午後17時35分 T-10にある通信施設前

 ヴェラ達が通信施設に辿り着くと、早速嫌な光景が目に飛び込んできた。施設の入り口にて守備を任されていた第一部隊の無残な死体だ。発砲を受けた際に出来た銃傷もあれば、首元に噛み千切られたような痛々しい傷跡もある。

 二人の記憶が正しければ、一部隊に付き六人居た筈なのだが……此処に倒れている死人は四人のみ。残り二人の姿を探して辺りを見回すも、何処にも見当たらない。

「どうやら味方の援軍は期待出来ないみたいね……」

「早く中に入りましょう」

「焦らないで。まだ敵が居るのかもしれないのよ」

 一刻の猶予も無いというトシヤの逸る気持ちに抑制を掛けながら、ヴェラは慎重に施設に向かって歩み始めた。そして車両の群れを抜けて施設の入り口が目前に迫った時、音響センサーが背後から銃を構える微かな音をキャッチした。

「伏せて!」

 ヴェラが俯せに倒れ、トシヤもそれに続く。一瞬後、銃声が鳴り響き、彼等の真上を複数の銃弾が空を切って通り過ぎた。

 俯せのまま後ろに顔を向ければ、息絶えていた筈の第一部隊の面々がヴェラ達に銃を構えていた。腹に出来た穴や口から変異体のネズミが顔を覗かせており、つまりはそういう事なのだと二人は理解した。

「既にゾンビになっていたみたいだね……!」

「どうします!? このまま無視して施設に入りますか!?」

「いや、仕留めるわよ。あの死体に寄生するネズミは厄介だからね。今の内に潰しておかないとね!」

「了解!」

 ヴェラが駆け出し、その後にトシヤが続く。アーマーに数発の銃弾を受けるも、頑丈さを生かして強引に弾幕を突破すると、口からネズミを覗かせていたゾンビの両腕を切り落とした。

 宿主の戦闘力を奪われるや、口の中に居たネズミは宿主を捨てて逃走を図ろうとした。だが、その矢先にトシヤが立ちはだかり、分厚いアーマーのブーツがネズミを踏み潰した。ぐちゃりという生々しい音が響き渡り、ネズミはGエナジーの体液を撒き散らしながら息絶えた。

 ネズミが出て行った途端、宿主となっていた兵士は糸が切れたマリオネットのように固いアスファルトに上に力無く倒れ込んだ。どうやらネズミが居なくなれば、宿主も元の死体に戻るようだ。

「ネズミはゾンビと一緒に仕留めた方が良さそうですね。その方が手間が掛からないですし」

「ええ、そうね」

 残り三体のゾンビは尚もライフル銃で攻撃を仕掛けてきたが、ヴェラ達を包み込むコングの前には無意味だと理解していないようだ。いや、この場合理解すべきはゾンビではなく、ゾンビに寄生しているネズミの方か。

 ヴェラはネズミを逃がした反省を活かし、また死体が二度と利用されないようにという意味も込めて、残り三体のゾンビをネズミ諸共ヒートホークで一刀両断に切り捨てた。まもりびとを切るのとは異なり、人肉の焼ける音が鼓膜を掻き毟り、不快な匂いが立ち籠る。ヘルメットのおかげで匂いも音も大幅にカットされているとは言え、生理的な嫌悪は免れなかった。

 それから逃れるように、ヴェラは険しい視線を通信施設の方へと向けた。

「行きましょう、またネズミに襲い掛かられると厄介だわ」

「そうですね」

 二人は足早に通信施設へと足を踏み入れたが、既に日は暮れて夜の暗がりが東の空を覆い始めていた。



 建物の中は以前にも増して嫌な空気が張り詰めていた。背筋も凍るような悪寒が五体を包み込み、手足の末端が感覚を失う錯覚に陥りそうだ。爪先に力を入れたり、敢えて斧を強く握ったりと、何度も手足に意識を回しながら二人は慎重に建物の通路を進んで行く。

 そんな風に暫く歩き続けていると、初めてネズミの変異体に出会った際に不意打ちを受けて殺害された第一部隊の兵士の死体と遭遇した。これを素通りしたいのは山々だが、今までの経験からしてすんなり通り過ぎれるとは思っていなかった。

 チラリとヴェラがトシヤの方に視線を寄越すと、彼は軽く頷いて足元に落ちていた瓦礫を握り締めた。ヴェラもトシヤがやろうとしている事を理解すると、斧を肩に担いで何時でも突撃出来る体勢を取った。

