午前0時51分 王樹の花弁

 アキラが宣言した直後、王樹の表面に十字の亀裂が走り、花の蕾のようにゆっくりと開花し始めた。樹木の密集体だった塊が、まるで花弁のようなしなやかさを持って開いていく光景は植物の神秘さを物語っているようにも見えるが、ヴェラ達からすれば悍ましい災厄の門が開いているかのようにしか見えなかった。

 しかも、ヴェラ達の居る場所は位置的に最悪とも言えた。彼等が立っている場所は花弁の裏側に当たり、このまま蕾が開けばヴェラ達は真っ逆さまに落ちてしまう。

「蕾の中心に走って!」

 ヴェラの叫びにトシヤも同意し、二人並んで蕾の中心目掛けて駆け出した。やがて蕾が開くにつれて傾斜が鋭くなり、最後の方なんて這う様にして上っていくのでやっとだった。そして中央―――花弁の先端に辿り着くと素早く表面の方へ回り込み、王樹が開花し終わるのを待った。

 王樹が開花し終わると、まるで宝石箱に飛び込んだかのような美しい光景が広がっていた。王樹を構成していたユグドラシルの樹木達が脈動しながら眩い金色の輝きを放ち、開花した王樹の中央にはエメラルドで作ったかのような、緑色の煌めきを持つ一本の蕊があった。

「これが……! 王樹の開花……!」

 美しい光景に思わずヴェラの乙女心が感動を覚えそうになったが、それも蕊に向かって歩いていくアキラの後ろ姿を見て一瞬で吹き飛んだ。

「ミドリ!」

 そう叫ぶや彼女は駆け出した。100m以上もの距離はあったが、アーマーの性能もあって数秒足らずでアキラの背中を捉えると、容赦なく斧を振り下ろす。が、アキラはその斧の柄を片腕で難無く掴み止めて見せた。

 そう、で―――。アーマーで強化された腕力は、生身の人間の骨を難なく圧し折るだけのパワーを持っている。それ故にヴェラは、アキラが自分の振るった斧を片腕で受け止めた事に衝撃を覚えた。

「どうして……!?」

 思わず口から驚きの感情が飛び出したが、すぐに彼の服の下から覗いた腕を見て、もう一段階驚愕すると同時に理解した。彼の腕の皮膚が樹皮に覆われていたのだ。

「アキラ……! アンタ、まさか!?」

「この世界の人間が滅べば良いと言っただろう? それは他人のみならず私も含めてだ。やがて私もまもりびとになるだろうが、この結末を見届けるまでは自我を捨てる気は無いよ。そしてコレで分かっただろう? 何故、まもりびとが私を襲わないかを」

 確かにまもりびとがアキラを襲わない理由が、ヴェラの中では依然として謎のままだった。マサルみたいに一時的に操る術を獲得した訳でもなければ、ミドリのように特別な存在でもない。だが、彼の腕を見て分かった。彼もまた、まもりびとの仲間入りを果たそうとしている。

 黒色の瞳をパチリと瞬きすると、金メッキを張り付けたようなテラテラとした輝きを持つ金色の瞳に変色した。それにヴェラが一瞬ビクリと動揺した隙を突き、彼女の腹部を思い切り蹴り飛ばした。

 倒れ込んだヴェラを尻目に、今度はトシヤがアキラに立ち向かうも二人の間に第三者が割り込んだ。まもりびとだ。それも一匹だけではなく、何匹も、何十匹もだ。

「何だ!? このまもりびとは……!?」

「ははははは! 彼等も私と同じさ! 自分達の種の新たな生誕の時を心待ちにし、そしてそれを邪魔する者は尽く排除しようという考えを持ち合わせているのだ! 流石のキミ達も、まもりびとに阻まれては邪魔も出来まい?」

 アキラがクルリと踵を返し、再び中心にある蕊へと向かって歩き出す。ヴェラは慌てて立ち上がり、トシヤと共に壁のように立ちはだかるまもりびとを次々と切り捨てるが、思う様に数は減らないし、壁も薄くならない。その間にもアキラはどんどんと蕊へと近付いていき、ヴェラの焦りは強まるばかりだ。

