第20話 デート

 公園に着いた。

 外から伺う。

 しかし昼時の公園に人影は見当たらなかった。

 おかしい。

 さっき自宅に行ってみたが、マレの姿は見えなかった。

 もう公園にいるはずなのに、人っ子1人いないのだ。

 これは結界を張っているやつがいるな。

 誰だ?

 対人間相手にこの結界を張るヤツはいない。

 きっと私相手に張っているのだろう。

 いいだろう、この私相手にそんな小細工をするとは。

 宣戦布告と受け止めた。

 私は力の限り、公園の結界に穴を開けた。

 空間にヒビが入る。

 やはりな。

 その瞬間、結界の中の時が止まった。

 結界を張ったヤツが止めたのだろう。

 誰だ。

 その顔を拝むために、私は結界の中に足を踏み入れた。

 同時に無数の蝙蝠が外に向かって飛び出してくる。

 次から次へと現れて、中には結界にぶつかるヤツもいてヒビを広がらせていた。

 逃げる気だな。

 捕まえようと必死に目を凝らすが、無数の蝙蝠がそれを遮る。

 くっ。

 とりあえず、相手を捕まえるのは諦めてマレを確保しなければ。

 結界が崩れると共に、無数の蝙蝠の姿は見えなくなっていた。

 そしてベンチに1人マレが寝ている。

 少しやつれているように見えるのは気のせいか?

 私はマレを抱えて自宅へと戻った。


 昼休みが終わるまで、後30分。

 なんとかエルの元に行けそうだ。

 エルを探すと、珍しく屋上にいた。

「遅くなってすまない、もうお昼は食べてしまったか?」

 私の登場に、エルはなぜかうろたえていた。

「ルーフス、来るとは思わなかった」

「早く終わらせて来ると、昨日約束しただろう」

「そうだったね」

「お昼はもう食べたか?」

「ううん、まだ食べてなかった」

「そうか。今日は美味しそうなカツサンドを買ってきたんだ、一緒に食べるか?」

 自宅から戻ってくる途中で、エルの好きなパン屋さんで調達してきた。

「何が好きか分からなかったので、たまごサンドも買ってきたぞ」

 パーッと顔を明るくさせる。

「カツサンドとたまごサンド半分ずつにしてもいい? 両方食べたい」

「もちろん。あと、これ。エルはパンを食べる時は必ずこれと一緒だったろう?」

 エルの愛飲しているカフェオレを渡す。

 まだ色気より食い気のエルは、さっきうろたえていたとは思えないほどパク付き始めた。

 しかし、あのうろたえは何だったのだろう?

 昨日、消えてしまった事と何か関係があるのだろうか?

 かなりその態度は気になるが、今はもっと気になる事がある。

 それが片付いてから、エルの方は手をつけるとしよう。

 それにエルの事だ。

 自分でそのうちボロを出してくれるに違いないからな。


 エルとの昼食を終わらせると、私は真っ先にある場所へと向かった。

「いらっしゃい」

「分かっているな、サキュバス」

「何のこと?」

 いつもの悠々とした態度は変わっていない。

「分かっているはずだ。あの結界はお前の仕業だろう?」

「とりあえずコーヒーを淹れるわね、話が長くなりそうだから」

 コーヒーが淹れられるのを、保健室のベッドに腰を掛けジッと待つ。

 やがて、サキュバスがいつものように美味しそうなコーヒーを手渡してくれる。

「聞きたいことは何?」

 ゆっくりと飲みながら聞く。

「あの結界はどういう意味だ?」

「あら、人の情事を見る趣味でもあった?」

 情事?

 まさか。

「残念だけど、まだ何もしてない。でも例え喰ったとしても私の獲物よ。とやかく言われる筋合いはないわ」

 顔色が変わった私に畳み掛けるように言う。

 その冷徹な目が挑むように私を見ていた。

 この目、どこかで・・・?

 遠い昔にこの目を見た事があるような気がする。

 記憶の欠片にも残っていないほど遥か遠い昔だったような気がする・・・誰だ?

「悪いが、獲物なら他を当ってくれ。あいつは私が人間にした身内のような存在だからな」

 しばらく黙っていたが、サキュバスは口を開くと言った。

「分かったわ、今回はあなたに免じて諦めてあげる」

「礼を言う」

 こうなる事は分かっていた。

 サキュバスとて、私を怒らせる事は得策ではないと知っているからだ。

 それでも、礼を言うのは私なりの敬意の見せ方だった。

「お礼じゃなくて、態度で見せてくれない?」

「それはどういう意味だ?」

 私相手に、この女は何を言い出すのだ?

 ムッとして聞く。

「そんなに怖い顔しないで。私だってあなたの身内とは言え知らずに手を出そうとしたのは悪かったとは思っているのよ。でも久々の獲物だったのを諦めるのはどれだけ悔しいか、同じ悪魔のあなたなら分かるでしょう?」

 また気持ちの悪い猫なで声を出してくる。

「何を求める?」

 とりあえず相手の要求を聞いてみた。

 聞けそうな願いなら聞いてやってもいいしな。

 たぶんマレの代わりの獲物でも捕まえて来いって言うんじゃないのか?

「私とデートしましょう?」

「は?」

 まったくの見当違いの答えに驚きを隠せないでいた。

「私いつもすぐに相手の精気を吸い取っちゃうから、なかなかデートをした事がないのよね。だからデートって憧れるのよ。それにあなたほどの人だとどんなデートをしてくれるのかにも興味沸くじゃない」

「それは悪魔としてのデートではなく、人間界でのデートって事か?」

「当たり前じゃない。悪魔なんてデートしないんだから」

 こいつ、とんだ無茶振りだな。

「お願い」

 あからさまな甘え声が、胸焼けを起こさせる。

「良くは分からないが、分かった。約束しよう」

「本当に? いつ?」

「任せる」

「じゃあ、今度の日曜日」

「分かった」

 さて、エルになんと言い訳して出かけよう。

 今からそれを考えるだけで、頭が痛くなる。

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