第26話 見えない者

 引き裂かれた制服。

 ボサボサの髪。

 身体には擦り傷があちらこちらにあった。

 小刻みに震える身体が、恐怖を物語っている。

「大丈夫か?」

 なんとか顔だけを上下に振って答えてくれた。

 恐怖のせいか、目はただ一点を見詰めている。

 さっき悪魔が飛び散った場所を・・・。

 私はエルを抱きかかえると、自宅へと戻った。

 こんなにも傷付いたエルを誰の目にも触れさせたくなかったからだ。

 いつもなら記憶を消して恐怖心を取り除く事をするのだが、なぜかその行為が躊躇われた。

 制服を元通りに綺麗にしてやり、ベッドへ寝かせる。

 離れようとする私の手を、なぜかエルは離さなかった。

 その手は未だに小刻みに震えている。

 顔を見ると恐怖心が目からも感じ取れた。

 あいつら、私の手で八つ裂きにしてやりたかった。

 それなのに、どこのどいつだ。

 私を語りエルを襲わせ、そしてあいつらの口を封じたのは。

 見つけ次第、殺してやる。

「ルーフス、怖い」

 か細い声でエルが言う。

「大丈夫だ、もう心配はない」

「違う。ルーフスの顔が怖いの」

 エルの言っている意図が分らなかった。

「怖い顔をしているって事は、怖い事を考えているって事でしょう? 私の側にいる時だけでもいいから、怖い事は考えないで」

「分った」

 エルの言葉に私は素直に頷いた。


 エルが寝たのを確認すると、私は気配を消し学校へと向かった。

 今回の騒動の真相を探る為だ。

 もちろん、サキュバスの動向を探る。

 近場で悪魔といったら、あいつくらいしか思い浮かばない。

 たぶん、何かしら関係しているのだろう。

 しかしエルにキスをしたのはいざ襲われた時に発揮できるよう、私の烙印を付ける為だったのだが・・・それが逆効果になるとはな。

 もっと目立つところにつければ良かったのだが、ファーストキスもまだの少女にそれは酷というものだろうと思って、あの場所にしておいた。

 本当は胸元あたりにつけたかったけど。

 だがそんな事をした日には、クッションだけではすまなくなりそうだ。


 そっと保健室へ近付くと、話し声が聞こえる。

 だが結界でも張ってあるのか、途切れ途切れにしか聞こえない。

 姿を消して覗いては見たものの、結界のせいか人影は見えなかった。

 マレの時のようにこれを破るのは簡単だが、それが決して得策だとは思えない。

 私はひたすら結界が解けるのを待つ。

 その時は、そんなに長くはかからなかった。

「それでは、ごきげんよう」

 深々と頭を下げて挨拶をするサキュバスに見送られていたのは、身も知らぬ男だった。

 褐色の肌をした美しい男。

 とても悪魔とは思えない美しい容姿をしている。

 その男が立ち去る瞬間、白い翼が見えたような気がした。

 まさか・・・。


「ごきげんよう、サキュバス」

 突然に現れた私の姿に、サキュバスは明らかに動揺している。

「今のは誰だ」

「何の事?」

「無駄にとぼけようとするな。死を招くぞ」

 私の強い口調に、サキュバスは肩をすくめて言った。

「分ったわ。でも私の口からは言えない、ただあなたが考えているような人ではないと思う」

「ほう。私の考えがお前ごときに分るのか? 偉くなったものだな」

「申し訳ありません。出すぎた真似を致しました」

 跪き、深々と頭を下げる。

「お前が言えないのならもう聞くまい、だが伝えておけ。これ以上何か企てるのならその真意を見せろと。でなければこの私に宣戦布告をしたと受け取ると」

「分りました」

 跪いたままサキュバスは返事した。

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