアンリ。何か手はないのか!

 その時俺はある人物を思い出した。

 俺はアンリを担ぎ上げると洞窟の外に向かって歩き出した。

 ナクがその後ろをついて来ながら、俺に尋ねる。


「どこに行くの?」

「第1界層だ」


 そう言って俺は第1界層を目指して歩き出すのであった。

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