午前10時50分 T-02にある総合病院 東棟四階にあるDNAデータ室

 中央棟の五階にてトシヤと別れた後、そのまま三人は東棟へと移り、DNAデータがある四階へと降りた。四階は階丸ごとがDNAデータを保管するサーバー室となっており、四階に足を踏み入れると厚さ40センチ以上の厳重な強化ガラスの門がヴェラ達を出迎えてくれた。

「はぁー、これまた凄く頑丈そうな扉だな。如何にも奥に大事なものがありますよって訴えているのが丸分かりだぜ」

「そりゃDNAデータは貴重ですからね。万が一に流出したり紛失したりすれば、この病院の信頼が大幅に失われますから」

「まっ、それもそうか」

「お喋りはそこまでにしなさい」

 ヴェラは御喋りする二人を置いてけぼりにするかのように一歩前へ出て、門の右手にある機械の差込口に入手したカードを挿入した。機械がカードを感知すると自動的に飲み込み、差込口の斜め上にある小さいランプがチカチカと緑色の光を点滅させ、機械に挿入されたカードが偽物か否か精査し始めた。

 そしてランプが緑から青へと変色し、カードを吐き出した。それを抜き取るのと同時にガラスの門が左右にスライドし、ヴェラ達に道を開けた。

「ほぉー、こりゃ凄ぇや」

 オリヴァーが感嘆を込めた台詞を呟きながらフラリと前へ進み掛けた時、突然ビーッと短い警報音が鳴り響き、次いで感情の籠っていないアナウンスが彼等の鼓膜を刺激した。

『通行証を呈示し、一人ずつ御通り下さい。二人以上の進入は規則違反です』

 どうやら一人ずつ通行証を呈示せず、纏めて進入するのは違反と見做されるらしい。また向こう側の天井に備わっている監視カメラが作動している所から察するに、恐らくカードを差し込んだ人物の顔も認識しているに違いないとヴェラは踏んだ。

「オリヴァー、迂闊に出るんじゃないよ。一人ずつ通路に入るのよ」

「仕方ない。ここはアナウンスの言葉に従いますか」

 渋々後ろに下がったオリヴァーに代わり、先に通行証を呈示したヴェラが通路に足を踏み入れる。アナウンスは発せられず、極めて静かな空気だけが広がっている。

 また監視カメラはあくまでも人の出入りと出入りする人間の顔を確認するだけらしく、ヒートホーク(武器)を持っている事実に対し何ら警告を発さない。だが、これはこれで好都合だ。万が一にまもりびとと出くわした際に、自衛する事が可能だ。

 先に通路に入って待つこと十秒、オリヴァーとスーンが一人ずつ通路に足を踏み入れたのを確認してヴェラは歩き出した。

 通路を挟む左右の壁はガラス張りになっており、薄暗い室内でチカチカと光るサーバーバンクが整然と列を成すように置かれているのがガラス越しに見える。こんな風景を見てしまうと、まるで此処が病院ではなくスーパーコンピューターを取り扱っている研究所ではないかという錯覚を引き起こしそうだ。

 サーバーが置かれてある広大な部屋の数は八つ。DNAデータはアルファベット順に並んでいるので、コンピューターを使えば探し出すのは簡単だろうとリュウヤは言っていたが、この数を見ると果たしてそうなのかという不安に駆られてしまう。もしかしたら、アレは彼の楽観論だったのかもしれない。

「スーン、データを抜き取る操作を任せても良いかしら?」

「ええ、任せて下さい。これぐらいの操作なら扱いはパソコンと変わらない筈です」

 ガラス張りの壁の前に設置されたコンソールにスーンが着き、徐に機械を操作し始めた。先ずはサーバーに入っている名前――DNAデータの登録者――とも呼べる名簿を開き、そこから五芒星の名前を探していく。

「おい、こんな無数に並んだ名前の中から五人の名前を探し出せるのかよ? 砂漠の中から針糸を見付け出すぐらいに困難じゃないのか?」

「今現在コンソールにある検索ツールと、こっちのパッドにあるプロセッサを併用しながら五人の名前のみに絞ってる最中だよ。とは言え、検索が完了するのに何分か掛かるけど……」

 スーンが持参していたパッドとコンソールとをコードで繋ぎ、通常の倍以上の速さで検索していた。が、この数だ。同姓同名と被る可能性も考慮すると、それでも数分で済むのは返って凄いと言うべきか。

 それでも成るべく早く終わらせて欲しい。そう内心で願いながら辺りを見回した時、突然通路内に警報音とアナウンスが鳴り響いた。

『エリア内に違法侵入を果たした人間を感知しました。デフコン1に移行します』

 一定間隔に逃走防止用のシャッターが下ろされ、長く続いていた通路があっという間に区切れた部屋と化し、その一つにヴェラ達は閉じ込められてしまう。だが、このアナウンスが指摘した『違法進入を果たした人間』は自分達を指していないのは明らかだ。となれば、考えられる可能性は一つしかない。

「スーンはそのまま作業を続けて! オリヴァー! スーンを守るわよ!」

「わ、分かりました!」

「あいよ!」

 二人が返事を返し、ヴェラは来た道を、オリヴァーは反対側へと向き直る。スーンはヴェラに指示された通りに作業を続行している。

 そして今の体制が出来上がったてから数秒後、天井にあったタイルが割れるのと同時にまもりびとが落ちてきた。今度は妊婦型ではなく、通常のまもりびとだ。だが、それでも厄介な敵である事に変わりはない。

