第15話 誤解は誤解を呼ぶ

 今日は月に1度のママに会える日。

 この日以外の面会は、私にだけは許されていないのだ。

 実の娘なのに悲しいけれど、ママの状態を見たらそれも仕方ないとも言える。

 ママに会える日は、必ずツインテールにするの。

 この年で幼く見えるから普段はしないけれど、昔ママがいつもしてくれた髪形だったから思い出のヘアスタイル。

 でも自分でやるにはこの髪型なかなか難しいのよね。

 特に左右のバランスが。

 もうかれこれ鏡の前で一時間も奮闘している、そろそろ腕が疲れてきたよ。

「おまえ、本当に不器用だな」

 後ろでずっと見ていたルーフスが呆れ顔で言う。

 マレは結ぶ途中の揺れる髪にじゃれつこうとしたので入室禁止にした。

「結ぶのは簡単だけど、意外と左右のバランスを良く見せるのは難しいんだから」

「そういうものか? ちょっと貸してみろ」

 手からブラシとヘアゴムを取ると、私の髪を梳かし始めた。

「せっかくの綺麗な髪なのだから、こんなふうに優しく梳かないと頭皮を傷つけるぞ」

「はい」

 ルーフスのブラシがあまりにも気持ちよくて、私は素直に返事した。

「さあ、これでどうだ?」

 鏡を見ると、綺麗にツインテールになっている。

「ルーフス、器用なのね。ありがとう」

「お前が不器用すぎるだけだ」

 つれなく答える。

 マレに留守番を頼み、外に出ると真っ赤な車が置いてあった。

「この車って?」

「買った」

「え?」

「先月行ったが、母親の病院はかなり遠かったから移動するのに疲れた。これなら楽だろう? 悪魔は普段は一瞬で行動できるのだが、人間に合わせなければいけないからな」

そう言うと、助手席のドアを開けてくれた。


「でも知らなかった、ルーフスが運転できるなんて」

「人間が作ったものくらい、取り扱えないはずがないだろう?」

 相変わらずの無表情で答える。

 その理屈は良く分からないけれど、寒さに弱い私の身体には本当に助かった。

 寒いというだけで、私の身体の機能はかなり制限される。

 血管が寒さで縮むせいなのだろうか、バテる速度がかなり早い。

 それを暖かい環境の車の中で移動できるとは、本当にありがたいのだ。

 歩く速度といい、車といい、ルーフスはいつも先回りして私の身体を考えてくれる。

 悪魔なのに優しいよね。

 時々、悪魔だって事を忘れそうになるもの。

 だけど、4年後は確実に喰われる運命。

 きっとそれまでは、飽きない限り大事にしてくれるのだろうな。

 飽きられないようにしないと。

 でも、どうやって?

「まずはその辛気臭い顔をやめてみたらどうだ?」

 唐突にルーフス。

 また心の声聞いているし。

「辛気臭くて悪かったわね、どうせ生まれつきこんな顔です!」

 イーッと嫌な顔を向ける。

「そんな事はないはずだ。お前の笑顔は素直に可愛いからな」

 こういう事をスラッと言えちゃうのって、やっぱり悪魔っぽい。

 でも、辛気臭い顔をしていたなんて思ってもみなかった。

 そりゃあ、決して明るい顔だとは思ってなかったけど。

 明るい顔といえば、やっぱり高橋先生だよね。

 あの顔はちょっと、ハードル高すぎるよ。

 一気にテンションが下がる気がした。

「喉渇かないか?」

 私が急に静かになったせいなのか、ルーフスは私の好きな無糖紅茶のペットボトルを渡してくれた。

「すごく冷たい」

「こう暖かいところにいると、冷たい物が欲しくなるだろう?」

「うん」

 この悪魔、気遣いの塊ね。

 彼氏と言うよりも、執事って感じ。

「ねえ、ルーフス」

「なんだ?」

「ルーフスの好きなタイプって高橋先生?」

「いや」

「え、でも保健室にしょっちゅう行っているじゃない」

「よく知っているな。でもそれと好きなタイプとどう繋がるのだ?」

 不思議そうに聞くルーフス。

 でも、それって高橋先生だけが付き合っているって思っている事?

「保健室には何しに行くの?」

「コーヒーをご馳走になっている。あいつの淹れてくれるコーヒーはなかなか格別だからな」

 あいつ?

 何その親しい呼び方。

 それなのに付き合っていないって、酷い。

 高橋先生を弄んでいるって事?

「コーヒーを淹れてくれるって事は、高橋先生はルーフスの事を好きなんじゃないの?」

「あいつが? まさか」

 ルーフスが笑い飛ばす。

「でもでも、高橋先生は嬉しそうな顔をしているでしょう?」

 ルーフスが高橋先生の気持ちに気付いていないだけなのかもしれない。

「そりゃあ嬉しそうな顔はするだろう、あいつはそういう女だからな。もうクセみたいなものじゃないか?」

 それ、どういう意味?

 その言葉に、私の知らない顔を見せられた気分になった。

「それに、恋愛なんて愚かな事を私がするはずはないだろう」

 最後に決定的な一言が、私を完全に打ちのめした・・・。

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