午前3時03分 東京湾上空

 オスプレイの羽音に耳を傾け、東京湾に広がる夜の墨色を溶かした海を見下ろしながら、ヴェラは日本に上陸してからの日々を思い返した。僅か数日の出来事でしかなかったが、まるで一年以上も苦行を経験したかのような怒涛の日々だった。

 ユグドラシル、Gエナジー、まもりびと……全ては人類の行いに絶望し、世界を救わんと狂った狂気を抱いた一人の老獪な研究者が抱いた妄想から始まった。そして彼の行いによって日本と言う名の国は滅び、代わりに化物共が跋扈する魔の森と化してしまった。

 あそこでまもりびとの恐怖に耐え凌ぎながら住んでいる日本人は他にも居るのだろうか? もしかして全員が死んでしまったのだろうか……。そんな考えが今もヴェラの頭の片隅で時々主張するが、今は何も言わずに黙って休みたかった。その一心に尽きる程に、彼女の身と心はくたくただった。

 無論、彼女だけではない。他の三人も同様だった。オリヴァーは機体の操作を自動操縦に切り替えるとコックピットの座席に身を預けたまま目を閉じ、他の二人も堅い機内の壁に凭れ掛かって熟睡している。

 唯一目を開けているのはヴェラと、彼女に救われたミドリだけだ。彼女が今後どんな運命を歩んでいくかは分からないが、彼女を救った大人として、その行く末を可能な限り見届けたいと願っている。

 するとコックピット内にアラームが響き渡り、三人の男達が気怠そうに身を動かした。前方を見遣れば空母マッカーサーを始めとする艦隊が、暗闇に沈んだ海の上で眩い光をライトを放ち、ヴェラ達が乗っているオスプレイを出迎えようとしていた。

「漸くだ。漸く安心出来るぜ」

「ああ、そうだな。……スーン、例のブツの準備は出来ているな?」

「ええ、出来ています」

 サムに言われてスーンが取り出したのは、クリスタルデータスティックだ。それはトシヤ達が手に入れようとしたのとは別に、スーンが自分のパッドに落としていたデータの中から、まもりびとやGエナジーの危険性を訴える内容のデータばかりが纏められている。それ以外はパッド内から消去済みだ。

 願わくば、このデータからユグドラシルの危険性を鑑みて、これ以上の被害は出さないで欲しいというのが四人の共通した願いであった。

 そしてヴェラは昼間のような明るさに満ちた空母の照明を見詰めながら、独り言のように静かに呟いた。


「帰りましょう、皆の元へ」


 まもりびと 完

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まもりびと 黒蛹 @kurosanagi

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