「アキラ! 待て! 待ちなさい!!」

「生憎、私は今日という日が来るのを待ち続けたんだ。今更、待つ訳にはいかんなぁ」

 此方に振り向いてニヤリとほくそ笑むと、アキラ再び前を向いて歩きだす。まもりびとの群れの間から見える彼の後ろ姿が更に遠ざかり、ヴェラが悔し気に眉間に皺を寄せた。

「くそっ! こんな所で……!」

 ミドリを助け出せずに終わるのか―――そう続く筈だった言葉は、先に呟いたトシヤの台詞に気取られて口に出せなかった。

「仕方ないですね。最後の手段を使うしかありません」

「……最後の手段?」

「TQ74KCT136JY……コード『パブリック』」

 それは一体何かと聞く前にトシヤは通信を起動させ、手早くコードを告げた。最後の手段と怪しげなコードという組み合わせに嫌な予感を覚えた直後、ドズンッと激しい爆発音と共に振動が襲い掛かる。何事かと振り返れば、眼下に広がる街の一角にキノコ状に膨らむ新たな爆炎の光と黒煙が見えた。

「何!?」

「と、トシ! 一体何をしたの!?」

「私の任務が失敗し、更にアメリカ政府が独断で試みた日本潜入が明らかになる恐れがある場合、証拠隠滅の為に全てを焼き払うようアメリカ海軍に命令を出す権利が私に与えられています。今のコードが、その命令の発動条件みたいなものです」

「何ですって!?」

「十数分間、辺り一帯にミサイルの雨が降り続きます。最初は沖縄にある米軍基地と東京湾に居るゲイリー大佐が率いていた空母艦隊から、そして最後はアメリカからICBMが飛来して、全てを跡形も無く吹き飛ばすでしょう。今回のような事態は流石に想定していませんでしたが、どちらにせよ緊急を要する事に変わりはありません」

 淡々と物語るトシヤの話を聞いて、ヴェラは愕然とした。アメリカがユグドラシルを是が非でも手に入れたがっているのは知っていたが、彼等の思惑が他国に露呈される恐れが生じた時は、自分達も纏めて消す気だったのだという事実は祖国に対する信頼を大幅に損ねるに充分であった。例えそれが、トシヤの言う緊急を要する事態だったとしてもだ。

 そしてアキラもトシヤの話を耳にして、薄っすらと不機嫌を表情に張り付けながら眼下に広がる爆炎から二人へと視線を移し変えた。

「成程、全てを吹き飛ばしてしまえば私の計画も水の泡に帰す……そう考えた訳か。だが、十数分間も余裕があれば十分だ。それまでに全てを終わらせられる」

「待ちなさい!」

 再びヴェラがアキラを追い掛けようとした瞬間、カッと眩い光が頭上から振り注いだ。爆発の炎でもなければ月光でもない、それは強力なスポットライトの光だった。見上げれば一機のオスプレイが旋回しながら此方にライトを当てていた。海軍所属のオスプレイという事は、トシヤの仲間か? そう思った矢先に通信から懐かしい声が届いた。

『よう、ヴェラ! 何か分からないが、大変な事になっているな!』

「その声……オリヴァー!? そのオスプレイはどうしたの!?」

『海軍が本社ビル前に着陸させた一機を頂戴したのさ。おかげで足を確保する手間が省けたぜ』

 オリヴァーの代わりにサムがオスプレイを手に入れた事情を説明すると、再びオリヴァーの声が鼓膜に入った。

『何が起こっているのか知りたいが、それも後回しだ。今からそっちに近付くから、直ぐに飛び乗ってくれ。さっさと此処から脱出するぞ!』

「待って! その前にミドリを助けないと!」

 ヴェラの制止に思わずオリヴァーの声が驚愕と焦りで跳ね上がった。

『おいおい、時間が無いんだぞ! ミドリに拘っている場合じゃないだろう!』

「違う、そうじゃない! ミドリを助けないと世界が終わってしまうの! アキラの目的はミドリを王樹……今私が乗っている花の蕊に捧げて、世界中にユグドラシルの種子を飛ばし、人間を滅ぼしてまもりびとの楽園を作る事よ!」

