第21話 嘘
今日は朝からすごく天気が良い。
2月だから震えるほど寒いけど、それでも外に出掛けたくなる。
それだけじゃなくて、他にも外に出掛けたい理由があった。
せっかくの日曜日なのに、今日に限ってルーフスは集まりがあるとか言って魔界に出掛けているし、マレは3日前から様子がおかしくて寝てばかりいる。
最近はずっと楽しそうにしていたのに、急にどうしたんだろう?
心配ではあるが、あまりしつこいのはうっとうしいかと思いそっとしていた。
たまにはマレに何か美味しそうなスイーツでも買ってきてあげようかな。
私も気分転換したいし。
上野さんと最後に食べたパンケーキ。
最初の一口以外もう覚えていないけれど、それでもスイーツ巡りの日々は楽しかったな。
ルーフスにバレたらどうしようって焦りであの時は逃げてきちゃったけど、上野さんには嫌な思いをさせてしまったのかと、あれからずっと後悔している。
私なんかにせっかく告白してくれた良い人だったのに。
それを思うと、溜め息だけが出てくる。
久々に新宿へ来てみた。
自宅の最寄り駅から地下鉄で一本なので来やすい。
それだけでなく、新宿は地下街だけで色んなところに行けるので、暑さも寒さも苦手な私にはとても優しい街に感じる。
さて、どこに行こうかな?
あんまり長居をすると帰りの電車が混むから、効率よく買い物しなくちゃね。
高島屋に行って、最後に伊勢丹に寄って帰ろう。
今日の目的はマレへのお土産だから、マレの喜びそうなスイーツでいっぱいにしよう。
新宿三丁目駅から地下通路を通って高島屋に向かう。
あそこは美味しいケーキが多いのよね。
それにチーズケーキも有名だったかな。
マレはチーズ大好きだし、よしそれにしよう。
チーズケーキの店に行くと、ちょうど焼きたてのチーズケーキが焼きあがる直前だったらしく整理券を配っていた。
それを貰いに店の奥に向かう。
その時後ろから聞きなれた声が聞こえる。
声の方向に向かって振り向く私は、見てはいけない光景を目にしてしまった。
そこにいたのは楽しそうに笑う美しい高橋先生と、相変わらずの無表情なルーフスだったのだ。
腕を組んで歩く2人は、とてもお似合いのカップルに見えた。
「嘘つき」
私の心が、音を立てて崩れていったような気がした・・・。
私はチーズケーキを買うのも忘れて、その場から逃げるように立ち去った。
気付いた時には、伊勢丹の虎屋菓寮に入って抹茶を飲んでいた。
もちろん、生菓子付きで。
これだけ見ていると、余裕がありそうなチョイスだ。
とりあえず、美味しい生菓子を口に含み苦い抹茶を流しいれる。
癒されるわ。
落ち着いてきたところで、ちょっと整理してみよう。
ルーフスは今日、魔界の集まりがあると言って出掛けた。
それなのに、新宿で高橋先生と一緒にいるのを見掛ける。
これってどういう意味だろう?
ルーフスが嘘をついたのはあからさまよね。
でもどうしてルーフスは高橋先生とデートをしているの?
たしか付き合っていないって言っていたわよね。
もしかして、そこから嘘だったって事?
うーん。
確かに悪魔は嘘つきがイメージだけれども、そんな嘘を私についてメリットがあるとは思えないのよね。
だって悪魔なんだもん。
言い訳したり嘘をついたりするくらいなら、私を喰っちゃえばいいだけの話でしょう?
