第8話 たまごサンド

 今日のランチはちょっと奮発して、学校の最寄り駅の近くにあるパン屋さんのたまごサンド。

 ここすごく美味しいって評判で、特にたまごサンドが他ではあまり見かけない出し巻きたまごになっていてボリュームたっぷりでジューシーって噂。

だから前日から予約しておかないと買えないのよね。

 もちろん、値段もそれなりにする。

 高校生のお小遣いからは頻繁に食べられる代物ではない。

 それでもたまには、ね。

 最近お昼になると、私がどこにいようともルーフスが嗅ぎつけてくるようになった。

 字面だけ見るとなかなか物騒な光景だが、ルーフスはただ食べながら横に座るだけ。

 それはパンだったり、おにぎりだったり・・・1度、学食のうどんと共に現れたときは驚いたけど。

 そんなふうに、ただ食べながら側にいるだけだった。

まるで私の心に寄り添うかのような優しい時間。

 最初はすごくその時間がたまらなく嫌だったけどね。

 だって目立つし・・・私みたいな地味な生徒が校内一人気のある先生(不思議な事に顔だけではなく先生として評価が高いのよね)といるだけで、どれほど僻まれるか。

 ましていつも一緒のところを見られて勘ぐられても、私の穏やかな高校生活はその時点で終わってしまう。

 とりあえずは何事もなく卒業したいじゃない?

 親の呼び出しとか困るし・・・。

 だから最初は本気で昼休みは逃げ回っていた。

 それでも毎日毎日嗅ぎ付けられちゃうのが困り物だけど。

 それなのに不思議な事に最初の食堂での時以外、生徒達がルーフスを取り囲むという光景は見ていない。

 それがどうしてなのかは未だに分からないけども、最近はそういう事もあって安心したせいかルーフスとのこの時間を素直に楽しめるようになった。

 ずっと1人で食べていたあの時間が、今ではもう信じられないくらい。

 それにルーフスに嗅ぎつけられないように毎回の移動を考えるのも、かくれんぼみたいで楽しくなってきちゃったしね。

 こんなふうに私でも楽しい時間が過ごせるようになるなんて。

 と言う事で今日のランチは楽しい時間を共有してくれているルーフスに、ちょっとしたご褒美として一緒に食べるために美味しいたまごサンドを買ってきた。

ここのところお昼時間を過ごして気付いたのだけど、ルーフスは食べるものに興味があるみたい。

味にと言うよりも、食べた事のないものを食べて見たいという好奇心の方が強いみたいだけどね。

それで毎回食べるものが違うよう。

でもたまごサンドを食べているのは見た事がないから、たぶん初めてなはず。

美味しいって言ってくれたらいいな。

けれど心待ちにする私の予想とは違って、ルーフスはその日の昼休みは姿を見せる事はなかった。


 なんだか気分が悪い。

 気持ち悪くて吐きそうだ。

 原因はきっとお昼のたまごサンド。

 ボリュームがあるにも関わらず、ヤケになって2ついっぺんに食べたせいだ。

 基本少食で、その上アッサリ系を好んで食べている私にとってどれだけ重いか。

「先生、気持ちが悪いので保健室に行ってもよろしいでしょうか」

 やっとの思いで先生に告げ、保健室へ向かう。

 一緒に同行してくれるという保健委員の生徒を断り、1人で壁を伝いながら歩く。

 もうすぐ試験だと言うのに、私なんかの為に授業を抜け出させなくちゃいけなくなるのは心苦しいものね。

 しかし今更後悔しても遅いが、胃が圧迫されているせいか胸が苦しい。

 ヤバイ。

 胸の苦しさと胃の痛みで、額には脂汗がジットリと浮かんできだした。

 見えなくても顔が青ざめてきているのが分かる。

 早く、保健室へ行かなければ倒れそうだ。

 こんなに痛い思いをするのって久しぶりかも。

 この痛みが自業自得なのも辛いところだ。

 渡り廊下を曲がってやっと保健室が視界に入った瞬間、なぜか身体がフワッと浮いた。

 見るとルーフスが私の身体を抱きかかえている。

「ルーフス」

「なぜ呼ばぬ」

 無表情だが、声は怒りを帯びていた。

 もしかして心配してくれている?

「別に呼ぶほどの事じゃないから。保健室で休めば大丈夫」

 それでも目も合わさずに素っ気無く答える。

ってか、こうなったのは誰の責任よ。

 ルーフスが昼休みにこないから2人分食べたせいじゃない。

 そりゃあ約束なんかしていないけども、毎日一緒に時間を過ごしていたら期待しちゃうに決まっているでしょう。

「保健室なんか行かなくていい。俺が治してやる」

「え」

 そう言ったかと思うと、一瞬にして景色が変わり私は自分の部屋にいた。

 その時、遠くから微かに舌打ちが聞こえたのは気のせいだろうか・・・。


「寝ろ」

「いやいやいや。学校」

 意味の通じない単語しか出てこない。

「とりあえず横になれ」

 先程よりも強い口調に逆らえず、制服のままベッドに横たわる。

 徐に胸の上でかざした手が、私の身体をジンワリと暖かく包んだ。

 少しずつ痛みが解けていく。

 なんだろう?

 なんだか、この感覚が懐かしい。

 そっか。

 小さい時に、いつも父親がお腹をさすってくれていたのを思い出す。

 身体の弱かった私はちょっとした事で寝込む事が多く、その度に父親が安心させるかのようにお腹をさすってくれていたのだ。

 パパが帰ってこなくなってバラバラになってから、もうこんな事はないと思っていたのに。

 今はルーフスがしてくれるのね。

 なんだかおかしくなって、私は少し笑った。

「痛みは取り除いた。だが今日はもう横になっていた方がいい」

 あ、治すってこういう事か。

 これなら保健室より確実だわ。

 さすがルーフス、マレも人間にできるだけじゃないのね。

「でも先生に何も言ってきてないし、荷物だって置いてきたままだから帰らないと」

「それくらい、どうにでもなる。安心して寝ていろ」

 相変わらずの無表情だが声に怒りはもうなく、今はなんだか優しささえ感じる。

 そして寝たままでいられるように一瞬にして制服から部屋着に着替えさせてくれる。

 気が利く悪魔でありがたい。

「たまごサンドが食べられないとは惜しいことをした。今度は俺が買ってくるから、その時には一緒に食べよう」

 さっきの心の声、聞いていたわね。

 でも反省しているなら、今回だけは許してあげる。

 もちろんその約束を守って、ルーフスが買ってきてくれたらの話だけど。

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