第22話 想い
なんなのだ、あいつは。
あの日曜日の日から1ヵ月、一切口を利かなくなった。
まだ聞きたい事はあると言うのに。
心の声までもシャットアウトするなんて、忌々しい。
いつからそんな芸当ができるようになったのだ、あいつは。
未だにあいつの気配が消える原因が分かっていないというのに、これじゃあ何があっても知らないぞ。
と、そんな心配する必要ないか。
飽きたら喰えばいいだけの話だ。
なのになぜこんなにイライラする。
「ねえ、煩い」
サキュバスが迷惑そうに告げる。
「悪い」
一応ここは保健室なので、サキュバスの縄張りなので謝る。
「ねえ、マレは元気?」
「まだ全然だ。落ち込んだままでいるよ」
「可哀想」
「お前が言うな」
元はと言えば自分が悪いくせに。
エルとの関係だって、ほぼこいつのせいだと言うのに。
まったくもって、どいつもこいつも忌々しい。
「そんなにイライラしないで、コーヒー淹れるから」
「コーヒーは貰うが、それは無理な相談だ」
「男のヒステリーはみっともないだけよ?」
「誰が怒らせた」
「さあ? それより今度マレに会いに行ってもいい? もう獲物扱いしないから。友達として付き合うから」
「ダメだ、お前は信用できん」
「ひどーい」
「酷くない。もし隠れて会っていたりなんかしたら、八つ裂きにするからな」
悪魔らしく目を赤く光らせた。
この赤い目は幹部悪魔の象徴でもある。
もちろん下級悪魔のサキュバスの瞳は黒いまま。
私とはレベルが違うのだ。
「こわいこわい」
茶化すように言うのがなお腹立つ。
「怖いついでに、ここらへんに最近変質者が出るらしいわよ」
「変質者?」
「どうも女の子を襲うらしいわ、気をつけてね」
「気をつけるのは私ではなく、お前ではないのか?」
「誰もあなたになんて言ってないわよ。あなたの可愛い彼女に言っているんでしょう」
「そうか。それは悪いな、気をつけるように伝えておくよ」
「ええ。本当に気をつけてね」
意味ありげな声が耳にこだました。
家に帰ると、エルは帰宅していた。
エルにも考えがあるのか、あれから気配を消すような事はなくなっている。
それでも気配がなくなっていた事実は変わらない。
その理由と原因だけは、絶対に突き止めなければ。
「ただいま」
私の声にチラと見るだけで、返事をしない。
もう無理だ。
邪魔が入らないように、結界を張る。
「いいかげんにしろ」
思わぬ、大きい声が出た。
エルはビックリして目を見開いている。
「悪い大きな声を出して。でも口を利かないのは反則だろ」
「利かないんじゃない。利けないだけ」
「それは同じ意味だろう」
「同じじゃない」
「きっとまた辛い思いをする。それを思うと声が出なくなるの」
エルの目からは涙が溢れていた。
息も苦しそうだ。
その姿を見ていると、ここまで追い詰めていた自分に気が付く。
隠し事をしているのが、こんなにも人を傷付けるとは知らなかった。
エルの為に隠していた事が、エルを傷付けていた事になっていたとは。
「悪かった」
私の言葉にエルは驚いていた。
「私は私なりにお前の為を思って、嘘を付いていた。それがこんなにもお前を追い詰めていたとは知らなかったのだ、すまん」
私の言葉にエルは驚いていたが、それ以上に私自身も驚いていた。
昔の私なら、人間ごときにこんな感情は抱かなかったからだ。
人間は劣るもの。
神や天使達と違い、ただの土の人形。
それに気持ちを汲む等必要のない事。
ただ生きて死に向かえばいい。
本気でそう思っていた。
なのになぜ、エルにだけは心を乱されるのだろう。
最初に聞いたあの懐かしい声のせいだけではない気がする。
知れば知るほどにエルが愛おしく感じるようになった。
この気持ちの意味は分らないが、傷付けたくない。
悲しむ顔を見たくない。
ただそれだけだ。
その為にマレを守り、自分を差し出した。
この私が。
こんな下等生物の為に。
それでも、それが嫌ではないのだから不思議だ。
この2人を守りたいと思う自分が、嫌いではない。
私はエルにサキユバスの正体を教えた。
エルは驚いていたが、すべてを理解してくれたようだ。
これで明日からまた、笑ってくれるといいのだけど・・・。
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