午前11時38分 T-15にあるNG社の研究所前
ヴェラ達がT-13を抜けてT-15の境に到着すると、ロレンス大尉は「護衛の任務を果たした」と告げて、あっさりと引き返してしまった。引き返す時に「すまない」等の詫びの一つでも言ってくれれば向こうの心情を酌量する事も可能であったかもしれないが、それすらも無いのだから彼に対する好感度は急落するばかりだ。
とは言え、まもりびと相手に彼等の火器は通用しないし、これ以上危険な旅路に同行させて、T-12の貴重な戦力を消費させるのは得策ではない。そういう意味では、寧ろよくTー13まで付いて来てくれたものだと感謝ないし驚くところなのかもしれない。
そうしてヴェラ達が踏み込んだT-15は、ユグドラシルの被害が顕著な場所の一つであった。無数の巨木が濃密な緑を生み出し、人類が生み出してきた文化を尽く飲み込んでしまっている。他でも大体が同じだが、こちらはユグドラシルの密集率が半端なく、森の中と言うよりも暗い緑の洞窟を延々と進んでいるようだ。
どうしてこの区域だけユグドラシルが妙に密集しているのかは定かではないが、ユグドラシルの栽培もしくはGエナジーが貯蔵されていたからではないかというのがスーンの見当だ。
だが、T-15がユグドラシルに沈み切った理由なんてヴェラ達には知る由もなければ、知る理由も無い。一刻も早く目的地に着き、そこから必要となる機材を入手出来れば十分であった。
車一台がやっと通れる程の狭い木々の合間を潜り抜けて、漸くヴェラ達は地図に記されていた研究施設に到達した。周囲のユグドラシルのせいで奥深い森に囲まれたかのような怪しげな雰囲気こそ漂っているが、広い敷地の中に同じ四階建ての棟が三つ横に繋げて建てられた、時代が時代ならば中々に立派な建物だ。
しかし、その全てを探索するのは不可能であった。真ん中と右側の棟は急激に成長したユグドラシルを閉じ込める鉢植えと化しており、入れるのは比較的に被害の小さい左側の棟だけだ。
三人は粉々に砕け散って意味を成さなくなった自動扉を跨ぎ、建物の中へ進入する。清潔感漂う合成樹脂の床には瓦礫が散らばり、積み重なった埃の塊が彼女達の前から逃げるように転がっていく。
「まさに廃墟って感じですね」
「音響センサーは常に作動させておきなさい。何時何処でまもりびとと会うか分からないからね」
「了解」
そして慎重に目的地とされる地下を探そうとした矢先、三人の耳にマイクの空電が走った。通信機の故障かと思われたが、直ぐに聞き覚えのある陽気な声が鼓膜を叩いた。
『もしもーし。おーい、聞こえるかー? 繋がったかー?』
「オリヴァー!?」
『おっ、聞こえたようだな。いやぁ、ちゃんと通信が届くかどうか不安だったが届いて何よりだぜ』
声の主ことオリヴァーの言葉を聞いた途端、三人ともフェイスの下で驚きを露わにした。アーマーに備わった通信装置はユグドラシルの森での電波状況の悪さを考慮し、近距離通信に重点を置いている。従ってT-12に残っているオリヴァーの声、もとい電波は届かないのが普通なのだが……と疑問に思っていると、オリヴァーの明朗な声が疑問を答えてくれた。
『簡単さ。このT-12の監獄にある通信装置を拝借したのさ。無傷だった俺のヘルメットに備わってた通信機を直接繋げて、長距離通信を可能にしたって訳さ。パワー・カップルだっけか? その調整が難しかったけどな』
『パワー・カップリングだ。第一それをしたのは俺であり、お前は何もしちゃいないだろう?』
オリヴァーの声以外に、もう一人の呆れた声が入って来た。リュウヤだ。彼の腕に緑が抱かれているのか、「あーうー」と赤子の声が聞こえてくる。
「リュウヤもそこに居るの?」
『ああ、居るぞ。一時はオリヴァーに緑の世話を任せようかと思ったが、このベビーシッターさんはオムツの向きを二度も間違えやがった。ちょっと不安だから、やっぱり俺が面倒を看る事にした』
『おいおい、失礼だなぁ。三度目で成功したじゃないか!』
『三度目も失敗したら、それこそシッター失格だぜ』
微笑ましい会話にヴェラもくすりと笑みを零すも、直ぐに表情筋に喝を入れて真面目な表情を繕うと通信波の向こうに居る二人に呼び掛けた。
「ところで私達に通信を寄越したのは何故? まさか寂しかったから、なんて理由じゃないでしょうね?」
『ははは、そんな訳ないだろう? この監獄で誰かと通り過ぎる度に絞め殺されそうな目線を投げ掛けられるんだぜ? 寂しい筈がないだろう?』
それはそれで酷な気もする。スーンは心の中でそうボヤきながらも、脳裏にオリヴァーの言っていた状況を想像しては勝手に背筋を震え上がらせ、直ぐに頭の中から今の想像を追い遣った。