『はぁ!? マジかよ、それ!!』

「だから、手伝いなさい! 先ずは私達の行く手を阻む、まもりびとの一掃して欲しいの!」

『あー……畜生っ! 分かったよ! サム、スーン、ウチの女王様からの依頼だ! 凶暴なまもりびとの群れを吹き飛ばして道を作れってよ!』

 オリヴァーが苛立たし気に叫ぶと、危機的状況にも拘らず気分が高揚したサムの明るい声が通信機越しに響き渡った。

『我らが女王様の依頼ならば喜んで! スーン、やれるな!?』

『ええ、火器の扱いは慣れていませんが……これぐらいならばやれます!』

『よし……。ヴェラ! 少し離れていろ!』

 何をする気かとオスプレイを目で追い掛けると、側面ハッチがスライドし、中からスーンとサムの二人が現れた。二人の肩には連装式ロケットランチャーが担がれており、二人が同時に引き金を絞るとロケット弾が白煙の軌跡を描きながら宙に飛び出し、まもりびとの群れに着弾した。

 それが四回……計8発のバズーカが群れに撃ち込まれ、銃弾を遥かに上回る爆発力と火力によってまもりびとは木っ端微塵に吹き飛び、ヴェラ達の前に築かれていた壁はあっという間に取り払われた。

『行け! ヴェラ!』

 壁に穴が生じ、オリヴァーの掛け声が鼓膜を叩いた瞬間にヴェラは駆け出した。頭上からはまもりびとの血肉がさんざめく雨のように降り注いでいたが、その中をヴェラは気にも留めずに走り抜けた。

 途中で横を通り抜けようとする彼女に飛び掛かるまもりびとも居たが、其方はトシヤが相手になってくれた。

「トシ!」

「行って下さい! アレは貴女に任せます!」

「……任せたわよ!」

 そして遂に壁を抜けてアキラの背に追い付くと、彼女は彼の首目掛けて斧を走らせた。寸でのところで背後のヴェラに気付いたアキラは咄嗟に頭を下げ、代わりに左腕を伸ばした。腕そのものがゲイリー大佐のような触手となって彼女に襲い掛かるが、ヴェラも素早く距離を置いて触手の範囲外へと逃れた。

「全くキミは……! いい加減にして貰いたいものだね!」

「いい加減にするのはアンタの方よ! アキラ!!」

 ヴェラが再び駆け出して間合いに詰めようとすると、アキラの左腕がウツボカズラのような形に変形し、ウツボの口から黄色い液体を発射した。ヴェラは今までの経験から液体を避けると、足元の樹木がジュッと焼けるような音を立てて溶けた。やはり強酸性のGエナジーだ。

「益々怪物染みた攻撃が出来るようになったじゃない! もうそろそろ人間で居られるのも時間の問題じゃないの!?」

「ああ、そうだ! 私も早く人間である事を、人類の歴史自体を終わりにしたいのだ! 私の思いを理解してくれるのならば、早く身を引いてはくれんかね!?」

「そう簡単に引くわけないでしょ!」

 そう断言してヴェラは咄嗟に腰に掛けてあったホルダーから銃を引き抜き、発砲した。まもりびとには無意味な弾丸だが、アキラの肉体は半分は樹皮化しているが半分は生身のままだ。人間である記憶が銃弾から身を庇うという行動を反射的に取らせ、彼は両腕を眼前で交差させて弾丸を受け止めた。

 そして交差した腕を素早く解いて正面を見遣ると、既にヴェラは目と鼻の先にまで近付き、自分目掛けて斧を振り下ろさんとしていた。

「!!」

 アキラは咄嗟に左腕をウツボカズラから蟹鋏の形態へと変化させ、ヴェラの斧の柄を掴んだ。そしてまもりびと化によって強化された肉体で強引に押し返し、互いの力が拮抗し合い膠着状態に陥った所でニヤリと笑みを浮かべた。

「ふふふ、流石は大勢のまもりびとと戦い合っただけの事はある」

 そこでアキラの顔にも樹皮化の影響が出始めた。左半分の顔の皮膚がゴツゴツとした樹皮に覆われ、見慣れたまもりびとの顔へと近付いていく。だけど、もう半分は依然としてヴェラの知る彼の顔であり、丁度五分五分に分けられた顔に複雑とも奇妙とも取れる気持ちが芽生えた。

