第28話 やってきた黒幕
お風呂からなかなか出てこないエルが心配で、思わず覗いたら・・・まさか手首を切るとはな。
すぐに見つけられたせいか対処も早くすんで、なんとか大事には至らなかった。
辛かったのだろう。
悪い事をした。
エルの記憶を消す事に戸惑ってしまったせいで、またエルを傷つけてしまった。
できたらエルの記憶は操作したくはなかった。
そのままでいさせたかったのだ。
でもそれは無理な話。
もう襲われた記憶も自殺未遂をした記憶も消した。
しかしエルの記憶を覗くと、あいつらはエルだと知って襲ったのは確実。
どうも黒幕の存在を感じる。
だがサキュバスは違う。
あんな低級悪魔に、ここまでの影響力があるとは思えない。
だからと言って、無関係なのも違う気がする。
その黒幕は何が目的だ。
こんな幼い少女相手に、つまらぬ画策を起こすようなヤツの正体を見てみたい。
エルは、そんな奴等が狩っていいヤツなんかじゃないんだ。
あいつは一生懸命生きている。
私だって最初はそれこそ、退屈しのぎくらいにしかならないおもちゃだと思っていた。
でも知れば知るほど、あいつのひたむきさ、一生懸命さに触れて汚してはいけない存在だと思った。
20歳までちゃんと側で守ってやろうと思っていたのだ。
それが私の使命だと思ったから。
エルが目を覚まし、もう一度眠るのを確かめると私は出掛ける事にした。
もちろんあの夜に、サキュバスと話していた褐色の男を捜すためだ。
あれから一週間暇な悪魔を総動員しても探せなかった。
どの悪魔に聞いても見た事がないとの答えしか返ってこない。
いったい、どこにいるのだろうか。
今日もあてもなく探す為に玄関を出ようとすると、その男が目の前に立っていた。
「やあ、僕を探しているんでしょう」
その男は爽やかな笑顔で言う。
「出向いてくれるとはありがたい」
「その殺気凄いね。僕は君に敵意なんかないのに」
「ふん。お前の真意はなんだ? どうしてこんな事をした?」
「いきなり質問攻め?」
「ここではエルが起きるかもしれない、場所を変えよう」
「僕は構わないけど、エルちゃん可愛いから顔が見られないのは残念だな」
気安く名前を呼ばれるだけでイライラする。
「悪魔って短気なんだね」
クスクスと笑いながら、茶化すように言う。
近くのマンションの屋上に着くと、邪魔が入らないように結界を張る。
「君の結界、悪魔らしく禍々しいね」
「お前は誰だ」
「忘れた? この僕を?」
その問いに、遠い記憶が蘇る。
「ウリエル?」
「何だ覚えているじゃないか。最後のハテナは余計だけど」
「天使のお前がどうしてエルを?」
その私の問いに、ウリエルは黙って見ている。
「その様子だと、まだすべてを知っていないようだね。ただ僕はあの少女が邪魔なんだ。君もさっさと魔界に連れて行ってしまえばいいのに」
天使とは思えないほど、冷たい目をしている。
「そんな事をしたら、お前も堕天使になるぞ」
その瞬間天使の攻撃が飛び、私は地上に叩きつけられた。
「お前なんて呼ばないでよ、悪魔風情が」
くっ。
昔の私ならこんな攻撃避けられたものを。
天使だと思い、油断していた。
「もう君は昔の人なんだよ」
ウリエルは楽しそうに言う。
「君の時代はとっくに終わっている。これからは悪魔として全うしてくれたまえ」
「サキュバスは仲間か?」
「仲間? 面白くない冗談を言うね。どうしちゃったの? ルシファー」
「じゃあどうして一緒にいた?」
「君にはガッカリだ。あんなやつ仲間なわけがないだろう? 雑魚だよ? いいように使っていただけに決まっているじゃないか」
天界は何をしている?
ミカエルは?
あいつならこんなやつをのさばらせたりしないだろうに。
どうなっているのだ。
「良い事を教えてあげるよ。君は忘れているだろうけど、サキュバスはイヴなんだよ。そしてずっとアダムを探している。アダムに会わせてやるって言ったら簡単に君を裏切ったよ。まあしょせん悪魔だ。裏切るのはマストだろ」
サキュバスの想いを利用したって事か。
しばらくみないうちに、天使らしからぬヤツになったな。
「お前が何をしたいのかは分らないが、エルには手を出させない」
「だからお前って言うなって言っているだろう」
瞬時に攻撃をしかけてくるウリエル。
でも正体が分ればこっちのもの。
その手を封じ、逆に地面に叩きつけてやった。
「カッとなると周りが見えないのは相変わらずだな。元大天使長のこの私に勝てると思うなよ」
圧倒的な威圧感を与える。
ウリエルは悔しそうな顔を浮かべると、そのまま消えていった。
たぶん今日は現れないはず、痛みで動けないだろうからな。
エルにも結界は張ってあるから安心だろう。
私はサキュバスの元へと向かった。
「イヴ」
その声に驚いたように反応する。
「ルシファー・・・聞いたのね」
「ああ。気付いてやれなくてすまなかった」
「何を言っているの? あなたに勧められた知恵の実を食べた罪で、私は死ぬ事も許されないサキュバスへと身を落とされたのよ」
「そうだったのか。それは悪い事をした」
「あなたにとっては気まぐれだったのでしょうね。でも私にとっては永遠を左右する別れの始まりになってしまった」
「アダムも実を食べたのだろう?」
「ええ」
「たぶんサキュバスにされたのはそのせいだろう」
「それどういう意味?」
「アダムは人の子ではない。それを知ったのは私が堕天使になってしばらくしてからだが、あいつは神の子だ」
「嘘」
私の言葉にサキュバスはあきらかに衝撃を受けている。
「嘘ではない。私が元天使長なのは知っているだろう? 未だに影ながら私を慕う者は多い。そういう者から情報は集まるのだ」
「私はひたすら神の子を待っていたというの?」
愕然と崩れ落ちるサキュバス。
「そういう事になるな」
「でもウリウスは合わせてくれると言った」
はっとして口を噤む。
「大丈夫だ、あいつとはもう会った。しかしあいつに会わせる力なぞはない」
その言葉にハラハラと涙を零れ落とすサキュバス。
そこには深い愛を感じさせる涙があった。
「それだけ想っている相手に言うのも酷だが、もうアダムは忘れた方がいい。これだけ想ってくれている女を悪魔に落とさせて自分だけが天界に行くような男なぞ、もう想う価値がないと思うぞ」
「うるさい、あなたに何が分るのよ。あの時実を食べなければ、そしてその実をアダムに勧めなければ・・・そんな思いをずっと後悔し続けて生きてきた私の気持ちなんて分るわけないでしょう?」
「確かに、分らぬ。それでもお前はこれからも生きていかなければならない、なら出来る限り自分の為だけに生きてもいいと思う」
サキュバスはただただ泣き崩れていた。
まあでも、悪魔が己の欲望に忠実すぎるのはあまりよろしくないかもな。
それは今言えない雰囲気だから黙っているけれど。
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