第12話 歩調
さすが、クリスマスの遊園地は人ごみが半端ない。
その多くはほとんどがカップルだけどね。
みんな幸せそうに寄り添って歩いている。
この遊園地には、きっと幸せしか溢れていないのだろうな。
私も今すごく幸せ。
最初の予定とは違って3人で来ることにはなってしまったけれど、それでもマレとルーフスと一緒に昨日に続いて今日のクリスマスも過ごせるのだもの。
もうこんな気持ちにはなれないだろうと思っていたから、今は素直に嬉しい。
例え、それが20歳にすべてが終わるとしても。
今は素直にこの時を楽しもう。
「僕も幸せ。エルがニコニコしていると僕も楽しいよ」
繋いだ私の右手を前後に揺らしながら、マレがとびきりの笑顔で言う。
私の心の声を聞いていたという事実は、もうスルーしよう。
いいかげん、突っ込み疲れたし。
「ありがとう」
「ルーフスは? ルーフスは幸せか?」
あどけない笑顔が、私の左側にいたルーフスに向けられた。
「私は幸せかどうか分からない。ただエルの笑顔はホッとする」
ポツリポツリと考えるようにルーフスは答えていた。
その言い方が、悪魔らしからぬ誠実さを伝えてくれる。
「私はルーフスの笑顔が見てみたいな。まだ一度も見た事がないのよね」
「僕も見た事がないけど、別に興味ないや」
意外とルーフスには冷たいマレ。
まあ飼い猫だったわけだから、飼い主の私にしか興味がないとしても頷けるかな。
「笑顔か・・・。想像できぬ」
その目がすごく悲しそうで、私にはそれ以上言葉を続けられなかった。
「僕あれ食べてみたい」
「また?」
「お前、さっきから食べてばかりじゃないか」
「でも食べる」
目の前で並んでいるキャラメルポップコーンを指差してマレが駆け寄る。
入園してから2時間が経過しようとしているが、マレが次から次へと食べもの屋を見付けては食べまくるので、まだ1度も乗り物に乗れていないのだ。
「ルーフス、はやくはやく」
並んだかと思うと、ルーフスに手招きする。
当然猫だったマレがお金を持っているはずもなく、いつのまにかルーフスがお財布役となっていた。
興味ないくせにチャッカリしている。
手招きするマレに追いつこうと私も早足で歩く。
「大丈夫だ。そんなに急いで歩かなくていい」
そんな私の肘を掴んで止めるルーフス。
「でも、早く行かないとマレが困っちゃう」
「そうならないように、私が食い止めておくから」
そう言うと指先を鳴らす。
その瞬間、何かが起こった・・・ような気がする。
それが何かは分らないが、違和感だけが残った。
「何をしたの?」
「時を止めた。これでお前が急ぐ事はなくなっただろう?」
ああそうか、違和感はこれだ。
すべての動きが止まっているのだ。
あんなに落ち着きのなかったマレも、今は微動だにしない。
「でも、どうして?」
私が急げばいいだけのような気がするのに。
「さっきからお前の歩調は異常にゆっくりだ。きっと理由があるのだろう。だからお前が慌てて急ぐ必要がないし、そんなお前を急がせたくはないのが本音だ」
その言葉で、私は気付いた。
今日の私、疲れていない。
こんなにも歩き回っているのに、少しも息が乱れていない事に今更ながら気付く。
そうか、私の歩調に2人が合わせてくれていたのだ。
2人の思い遣りが嬉しい。
そうこれが私の勇気の出ない原因。
生まれつき心臓が悪く、人に合わせて歩くと息が乱れ唇は紫色に変化していく。
歩くことでさえこうなのだから、もちろん走る事は絶対にできない。
すぐに倒れてしまうから。
そんな私を心配しているうちに、人は私から去っていく。
自分と同じ健康な人と行動をしている方が心配もせず、きっと一緒に楽しめるからだろう。
それは仕方のない事なのだから。
だからこうやって誰かと遊園地に来る事なんて一生ないと思っていた。
ましてや、男の人とデートするなんて事も。
それなのに今の私、誰もが振り向くようなイケメン(悪魔だけどね)と美少年(元は猫だけど)とデートしているのよね。
「ありがとう」
「お礼を言う必要はない。女性を大事にするのは男のマナーだからな。だからマレもお前ではなく私を呼ぶのだろう。ただ少々調子に乗りすぎている感は否めないが・・・初めての外出ではしゃいでいるのだろうから、今日だけは目をつむろう」
相変わらず淡々と話すルーフスは無表情だけど、言葉に温かみを感じられるからそれだけで嬉しかった。
彼氏との契約をまっとうしてくれているだけなのかもしれない。
それでもルーフスの行動や言葉の一つ一つが、私の心を癒してくれる。
私でも、大事にしてもらえるのだと。
例えそれが契約からだとしても、パパやママからも捨てられた私を大事にしてくれようとする人(悪魔だけど)が側にいてくれる。
それだけで、私ルーフスを召喚して良かった。
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