 しかし、直ぐにその気持ちを自分の中から追い出し、彼女は人間とまもりびとの目を持つアキラの顔を真っ直ぐに見返した。

「お褒めの言葉を有難う。でもね、私はアンタと遊んでいる暇は無いのよ」

 そう言うや彼女はグッと斧に力を籠め―――たかと思いきや、スッと斧を手放した。拮抗し合っていた力の片側が突然失われた事により、アキラの身体は前のめりに崩れ掛けた。何とか踏ん張ろうと体勢の維持に意識を回し掛けた直後、ヴェラの鋭いアッパーが彼の顎を打ち抜いた。

「がっ!」

 まもりびと化が進んでいる為に致命傷ではないものの、彼の脳を揺さぶるには十分な威力だ。事実、彼の身体は大きく揺らいで後ろに崩れ、右腕に大事に抱えていた赤子を手放してしまう。

 その瞬間、ヴェラは宙に浮いたミドリをラグビーボールを抱えるかのように奪還し、そのまま北側の花弁へと駆け出した。

「オリヴァー! 花弁の北側にオスプレイを寄越して! そこから飛び乗るわ!」

『了解した!』

 ミドリさえ取り返せば、無駄に戦う必要はない。この王樹も、アメリカ軍のミサイル攻撃で吹き飛ばされて全てが終わる。その前に此処から逃げ切れば良いだけの話だ。

「待て!」

 アキラが触手の腕を伸ばすが、その腕を途中で切断されてしまう。彼女の道を切り開く一助となったトシヤが切り落としたのだ。

「撤退するわよ!」

「ええ、分かっています!」

 ヴェラはミドリを抱きかかえたまま全速力で走り抜け、トシヤは背後から追ってくるまもりびとを食い止める殿を果たしながら彼女の後ろを追走する。

『ヴェラ! こっちだ!』

 北側の花弁の先端には既にオリヴァー達が乗るオスプレイがホバリング状態で静止しており、何時でも彼女等を乗せて脱出出来るよう待ち構えていた。そして残り数mという所でヴェラが左側面のハッチに飛び込み、それを中に居たサムとスーンが受け止めた。その姿を肩越しに見たオリヴァーは、グッと操縦桿に力を込めた。

「よし! 飛ぶぞ!」

「待って! まだトシが来るわ!」

「はぁ!? アイツを助けるのかよ!? アイツは俺達を裏切っていたんだぜ!?」

「それでもよ! 彼には救われた恩があるのよ!」

 オリヴァーが嫌々そうに口に出すが、ヴェラの強い推しに根負けしてオスプレイのホバー滞空を維持させた。だが、今すぐにも操縦桿を引き上げたいという衝動を抑え込むのは並大抵の苦労ではなく、タフガイな彼でさえも微かに震える両腕を宥める様に撫でる程だ。

「トシ! 急いで!」

 そして最後のトシがハッチに足を掛けたのと同時に、オリヴァーはすぐさま操縦桿を持ち上げた。オスプレイのエンジンが甲高い唸り声を上げ、ローターが一段と速く回転して機体が上へ上へと昇っていく。

 それでもまもりびとが何体か機体に飛び掛かり、ハッチに掴まって乗り込もうとする彼等をサムとスーンがヒートホークで切り落としていく。

「くそっ! しつこい奴等だ!」

「オリヴァー! 急いでこの場から離れて!」

「ああ、俺もそう考えていた所だ!」

 オスプレイが上昇から移動に切り替わり、王樹から離れようとした時だ。まもりびとの群れの中から触手が一本伸ばされ、トシヤの足首に巻き付いた。

「うわぁ!!」

「トシ!」

 そのまま引き摺り落とされそうになったトシヤをサムとヴェラがそれぞれ左右の手を掴み、何とか彼が引き摺り落とされるのを免れたものの、ピンと張り合った糸のような状態となってオスプレイは空中に縫い留められた。

