午前9時00分 T-12の関門前

 アーマーに着替え終わったヴェラ達が関門の前に行くと、そこには物々しい武装を施した戦闘部隊が揃っていた。装甲車が三台に、ライフル銃と防弾ベストを装備した兵士が三個小隊。この荒廃した都市部の中では、紛れもなく貴重且つ大規模な戦力であろう。

 その三個小隊を指揮するのは、『あの』ロレンス大尉だ。彼はヴェラ達の姿を見付けるや、まるで自分達の部下を叱責するかのような口調で怒鳴り付けた。

「遅いぞ! 何をしているんだ!!」

「すまないね、アーマーの装着は色々と厄介な上に時間が掛かってね」

 ヴェラの説明を言い訳と判断したのか、ロレンスは不機嫌気味に「ふんっ!」と鼻息で苛立ちを表現すると先頭の装甲車に乗り込んでしまう。

「うわー、感じ悪いっすねー……」

「まぁ、アタシ達は嫌われているみたいだからね……」

そう言いながらヴェラが思い浮かべたのは、此処へ来る前にアマダと交わした遣り取りの一部始終……もとい、この国に取り残された人々の心境についてであった。


『この街に居る人々は余所者に良い思いを抱いていないのは御分りの筈だ。彼等は皆、自分達は諸外国に見捨てられたという思いがある。何せ、災厄が起こってから一度も救援の手を差し伸ばされなかったのだ。無理からぬことだ』

『つまり……この国の人達は自分達は国際社会に裏切られたと思っているという事ですか?』

『そういう事だ。それ故に余所者に対しては歓迎よりも警戒が、例え救援に来た頭の中では分かっていても、見捨てられたという憎悪から来る恨み辛みの感情が先に出てしまうのだ。それを頭の片隅に置いといてくれると有難い』


 門番が自分達に対して殺気立っていた理由を知り、ヴェラは何とも言えない気持ちとなった。現実では未だにユグドラシルとGエナジーの所有権を巡って各国が水面下で争うばかりで、此処に居る人達の苦難なんてそっちのけだ。いや、そもそも知る由もないと言うべきか。

 もし彼等が無事に日本を脱したら、今まで何もしてこなかった人々は糾弾されるのではないだろうか。だが、恨まれても何もしてこなかったという事実があるのだから文句は言えないのではないだろうか。そんな考えがヴェラの頭に重く圧し掛かる。

「ヴェラさん、私達もそろそろ行きましょう」

「ええ、そうね」

 振り返れば既にトシヤはスーンと一緒にオフロード車に乗っており、彼女が搭乗するのを待っていた。彼等が乗っている車は関門の前に放置したままだったが、幸いにもまもりびとの被害に遭わなかったようだ。

 そして関門の門が開くと、オフロード車の周囲を三つの装甲車が取り囲むという厳戒態勢で門を潜り抜けた。まるで護衛される大統領の気分だが、向こうはあくまでも危険地帯へ向かうヴェラ達の体力を温存させる為に渋々護衛を引き受けているに過ぎない。仮に邪な気持ちがあれば、裏切る可能性だって十分に有り得る。


 そして一行はT-10を走り抜け、T-13―――嘗て日本の最先端を先取りしていた渋谷区へと目指していった。



 T-13旧渋谷区……嘗ては日本社会の若者のファッションや流行の中心地として栄えた区域だが、今ではその面影は微塵も残っておらず、ユグドラシルの密林と化していた。日本の情勢や娯楽を放送していた街角の街頭モニターはユグドラシルの樹木が突き破り、渋谷区を象徴する商業施設やビルは軒並みが崩れ落ちて瓦礫の山と化している。

 無残の一言に尽きる渋谷区の惨状を目の当たりにし、日本大好きを豪語するスーンは悲嘆に暮れていた。

「ああ、憧れの渋谷区が……」

「そんなに落ち込みますか、普通? あくまでも私個人の感想ですけど、人込みも多いし大して憧れを覚えるような場所じゃありませんでしたよ?」

 運転席に座っていたトシヤが少し呆れたようにボヤくと、後ろに座っていたスーンは噛み付かんばかりの勢いで運転席の座席にしがみ付いた。

「何言ってんの!? 日本の流行を先取りした渋谷だよ!? 同じ日本人ならともかく、日本大好きな外国人にとってはある種の聖地だよ!? せ・い・ち!」

「スーン、少し落ち着きな。アンタが騒いだ所で聖地が復活する訳じゃないんだ」

 座席にしがみ付いていたスーンが大人しく後部座席に腰を落ち着かせるのを見送ると、ヴェラは外へ目を向けた。車は装甲車の先導に従い、東京都内を一周する環状道路に入ったところだった。

 本来ならば高速道路みたく高い道路から街並みを一望出来る筈なのだが、生憎とユグドラシルに囲まれた今では視界は最悪だ。おまけに巨木が環状道路のアスファルトを串刺しにしており、常に神経を尖らせながら正面を見続けなくてはならない程に劣悪な道路環境であった。

「トシ、T-15まで後どれくらいで着けそうだい?」

「そうですね。何事も無く、この調子で行けば30分程度かと―――」

 ディスプレーに表示された現在図と今の速度から計算を組み立て、トシヤが概ねの予想を弾き出した矢先だ。それまで順調に先導していた装甲車がピタリと止まり、それと前後して他の二台も車輪を止めた。周囲を取り囲んでいた装甲車が一斉に止まった事により、ヴェラ達も止まらざるをえなかった。

「どうしたんでしょうか?」

「さぁね。でも、何事かあったのは確かなようだね」

 装甲車が止まると側面のドアが開き、中に乗っていた兵士達が右翼へ展開し始めた。いよいよもって不穏な雰囲気を察知したヴェラが、車から降りようと片脚を地面に付けたのと同時に爆発音が右翼の少し先の方で起こった。そしてロレンス大尉達は爆発物が飛んできた方向にライフル銃を撃って応戦した。

 爆発音と突如始まった戦闘に三人の警戒度が急激に跳ね上がったが、一方で違和感が彼等に囁き掛けていた。

「ヴェラさん! これまもりびとの攻撃じゃないですよ!?」

「ええ、知ってる! 奴等が火器を使うなんて有り得ないわ!」

 まもりびとによる奇襲ならば、自慢の爪や昨夜の肥満型の特攻と言った肉弾戦にも等しい近距離で襲い掛かって来る筈だ。しかし、今の爆発音は紛れもなく火器の使用によるものだ。だとすれば、考えられる可能性は同族人間による攻撃だろう。

 もしかしたら昨夜出会った、爪弾き者の生き残りが仕返しに来たのだろうか。そんな可能性が頭に擡げた時、複数の銃声が鳴り響く中でトシヤが後ろの方へ指を差しながら叫んだ。

「ヴェラさん! 7時の方向から誰か近付いてきます!」

 トシヤが指差す先を見遣れば、遠くから複数の人間が近付いてくるのが見えた。しかし、その出で立ちは異様なものだ。KKKよろしく白頭巾ならぬ汚らしい緑色に染まった緑頭巾を被り、体にはユグドラシルの樹皮を剥いで作ったと思しき木目調のアーマーを身に纏っていた。いや、アーマーと言うよりも大昔の日本の甲冑を彷彿させる。

 そして手には自衛隊が使っているのと同型のライフル銃が握り締められており、その銃口をヴェラ達に向けながら吶喊してきた。しかし、扱っている人間は自衛隊と異なりズブの素人らしく、ぶれにぶれた銃口から発射された弾丸はアスファルトや装甲車の壁に命中して全く意味を成さない。仮に命中したとしても、ヴェラ達が身に纏っているパワードスーツの前では無力に等しいが。

 おまけに戦闘に関しても間合いの取り方一つ知らないのか、ヴェラ達にとって有利な間合いへ自分から突っ込んできた。ヴェラ達は率先してやってきた頭巾達を(手加減して)殴り倒し、気絶するなり武器を奪うなりして効率良く且つ確実に無力化していく。

 まもりびとと比べれば遥かに脆弱だが、何か恨みを持っているのかと問いたくなる程に、執拗に襲ってくる姿は異常さを通り越して狂気すら感じる。

「何なのよ! こいつら!!」

『―――――――――!!』

 頭巾の集団の一人が空気を震わす程の荒々しい大声で何かを叫び、何かを両手に握り締めて頭上に掲げた。手榴弾だ。それを此方に投げるのかと思いきや、何と握り締めたままヴェラ達に突っ込んできた。

「特攻!?」

「嘘でしょう!?」

 流石に爆弾持ちは洒落にならず、スーンは咄嗟に拳大に割れたアスファルトの破片を男に放り投げた。アーマーの能力で何倍にも強化された腕力から繰り出されたコンクリート片は強弓から放たれた矢の如く空を切り、男の腹に命中した。

 頭巾の男が身に纏っている鎧のおかげで致命傷にはなっていないだろうが、それでも凄まじい衝撃を緩和するまでには至らず、男の体がくの字に折れ曲がる。そして握り締めていた手榴弾が手から離れて地面に落ち、凄まじい爆音と共に傍に居た頭巾の集団を吹き飛ばした。

 そして爆発の煙が晴れると、頭巾の集団は尽く地に伏してた。どうやら今の爆発が彼等にトドメを刺したらしい。

「これで……終わりですよね?」

 スーンがそう言いながら恐る恐る辺りを見回していると、倒れていた頭巾の一人が地面から顔を引っぺがす様に苦し気に上体を起こした。それを見たスーンが「ひっ!」と短い悲鳴を上げて数歩下がり、他の二人も一歩距離を置く。

 幸いにも男は攻撃こそしてこなかった。いや、今の手榴弾の爆発で左脚を失っているのだ。抵抗どころか、生命力も碌に残っていないようなものだ。しかし、代わりに男は頭巾の下からパクパクと口を動かした。

『―――――――』

 頭巾の男が言葉を口にするが、ヴェラには聞き取れなかった。今の日本では英語が公用語になっている筈なのだが、明らかにそれとは異なる言語だ。そして男は言いたい事を言い追えると、再び固いアスファルトの上に倒れ込んだ。彼が復活することは、二度と無かった。

「一体何だったの? というか、今の言葉は? 聞き覚えはないけど……」

「日本語ですよ」

「日本語? あれが?」

「ええ、私も久し振りに聞きました。今の日本で、ましてや滅亡した後も日本語を使っている人間が居るなんて驚きですよ」

 生粋の日本人であるトシヤでさえも珍しいと言ってしまう程に、日本語はとっくの昔に廃れた言語である事が窺える。しかし、日本語を使っていたという事は、頭巾の男達は日本至上主義者を掲げる組織の一員だったのだろうか。

「それで、今の男は何て言ってたの?」

「ちょっと待ってください。何せ私自身も日本語を習っていたのが十年以上も昔だったものですので、翻訳するには時間が―――」

「“聖なる緑に足を踏み入れた愚か者に死を”。“我が彷徨える魂の行方はダイマエンの導きに従うまで”……って言ってましたね」

 ヴェラの疑問に答えたのはトシヤではなく、二人の後ろに居たスーンだった。その言葉を耳にするや二人は同時に振り返り、自慢気に胸を張るスーンを見遣る。

「アンタ、日本語喋れるの!?」

「いや~、喋れるって程じゃありませんけど理解は出来ますし、辞書が無くても余裕で翻訳も出来ますよ」

「もしかして日本人である私以上に日本に詳しんじゃないんですか? スーンさんって。そう思うと複雑のようなショックのような……」

「まぁ、面倒な日本語の翻訳が出来るヤツが居て良かったじゃない」

 生粋の日本人のプライドを傷付けられて若干落ち込むトシヤを横目に、ヴェラはスーンが翻訳した台詞の一部分に焦点を絞った。

「それよりも、この頭巾の男が言っていたダイマエンって一体何なの?」

「さぁ、流石にそこまでは……。でも、今の発言から察するに日本の神か信仰の対象では―――」

「バカみたいにトチ狂った屑共が信仰するクソったれ宗教の事だ」

 三人の会話の間に、ロレンス大尉の野太い不機嫌声が割り込んだ。気付けば周囲の銃声既に止んでおり、向こうで繰り広げられていた戦いも無事に終わった事を物語っていた。

「宗教?」

「ああ、大魔縁(だいまえん)という名の宗教団体だ。災厄が起こる以前から存在していたらしいが、災厄後は僅か数年で東京23区の半分以上を手中に収めるまでに急成長しやがった。連中が被っている緑の頭巾は、そこに属している証だよ」

「どうして宗教団体が私達を襲うのですか? 何もしていないのに……」

「そんなの連中には関係ない。連中が信仰する宗教の教えはこうだ。今の日本こそが真の姿であり、この聖なる緑を汚す異端者共は罰せられなければならない。要するに連中はユグドラシルを神聖化しているんだ。そのユグドラシルから得られるGエナジーで利益を得ようとする人間は、神に歯向かう不届き者だから処罰しなければならないって考えだ」

「命に代えてまで……かい?」

「ズブの素人が武器を持って、自衛隊に真っ向から喧嘩を売る程だ。明らかに後先考えず、それでいて自分達の信仰を唯一絶対としている証拠だ。だが、連中が此処まで勢力を伸ばしているとはな……。今後も警戒した方が良いかもしれん」

 それだけ言い残すとロレンス大尉は自分の持ち場へと戻っていく。取り残されたヴェラ達はまもりびと以外にも厄介な存在に目を付けられた事実に、先行きに不安を覚えるばかりであった。



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用語解説

『大魔縁(だいまえん)』

「災厄のグリーンデイで滅亡した日本で、急激に勢力を拡大させている宗教団体。災厄が起こる前から組織を立ち上げて活動していたらしいが、活動内容などの詳細は不明。

 ユグドラシルを神からの贈り物として崇め、それを利用する人間は害悪であるという教えを布教してる為、ユグドラシルの生みの親であり研究材料として利用していたNGの研究員を目の敵にしている。しかし、その一方で研究者を大魔縁の総本山であるNG本社へ生きたまま連行するなど矛盾点が見受けられる。

 まもりびとに関しては神からの贈り物を守る守護者、もしくは神が遣わした天使なのだと見ている。その為、彼等に襲われて死ぬのは何よりの名誉であり幸福なのだと信じ切っている。しかし、そう考えているのは酔狂的なまでの敬虔な信者だけであり、殆どの打算で大魔縁に参加した信者達は魔守り人に対しても容赦なく攻撃をしている」

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