 降り立ったまもりびとは手近に居たヴェラに向かって駆け出し、飛び掛かりつつ両腕の爪を大きく振るい上げた。ヴェラはそれを寸前で往なし、短く斧を振るい上げて両腕を切断、そしてトドメに首を刎ねて一体を仕留めた。

 直後にバンッという音と共に、二体目のまもりびとがオリヴァーの傍に降って来た。まもりびとはオリヴァーを目にするや獣のような速さで突進をし掛けたが、対するオリヴァーは慌てるでもなく、手にしていた斧をまもりびとの顔面に突き出す様に真っ直ぐに伸ばした。あとはお察しの通り、突き出された斧の刃にまもりびとは自殺さながらに自分の顔を裂いて後ろへ倒れ込んだ。

 これで二体目、しかし警報が止む気配は見えない。恐らく、まだ来るのだろう……そう思っていたら、本当に次のまもりびとがやってきた。今度はヴェラとトシヤ、それぞれに一体ずつだ。

 二人とも現れたまもりびとの相手をしようと斧を振るい上げた時、またもや天井から破砕音が鳴り響くと共に、まもりびとが一体降りてきた。しかも、その位置は運悪くスーンの傍だ。

「スーン!!」

「!」

 スーンがヴェラの叫びに気付き、振り返ろうとし―――途中で自分を狙っているまもりびとの存在に目が入り、咄嗟に斧を構えた。刹那、まもりびとの爪が振るい下ろされ、彼の斧の柄と激しく激突して火花が飛び散る。

 スーンも必死に抵抗しているが、如何せん不安定な体勢な為に力は入り切らない。本来ならば避けるべきだったかもしれないが、背後に操作中のコンソールがあるだけにそれも無理と言う話か。

「スーン! 耐えなさい! 今行くから!!」

 ヴェラは自身と取っ組み合っているまもりびとを切り捨てると、スーンを襲っているまもりびとに駆け寄り、その脇腹を蹴り飛ばした。突然の不意打ちに堪らず横転したまもりびとは驚きの顔を上げてヴェラの方へ振り返ろうとするも、既に斧の刃が眼前に迫って来ていた。

 顔面を真っ二つに切り裂かれて硬い床に倒れたのと時同じくして、オリヴァーが相手をしていたまもりびとも討ち倒された。すると警報音が止まり、通路を寸断していたシャッターが解除された。

『侵入者の反応が消えました。デフコン解除します。職員は引き続き警戒し、最寄りの警備機関に通報してください。繰り返します―――』

 脅威は去った事を意味するアナウンスが流れ、三人はホッと安堵の表情を見せた。

「やれやれ、漸く終わったか」

「ええ、何とかなったわね……。スーン、そっちはどう?」

「こっちももうすぐで終わる筈ですよ」

 スーンがそう予想すると、タイミングよくコンソールからビープ音が鳴り響く。検索していた五人のDNAデータを発見し、接続したスーンのパッドに移し終える作業が完了した事を告げていた。

「終わりました! ヴェラさん!」

「よし、それじゃクローンを作ってこの場から―――」

 次の行動に移ろうとした矢先、大きい爆発音が鳴り響き、病院全体を大きく揺らがした。天井からパラパラと落ちる埃を見遣り、ヴェラは近くで何かがあったのだと勘付いた。いや、彼女だけでなく全員が同じ考えを抱いていた。

『ヴェラさん!』

「トシヤ、何かあったのかい!?」

 通信機から突然駆け込んできたトシヤの声色には焦りと緊張が満ちており、只事ではないと瞬時に察するには充分であった。そして彼は声のトーンを落とし、秘密の内緒話をするかのように通信機に囁き掛けた。

『大魔縁です! あいつら、クラブマンを爆破しました!』

「なっ……!? 中に乗っていたリュウは? ミドリはどうなったの!?」

『私も先程から通信で呼び掛けているのですが、応答がありません! 無線機を持ち忘れたか、或いは二人揃って……』

 最悪の予感に誰もが言葉を失い、胃の底に氷の塊を投げ込まれたかのような冷たさが全身に走り抜ける。だが、ヴェラはグッと唇の端に力を込めて言葉を続けた。

「アンタは今、何処に居るの?」

『病院の一階フロアロビーです。大魔縁は私達を探しているのか、何人かが病院の周りをうろついています』

「それじゃあ、中央棟の三階に来て頂戴。こちらは丁度DNAデータを手に入れたから、あとはクローンを作るだけ。二人の捜索は、それからにしましょう」

『分かりました』

 そこでトシヤとの通信が途切れ、ヴェラはすぐさまリュウヤの方にも連絡を入れた。が、トシヤの言う通り電源が入っていないのか、それとも無線機の持ち主が死んでいるのか通信は一向に繋がらない。

 苛立ちのままに通信を切ると、ヴェラは仲間達の方へ顔を向けて首を来た道に向けてしゃくった。

「今の話、聞いてたわね? 急ぐわよ!」

 三人は来た道をほぼ全速力で戻り、サーバーが並ぶ四階の通路を後にした。

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