「何だ!? 何が起こった!?」

「トシがまもりびとに捕まった! それをヴェラさんとサムさんが助けようとしている!」

「おいおい、マジかよ!?」

 スーンの説明を聞いてオリヴァーが「嘘だろ!」と嘆きの悲鳴を上げるが、必死に操縦桿を押しても引いてもうんともすんとも言わない所から、スーンの説明が正しいと認めざるを得なかった。

 ヴェラはトシの腕を掴みながら、彼の足を掴んだ長い触手の先を視線で辿って行った。そして最終的に辿り着いたのは、やはり半人半樹と化したアキラの姿であった。

「アキラ……!」

「逃がしはせん! その子だけは……!」

 アキラの触手にグッと力が籠り、他のまもりびと達も触手を伝って登り始めた。どうやら彼等もミドリを奪われて、再び取り返そうと躍起になっているみたいだ。それを目の当たりにしたヴェラ達は焦りを抱いた。

「くそ! まもりびとの奴等、触手を伝って登って来るぞ!」

「このままじゃ乗り込まれてしまいます! そうなったら御終いですよ!」

 スーンの言葉は理解しているが、それでも都合のよい対処方法が思い浮かばず、ヴェラはクッと苦し気に表情を顰めた。やがて触手の先を伝っていたまもりびとがトシヤの太腿に差し掛かると、トシヤは顔を上げてヴェラ達の方を見た。

「ヴェラさん。私の手を放してください」

「何を言っているの!?」

「このままでは私達はまもりびとに殺され、更に赤子を奪われてしまう。そうなってはアメリカだけでなく、世界は終わってしまう! この状況下では私を救うのは無理です。私達が全滅して世界も滅亡するよりかは、私一人だけを犠牲にして世界を救う方が何倍もマシです!」

「トシヤ……」

 彼の言い分に正しさにヴェラはグッと悔し気に奥歯を噛み締めた。隣のサムをチラリと見遣るが、彼もトシヤの意見に賛成らしく首を横に振った。

「トシヤの言う通りだ。このままじゃ俺達は全滅だ。なら、せめてコイツの願い通りにしてやろう」

「サム……」

 喉奥に何かが詰まるような、言い表せない心の苦しさがヴェラに襲い掛かる。だが、一方で選ばなくてはならないという非常な現実があるという事も理解していた。

 やがて触手を伝って来たまもりびとがトシヤの背中を渡り、ヴェラ達に手が届く寸前まで登り詰めてきた。そこでヴェラは喉奥に詰まっていた言葉を絞り出した


「ごめんなさい、トシ」


 その言葉を合図にヴェラとサムはトシヤの手を放した。張り詰めていた糸が千切れたかのように触手に掴まっていたトシヤとまもりびとが王樹の花弁に落下する。ヴェラ達は花弁に落下したトシヤの姿を探したが、まもりびとの群れに埋もれてしまい見付け出す事は出来なかった。

「オリヴァー! 急いで離れろ!! ミサイルにやられるぞ!」

「了解!!」

 サムの号令と共にオリバーは操縦桿を切り、ミサイルの雨から逃がれるように赤く燃え上がる東京都から急速に離れていった。

 一方でミドリを奪われた挙句、取り逃がされたアキラは絶望の中に沈み切っていた。何十年も掛けて計画を練り、そして十年余りの雌伏の時を経て漸く実行に移した自分の壮大な計画があと一歩のところで破綻する事になろうとは……彼自身ですら想像していない大番狂わせだ。

「何だと!? そんな……そんな……! 此処まで来て……此処まで来ておきながら、こんな結末なんて!」

 そう叫んで天を見上げると、王樹の中心に向かって降り注ぐ光が見えた。アメリカから発射されたと思しきICBMだ。それを忌々し気に睨みながら、アキラは渾身の想いを込めて叫んだ。

「ちくしょうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 そして王樹にICBMが飛び込み、王樹の花弁に乗っていた何もかもが爆炎の中に沈んだ。更にその周辺にも複数のICBMが降り注ぎ、東京一帯は爆発と火炎で彩られた破壊の花園と化し、やがて全てが終わった頃には、そこは嘗ての面影を一切残さぬ黒墨の大地と成り果てていた。

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