 そしてトシヤが放り投げた瓦礫は放物線を描いて、死体に当たった。ドンッという鈍い音が死体から上がった直後、ガバリとそれは起き上がった。やはりネズミに寄生されていたようだ。

 死体が振り返ると、右肺辺りに開いた穴からネズミが顔を出していた。だが、死体が動き出した時点で既にヴェラは行動に出ていた。ゾンビが振り返るのと同時に素早く駆け出して間合いを詰め、ネズミが収まっている右肺を半身ごと切り裂いた。

 ネズミが生前同様の悲鳴を上げて焼き殺され、死体も右半身寄りに裂けた。復活しないのを確認すると、二人は非常階段を通って二階へ駆け上がった。


 二階の通路には前回戦った、まもりびととゾンビの死体――死人を元にして誕生した両者を死体と呼称するのは変な気もするが――がそのまま残っていた。幸いにも、殆どの死体がライフル銃の弾丸で損壊しており、例えネズミが寄生したとしても大した戦闘力を持ち合わせていないであろう。

 そして一刻も早くこの場を通り過ぎて目当ての三階へ向かおうとした時、死体の山の一部がモゾリと動いた。目敏く動いた部分を見付けたヴェラとトシヤはライトを其方に向けると、折重なった死体の間からネズミが顔を覗かせた。

 既に利用出来る死体は無いが、念の為に始末しよう。そう思って近付こうとしたが、先に行動を終えたのはネズミの方であった。

 首を切断されたまもりびとの傍に行くや、その断面からネズミが潜り込んだのだ。肉を掻き分ける音と共にネズミは奥へ奥へと進行し、姿が見えなくなると首無しのまもりびとが起き上がった。

「こいつら! まもりびとの死体も動かせるのかい!?」

「ヴェラさん! 他にも起き上がりました!!」

 首無しの他にも頭が二つに割れてプラプラと揺れ動くまもりびとも居れば、損壊しながらも辛うじて銃を握り締めていられる死体等が起き上がった。数はまもりびと2、ゾンビ3の計五人。ついさっきまで群れを相手にしていた時に比べれば、決して多くは無い。

「まもりびとを先に始末するよ!」

 ヴェラとトシヤが一斉に駆け出し、寄生されたまもりびとも二人に立ち向かうように、それぞれが駆け出した。ヴェラの前に立ちはだかった首無しは、無駄に大きい動作で腕を振り被った。だが、動作が大きい故に相手の動きを見抜いていたヴェラは、振り下ろされた腕を難なく斧で弾き飛ばし、ガラ空きとなった一瞬の隙にまもりびとの両足を切断した。

 突如足を奪われたまもりびとは、地面に尻餅を付くように落下する。それでも尚、負けじと両腕の爪をヴェラに突き立てようとするが、標的が素早く横に飛んだことで鋭爪は空を刺し空振りに終わった挙句、すかさずヴェラが振るい落としたヒートホークは仲良く伸び切った両腕を切断した。

 流石に手も足も出ないとなれば寄生した意味がない。ネズミは首の断面から身体を出して逃げ出そうとし、それを阻止せんとヴェラがネズミに向かって手を伸ばした。が、彼女の手が届く前にネズミの上半身がパンッと弾け飛んだ。此方に向かって発砲したゾンビのライフル弾が、不運にも味方のネズミに命中したのだ。

 飛び散った黄色い体液がバイザーやパワードスーツに付着したのを見て、ヴェラは顔を顰める。だが、直ぐに無用の長物となったまもりびとの残骸を手にし、それを盾代わりにして弾丸を防いだ。こういう時、弾丸も弾き返すまもりびとの頑強な樹皮の存在は有難い。

 チラリとトシヤの方を見れば、二つに分かれた頭の割れ目に斧を突き刺し、そのまま尾骶骨まで切り裂いたところだった。流石のネズミも逃げ場が無かったらしく、まもりびと諸共溶断された。

「あとはゾンビだけだ! さっさと始末するよ!」

「了解!」

 ヴェラは手足と首を失ったまもりびとを盾のように構えながら突撃し、トシヤもそれに続いた。まもりびとのように圧倒的な戦闘力と防御力を持たない寄生ゾンビに、二人の猛攻を止める術など無かった。

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