冷静に考えると、ルーフスが嘘をつくように思えない。
「エルちゃん?」
呼ばれて声の方を見ると上野さんが立っていた。
「上野さん」
「あれからずっとどうしていたのか心配していたんだ。会えて嬉しいよ」
いつもの優しい笑顔がそこにはあった。
「このあいだは、ごめんなさい」
急いで立ち上がり、頭を下げる。
「謝らないで、こっちこそごめん」
周りが一斉に見たので、上野さんは慌てて前の席に座りながら小声で話す。
「お茶、ご一緒してもいいかな?」
「はい、もちろん」
申し訳なさで、いまいちど顔が見られない。
「嫌な思いをさせてしまったならごめんね。あの話は流してくれると助かるよ」
あの話って、きっと告白の事だよね。
告白自体は嬉しかったのに流してくれって事は、なかった事になってしまうって事になるのか。
ちょっと残念。
「エルちゃんの生菓子美味しそうだね」
「仙寿っていうお菓子で、白餡が入っているんですよ。私白餡が1番好きなのでこれにしてみました」
「そうなんだ。僕はてっきり苺が好きだって聞いていたから、似ている形の桃を選んだのかと思っていたよ」
「桃の形も可愛いですよね。上野さんは何を頼んだんですか?」
「僕は形が面白かったから、蛤形にしたよ。半分食べてみる? これも白餡だよ」
「じゃあ私のも半分どうぞ。こっちの半分は手をつけてないのできれいですから」
「ありがとう。でもエルちゃんの食べかけの方を貰ったとしてもキレイだろうけどね」
イタズラっぽくウィンクしながら笑う。
こういうところ好きだな。
ドキッとさせておいて、冗談っぽく流してくれる。
疲れなくていい。
「そう言えばさっき外から見えた時、すごく難しそうな顔をしていたけれど何か悩み事?」
言われて、途端にさっきの光景が思い返される。
せっかく上野さんと会って楽しい気分になったのに、さっきのルーフスのせいで気分悪い。
「いいんです。たいした事ないから」
自分でも分かるくらい不機嫌そうな顔で答える。
「たいした事ないでしょう? そんな顔して」
諭すように優しく上野さんが言う。
「本当です。上野さんに聞かせるような話じゃないですもの」
「聞かせて欲しい。少しでも君の力になりたいんだ」
上野さんにそこまで言われたら、私も話さない訳にはいかない気分になってきた。
とりあえず、かいつまんで話す。
自分には付き合っている人がいて、その人とある女の人が付き合っていると噂になっている事。
そしてその女の人が付き合っているつもりでいる事。
彼氏に問いただした時付き合っていないと言っていたはずなのに、なぜかその女の人と私に嘘を付いてまで今日デートをしていた事を説明した。
「ひどいな、そいつ」
話を聞き終えると、溜め息混じりに上野さんが言った。
「酷いですよね」
「私もなんとなく同調する」
上野さんに説明しているうちに、なぜだか他人の話をしているかのような気持ちになっていた。
なのでさっきは心が壊れそうなくらいショックを受けたけれど、今はそれほど落ち込みもなく妙に落ち着いている。
よく人に話すと心が軽くなるって言うけど、こんな感じなのかしら?
初めての経験なので、いまいちど良く分からない。
「エルちゃんは優しすぎるよ、もっと怒っていいんだよ」
なぜか今度は上野さんがエキサイトし始めている。
「でも、何か事情があるのかも」
「浮気するのに事情なんて必要ないよ」
「これって浮気ですか?」
「彼女に隠れて他の女の人に会っているなんて、浮気以外のなにものでもないんじゃない?」
私の問いに、不思議そうに聞く上野さん。
「ですよね」
よく分からずに、また同調する。
でもそうすると嘘は付いてはいないけれど、上野さんと2人で会っていた私はどうなんだろう?
2人で会っていたのだから、デートみたいなものだよね?
上野さんはどう思っているんだろう?
一緒にスイーツ巡りをしていた女の子が、まさか彼氏がいたなんて・・・それこそ騙しだよね?
「でも、ごめんね」
急に上野さんが謝ってきた。
驚いて顔を見る。
「彼氏がいるのに、いつも強引にデートに誘って」
「とんでもないです。デートだとは思っていなかったけれど、私もすごく楽しかったから上のさんと行くスイーツ巡り」
「ありがとう。デートだと思われてなかったのはショックだけど、楽しかったなら嬉しい」
「ごめんなさい。でも本当にすごく楽しかったです」
「また一緒に行ってくれる?」
優しい笑顔で聞いてくる。
そんな顔されたら、断るのが心苦しい。
「それは・・・」
「そんな浮気ばかりする男なんて別れて、僕と付き合わない。僕だったら絶対にエルちゃんを悲しませたりしないって誓うよ」
上野さんが優しくしてくれればしてくれるほど、心が苦しい。
だって私には、そこまで言ってもらえる資格なんかないから。
それに真実の私を知ったら、上野さんは間違いなく私に失望し去るだろう。
そんな悲しい思いをするくらいなら、悪魔以外誰とも深く関わりたくない。
ルーフスは決して私からは去らない。
契約と言う鎖があるから。
それがあるから私も、ルーフスには心を許せる。
だから・・・。
「上野さん、話を聞いて下さってありがとうございました。私彼氏に問いただしてみます。嘘を付いてまで本当に浮気をしていたのか」
「分かった。もし何かあったらいつでも相談して。僕はいつだって駆けつけるから」
「ありがとうございます。それでは私帰りますね」
「駅まで送って行くよ」
そういうと上野さんはまた奢ってくれて、地下鉄の駅の改札口まで送ってくれた。
「頑張って」の声と共に。
ホームに降りると、階段の下にルーフスがいた。
とても機嫌が悪そうに私を見ている。
何なの?
機嫌が悪くなるのは私の方じゃない?
「どこにいた?」
階段を降りきった私に向かっての第一声がそれだった。
「それは私のセリフでしょう?」
ムッとして睨み付ける。
「何を言っている、ずっと探したのだぞ」
は?
さっきまで高橋先生とデートしていた男が何を言っているの?
その瞬間、顔色が変わり目を見開くルーフス。
あっ、また私の心の声聞いているし。
もうそれホント嫌。
「なぜ、知っている」
「見たもの。高島屋で」
言ってやった。
ルーフスはいつもの無表情から程遠く、困り顔をしている。
浮気がばれた時の男の人ってこんな顔をするのね。
きっと悪魔も同じなのでしょうね。
「とりあえずここは人が多い、場所を変えるぞ」
そう言ったかと思うと、ルーフスの車の中に移っていた。
これ一瞬で移動できるから楽ね。
「1人分ならな。でもお前と一緒だとそれなりに大変なのだ」
それって体重関係するからとか?
「かもな」
つまらなそうに答えるルーフス。
心の声にいちいち返事しないで聞き流せばいいのに。
「とりあえず、何から話せばいい?」
運転をしながら聞いてくる。
「どうして嘘をついたのかは説明して欲しい」
横を見ず、前だけを見て聞く。
「嘘をついたのは悪かった。ただ本当の事は言えなかった」
「浮気しているから?」
「まさか、あり得ん」
大袈裟に手のひらを上にした仕草をする。
「あり得なくないでしょう、事実嘘を付いてデートはしていたわけなのだから」
「またそこに戻るか。嘘をついたのは謝るといっただろう」
「それ謝っている人の態度じゃないでしょう?」
「まず始めに、私は契約上お前の彼氏であっても、浮気をしないというルールはない。だから私が他の女とデートをしたとしても、お前に嘘をついて会いに行く必要性もない」
「じゃあどうして今回は嘘をついたの?」
言っている事が矛盾している。
「浮気とか恋愛ごとではなく、違う事情だからだ」
「その事情って何よ」
「それは言えない」
「もう。それじゃあ何も解決しないじゃない」
ルーフス言いたい事が分からず、ヒステリックに私は叫んだ。
「解決する必要はない。事実を受け止めればいい」
なにそれ。
散々振り回しておいて、解決する必要がないですって?
それって・・・。
「もう、いいよ」
何だかどうでも良くなって、私はガクッと力を落とした。
気付くと涙が止まらないでいる。
「なぜ泣く?」
車を止めて、ルーフスが顔を覗き込んできた。
それでも相変わらず無表情な顔をしている。
「次はこっちからの質問だ。さっきはどこにいた?」
答えたくない。
解決する気がないという事は、私の気持ちなんかどうでもいいって事だ。
確かに契約しただけの関係の悪魔に、それを求めるのはおかしいかもしれない。
それでも、私は期待していたのだ。
ルーフスは私をちゃんと見ていてくれる。
大事にしてくれるって。
心のどこかで信じていた。
でも、それもみんな私の妄想だったって事。
さっき気付かされたよ。
私はやっぱり1人なのだ。
それ以来、私は口をつぐんだ・・・。
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