第19話 告白

 学校の放課後、最近の私の習慣は学校の最寄り駅の駅ビルに行くことだった。

 そこのロビーでいつも待ち合わせている上野さんに会う為に。

 ほぼ毎日と言ってもいいほど会っている気がする。

「上野さん、遅くなってすいません」

 だいたいは上野さんが先に来ていた。

 いつも壁にもたれながら、持っている小説を読んでいた。

 その姿がなんとも絵になって、すれ違う女性達がみんな振り返る。

「僕も今来たところだよ」

 2週間前に上野さんに頼まれる形でお茶をしたその翌日、本当に偶然に再会したのだ。

 それもここから離れた新宿の本屋さんで。

 これはもう運命としか呼べないでしょうとの事で、上野さんと連絡先を交換したのだった。

「今日はどこに行こうか? 何か食べたいスイーツはある?」

 会う度に私の食べたいスイーツを聞いてくれ、的確に美味しい店に連れて行ってくれる。

「いつも私の食べたいスイーツばかりなので、今日は上野さんの好きなお店に連れて行ってください」

「いいの? 僕パンケーキ食べたかったんだよね。最近ここの近くにフワフワのパンケーキ屋さんができたんだ、そこに行ってみない?」

「私も食べてみたいです」

「やった、じゃあ行こうか」

「はい」

 でもいつもスイーツのお店に行くので、いくらイケメンでも女友達に近い関係だけどね。

 私は新しい女友達ができたみたいで嬉しかった。


「すごい。厚いですね、このパンケーキ」

 デコレーションも可愛いので、思わず写真を撮ってしまう。

 私にしてはかなり珍しい。

 でもこれだけ美味しそうだと、マレにも見せてあげたくなっちゃったのよね。

 今度、連れて来てあげようっと。

「フワフワだよね」

 上野さんは目を細くして満開の笑顔だ。

 メープルシロップを十分に含ませたパンケーキを口に入れる。

 甘さと柔らかさが口いっぱいに広がったかと思うと、一瞬にして消えてなくなる。

 なにこれ噛まなくてもこんなに美味しいなんて幸せすぎる。

「可愛い」

 パンケーキの美味しさにとろけていると、不意に上野さんが呟いた。

 見ると、真っ直ぐに私を見詰めている。

 え?

 これってどういう事?

 今のパンケーキにじゃなくて、私に対して発せられたって事なの?

 いやいやいや、それは自意識過剰ってものかもしれない。

 もうちょっと、様子を見よう。

 ジッと上野さんの目を見返す。

「そんなに見詰められたら、キスしたくなっちゃうんだけどな」

 キス?

 その言葉だけで、顔が真っ赤になっているのが分かる。

「冗談はやめてください」

 やっとの思いで言えた一言だけど、もう上野さんの顔を見る事はできなかった。

「冗談なんて1つも言ってないけど?」

「じゃあ、からかっているんですか?」

「まさか。君が好きなんだ、エルちゃん」

 突然の告白。

 ヤバイ、パンケーキが食べられない。

 あまりにも衝撃的な展開に、心臓がバクバク言っているのが分かる。

「とりあえず、パンケーキ食べようか? 上に乗っているアイスが溶けちゃう前にね」

「はい」

 俯いたままの私には見えないが、上野さんはパンケーキを食べ始めたらしい。

 音だけは聞こえるから。

 でも私は、ドキドキしすぎて喉を通らなくなっていた。

 あれだけ楽しみにしていたのに・・・。


 なんとか半分は食べられたが、結局は食べ切れなくて残してしまった。

 もったいない。

「ごめんね。食べられなかったの、もしかしなくても僕のせいだよね?」

 その通りだけど、申し訳なさそうな顔で言われると困る。

「いえ、私が悪いんです」

 何て言っていいのか分からないので、とりあえず自分のせいにしてみた。

「本当に、ごめんね。でも、さっき言った事は本当の気持ちなんだ。初めてエルちゃんに会った時からずっと気になっていて、会う度にどんどん好きになって気持ちが抑えられなくて、さっき思わず言ってしまったんだ」

 聞いているだけで、また顔が真っ赤になってくる。

「できれば、付き合って欲しい。僕の事をどう思う?」

 改めて聞かれると困った。

 イケメンだけども女友達みたいな感覚だった私は、上野さんを男の人として考えた事はなかったのだ。

 でも、考えても嫌いな理由は思い浮かばない。

 一緒にいると楽しいし、居心地もいい。

 顔もイケメンだし、気遣いもしてくれる。

 彼氏としたら最高にいい人だとは思う。

 それでも私、彼氏いるのよね。

 悪魔だけど。

 ちょっと待って。

 もしかして、この状況って浮気ってやつじゃない?

 私にそんな感覚なかったけど・・・。

 どうしよう、それって契約違反だよね?

 悪魔の契約を違反したら私どうなるの?

 ヤバイ、考えたくない。

 いや、ちょっと待てよ。

 ルーフスだって、高橋先生と付き合っているって言っていたし・・・お互い様よね。

 でも、それを言っていたのは高橋先生で・・・ルーフスは否定していた。

 あらら、これって本気でヤバそう。

 この場合、私だけでなく上野さんまで迷惑かけちゃうかもしれない。

 ここまで来て、やっと私は悪魔を彼氏にした恐ろしさを理解した。

「ごめんなさい、もう会えません」

 私は荷物を持って立ち上がった。

 とりあえずルーフスに見つかる前に、ここから立ち去らなければ。

 少しでも上野さんから離れなければ、巻き込んでしまう。

 お財布から千円札を抜き、テーブルの上に置くと深々と頭を下げる。

 そして顔を見ずに、その場から立ち去った。

「ふぅん、失敗」

 どこか遠くの方で微かに女の人が呟いていた気がする。

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