『今さっき一足先に戻って来たロレンス大尉から聞いたんだが、大魔縁の襲撃を受けたんだってな? 厄介な連中に目を付けられたな』
「何か知ってるの、リュウ?」
『ああ、知ってる。よーく知ってる。嫌って言う程に知ってる。連中はイカれてるぜ。ユグドラシルを天からの贈り物だと称賛し、それを利用して利益を生み出す人間は悪と断罪するような教えと共に布教してやがる。全く、堪ったもんじゃない』
「その言い方だと、余り良い思い出は無さそうですね。何か大魔縁に睨まれるような事をしたんですか?」
『別に俺は何もしちゃいないけど、向こうは俺を狙っているからな』
「どういう意味?」
『忘れたのか? 俺は下っ端だけどユグドラシルの研究に携わっていた研究員の一人なんだぜ? ユグドラシルを利用して人間社会を豊かにしようっていう極々真面目な志を持った研究者だ。だが、俺の志は大魔縁の教えに反するものだ。つまりは、そういう事だ』
リュウヤの嫌気が詰まった説明に、全員が理解した。大魔縁がユグドラシルを神聖化しているのならば、それを研究の対象として見ているリュウヤを始めとするNG社の研究員は粛清対象だ。彼等の狂信ぶりを見れば、リュウヤの命を奪う事なんて屁とも思っていないだろう。
『しかも、連中は研究者を捕まえると、その場で殺さずに自分達の総本山に連れて行くんだ。何が目的なのかまでは知らないがな、少なくとも良い目的じゃないだろうな』
「総本山?」
『本拠地みたいなもんだ。それでだ、連中が本拠地にしている場所は……何と
「何ですって?」
その報告にヴェラも驚かずにはいられなかった。ユグドラシルを生み出し、日本の第二次高度経済発展に貢献したNG社の本社が、今ではユグドラシルを神と同一に崇め奉る宗教団体の本拠地となっているのだ。
皮肉を通り越して強い驚愕ばかりが、三人の胸の内を満たした。だが、一方で拭い切れない疑問もある。それを口にしたのはスーンだった。
「でも、どうしてリュウはそれを知ってるんですか? 余り相手の事を知らないと言っておきながら、妙に知り尽しているような気もしますが……」
『別に大した事じゃない。何せ、災厄直後に大魔縁の大司教様が本社を根城にしながら、優秀な科学者や研究員を集めているって噂で聞いたからな。求めに応じた人間には生活を保障し、そうでない者は力尽くで従わせるって脅し文句付きでな』
「大司教?」
『ああ、聞いて驚くなよ? その大司教の名前は―――』
「リュウ? ねぇ、リュウ!? どうしたの!?」
満を持して名前を口にし掛けた矢先、ザザザッと耳障りなノイズが走った。ノイズは収まるどころか益々存在感を増し、遂にはブツンッと途絶えてしまった。その後も二・三度ほどリュウヤの名を呼び掛けたが、通信機は沈黙したままだった。
「どうしたんでしょうか?」
「向こうの通信装置に異常が起こったのかもしれませんね。パワー・カップリングの調整が難しいと言っていましたし……」
「まぁ、話は後から聞けるから良いとして……此方もさっさと仕事を終わらせるわよ」
リュウヤと交わした話題と懸念を頭から切り離し、ヴェラは本題に思考を切り替えた。そして一同は斧を手にしながら、無人―――いや、化物の巣窟と化した研究施設を進み始めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
用語解説
『ナチュラルグリーン(通称NG)』
「ユグドラシルを開発し、新資源Gエナジーを生み出したバイオテクノロジー企業。当初は日本のバイオ研究及び産業を推し進める国有企業の一つに過ぎなかったが、ユグドラシルの栽培とGエナジーの生産が開始されると瞬く間に急成長し、遂には日本はおろか世界各国の大企業を抜いてトップに躍り出る。
また本社はGエナジーだけでなく、Gエナジーが利用されるエンジンや機械製品の開発にも携わっており、それによって更なる富を獲得する事に成功している。これらの部品はライセンス生産として海外で製造する事を許可しているが、ユグドラシルの栽培とGエナジーの生産はNG社が事実上独占しており、これにより権益の独占だと言う批判も少なくなかった。
その後、災厄のグリーンデイによって日本の滅亡と共にNGもアメリカに置いた支部を残して崩壊した為、ユグドラシルとGエナジーの所有権の座は実質不在となった。その為、NGの莫大な遺産は世界各国が争う火種となったのであった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます