第8小節ーここに来る人

夕飯を終えたリビングのテーブルで真っ白な履歴書に書きこんでいく。

だがこの履歴書には、名前を書くところはあっても、他の情報、例えば住所とか前職業とか学歴を書くところがない。

さらにいえば、名前の欄以外ないのだ。

証明写真を貼るところすらない。

どう書いたものか悩んでいると、皿洗いを終えた奏人さんが言った。

「証明写真も何もいらないことの方が多くてね。ここに来て働いている子はみんな僕が連れてくるから、面接らしい事もしないしね。ああほら、弦ちゃんが最初に来た時……って昨日か、話したアレが一応の面接っぽいのかな。」

「面接というより、起きたことを話しただけですが……。」

「まあね。でも、話し方とかで嘘はだいたい見抜ける。それにここに来る子たちは何らかの悩みとか悲しみを持って来ているから。そうだな、琴ちゃんも実はあることに悩んで駅で電車に飛び込もうとしたところを助けたんだよ。」

あの元気な琴音ちゃんも、訳ありだったのか。

「その履歴書は自分の思うままに書いてくれたらいいよ。あ、住所はここは……。」

今聞いたばかりの新しい住所を書いた。

小さく扉の開く音がした。

おそるおそる俺の背後を鈴迦ちゃんが通って冷蔵庫を開けた。

「……いる?」

差し出されたミネラルウォーターのペットボトル。

ちょうど喉が渇いていたので受け取った。

「ありがとう。」

鈴迦ちゃんはまた髪の壁に隠れてしまったが、ちらりと嬉しそうな笑顔が見えた。

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