第23話 匂い
先日、高橋先生の正体がサキュバスだとルーフスに打ち明けられた。
私にそれを伝える事ができず、嘘を付いたとの事らしい。
言われてサキュバスを調べてみたら、夢魔だと書いてあった。
見た目はとても美しく、相手を虜にする能力があるらしい。
だから側にいると、いい匂いがして夢見心地になっていたのね。
それを考えると、サキュバスというのは本当の話だと思う。
だからルーフスと付き合っているって、嘘を付いて私を惑わせたのね。
あの言葉のおかげで、どれだけ振り回されたか。
今考えると、たしかに悪魔だわ。
傷付いた私の顔を見て楽しんでいたのよ、きっと。
でもこれでルーフスが保健室に入り浸っていた謎も解けた。
よく海外に行くと、同じ国の人に会うだけで親近感が沸くって言うじゃない?
たぶんその状況と似ているんじゃないかしら?
だけど、悪魔ってけっこういるのね。
想像の生物だと思っていたのに、意外と身近にいるのも驚かされたわ。
まさに、事実は小説よりも奇なりね。
だけど高橋先生にはもう怖いから近付くのは良そう。
もう振り回されるのは勘弁だし、悪魔はルーフスだけで充分だ。
教室に入ると珍しくざわついていた。
見ると1人の少女が泣いているではないか。
その泣き方が尋常ではなく、周りにいる生徒達も顔を青ざめさせていた。
「どうしたの?」
自分の席の近くに座る、その子達を眺めていたクラスメイトに聞く。
「襲われたみたいなの」
「え? 大丈夫なの? 学校に来て」
「襲われたといっても、未遂に終わったみたいだから。ただ執拗に追い掛け回されたらしいから、未だに恐怖心が残っているみたいよ」
「どこで?」
「学校の周辺らしいわよ。ただ彼女だけではなくけっこうな生徒がその界隈で襲われかけているみたいなの。でも不思議な事にすべて未遂らしいのよね」
「じゃあ単なる嫌がらせって事?」
「だとしてもそうとうタチが悪いし、いずれ未遂で終わらなくなりそうよね」
そう言うと彼女は顔をさらに青ざめさせて、身体をブルブルと震えさせた。
なんだかサキュバスといい、暴漢騒ぎといい、とたんに周囲が物騒になってきた感がある。
しかし鬼ごっこでもあるまいし、追い掛け回すだけなんてどこか気持ち悪い。
知らない人に意味も分らずに追い掛けられるなんて恐怖心以外のなにものでもないわ。
嫌だな。
私も追いかけられないように気をつけよう。
家に帰るとお土産の苺のせいか、久々にマレがまとわり付いてきた。
「お帰り、エル。何そのいい匂い・・・苺だ」
語尾に音符が付くくらい、マレの声は嬉しそうに弾んでいた。
「ただいま、マレ。最近元気なかったからお土産だよ」
「わーい。僕苺大好き」
「すぐに用意するから一緒に食べよう」
「うん」
さっそくテーブルに行儀良く座る。
なんかこの雰囲気久しぶり。
私は急いで手を洗い、苺を台所で水洗いして皿に盛り付ける。
その中から数個を手に取り小さいお皿によける。
ルーフスの分は別にしておかないと、マレが全部食べちゃうからね。
テーブルの上に置いたとたん、両手で掴みながらマレは苺を頬張った。
よく見ると、ヘタも取らずに食べている。
「ヘタは取らないの?」
「うん。ヘタも美味しい」
まったく気にする事なく、どんどんと口に入れる。
「それ全部食べていいから、ゆっくり味わいながら食べようね」
「はーい」
とたんに噛むのをやめて、口の中で転がし始めた。
そう言う意味じゃないんだけどな。
「良かった」
「何が?」
マレが唐突に言い出した。
「こないだまでのエルなぜか臭かったから、僕近付けなかったんだ。でも最近のエルは臭くないからやっと近付けるようになったよ」
笑顔のマレ。
臭いってどういう事?
私毎日お風呂に入っていましたけど?
「なんか、ルーフスと同じ匂いがしたの。でもルーフスよりももっとキツかった」
ルーフスと同じ匂い?
それって悪魔臭って事?
マレの言うこのあいだって、私が高橋先生に振り回されていた頃かしら?
そう言えばあの頃、高橋先生とお茶していたような・・・それでも2回くらいよね?
その匂いがいつまでも残っていたって事?
後変わった事と言えば、上野さんとスイーツ巡りをしていたくらいだし。
何だろう?
意外と私の気付かないところで、悪魔と接近しちゃっていたのかしら。
サキュバスまでいるくらいだものね。
どこに他の悪魔がいるか分らないから、周辺には充分に気をつけよう。
しかし、いつもならとっくに帰ってきているのに、今日のルーフスは遅いわね。
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