第4話 悲しみ
吐く息がもう完全に白くなってきた12月。
ルーフスを召喚した衝撃的な日からは想像できないくらい、のんびりとした退屈な日々が続いている。
今日も普通に学校で授業を受けて帰るだけの日々。
今では、あれが夢だったのじゃないかしらと思えるほど実感がない。
まあ、あれだけの整った顔夢じゃなければおかしいしね。
それでも耳に残るあの言葉が、あの出来事を夢じゃないと思い出させる。
「なにかあったら呼ぶがいい」
低く抑揚のない声だったけれども、私だけに言ってくれたあの言葉。
それだけでも十分トキメク。
とは言っても何もない生活でルーフスを呼び出す必要性が分からないし、彼氏になってといっても16歳としてはかなりの幼さの残る私にお付き合いのイロハが分かることなんてなく、気付いたら日々だけが過ぎていってしまったというのが現状。
20歳のリミットは確実に近付いているというのに・・・。
ルーフスも会いに来ないし、どうしたらいいのこれから。
もう分からない事ばかりで、ショートしそう。
帰宅しようと昇降口に移動しながらも、心の中で密かに悶絶している私の耳に歓声が聞こえた。
?
なんだか騒がしい。
下校時間だというのにけっこうな数の生徒達が、職員室の廊下にひしめきあって覗いているのが見える。
女生徒達の黄色い歓声。
不思議に思いつつも、私は確認する事なく帰ることを選択した。
だって苦手なのだもの、黄色い歓声をだす人達って。
どうしてあんなにも感情を大袈裟に出せるのかしら。
私には恥ずかしくて、とても真似出来ない。
だって感情を惜しげもなく見せられるって事は、感情的な自分ですって言っているようじゃない?
それだと理性を感じないし、人間である必要性さえもないように思える。
あの中に混じって、同じ人種に見られたくないしね。
それにきっとあの中に入っていける自信がないから・・・。
次の日になっても学校は朝から賑やかだった。
校舎に入った瞬間、昨日の続きかと思うくらい黄色い歓声が飛び交っている。
見ると、また職員室の廊下の前で何人もの生徒がひしめきあっているらしい。
それは人で溢れかえって、廊下が行き来できない状態にまでなっていた。
その数、昨日の比ではない。
どうしよう。
職員室の先に教室があるので、私は途方にくれてしまった。
仕方ない、人が引けるまで待つか。
そう諦めて立ち尽くすと、職員室から学年主任の先生が出てきて生徒を追い払ってくれた。
不服そうにバラける生徒達。
その中にクラスメイトの子がいて、私を見つけると近寄ってきた。
「ごきげんよう、三上さん」
「ごきげんよう」
この学校は都内でも有名なお嬢様学校で知れ渡っている。
偏差値のレベルもそれなりに高いので、家柄も申し分ないお嬢様達ばかりらしい。
もちろん私もパパが大学教授なので、庶民だけどもそれなりのお嬢様だと思う。
だから挨拶は、すべてが「ごきげんよう」
「この時期に、新しい先生ですって」
クラスメイトが続ける。
「へえ、何の教科かしら」
「さあ。詳しくは分からないけれど」
どこか嬉しそうだ。
「新しい先生が来たくらいで、こんなにも大騒ぎするものかしら」
私の問いかけに、クラスメイトはふっと頬を赤らめて笑った。
「とても素敵な若い男の先生だからですわ」
珍しい。
この学校は女子高であるが故なのか、若い男の先生はいなかった。
ほとんどが女性教師で、男の先生がいても年の召した方しかいらっしゃらなかったのだ。
たしか少しでも生徒達の親に不安を感じさせないように、若い男の先生は雇わないと入学式の時に聞かされた記憶がある。
きっと私立だから、どなたかの縁故かもね。
考えても分からない大人の事情は考えるだけ無駄と言うもの。
それよりも、みんながあんなにも騒ぐ素敵な先生ってどんな人なのだろう。
私にも関係のある先生だといいな。
教える学年が違ったりすると、関わる事さえできない先生もいるしね。
しかし、その願いは1番最悪な状態で叶えられるのだった・・・。
昼休み購買でパンを買い損なったので、仕方なく食堂に向かうことにした。
いつもは購買でパンを買って中庭で食べたりするのだが、たまには暖かい食事も悪くはないかと思いなおす。
入学してすぐにとある事情で高校生活に躓いてしまった私にとって、昼休みが1番苦痛の時間になっていた。
気付いた時にはどのグループにも入れずに、着かず離れずの関係性しか築けなくなっていたのだ。
それなので親しい友人も出来ず、食事さえも一緒に食べてくれる友さえいない。
食堂に着くと案の定、誰も彼も楽しそうに談笑しながら食事をしていた。
だよね。
1人なのだと改めて思い知らされる。
誰かと一緒にご飯を食べる。
こんな簡単な事が私にはできない。
きっと、たった一言が言えないからだ。
「一緒に食べない?」と、言える勇気が。
断られたらどうしよう?
その恐怖が先に立つ。
だから私は逃げたのだ。
そんな思いをするのなら、1人でも平気と。
本当は1人でいるのは淋しくて悲しい。
でも勇気のないものに嘆く資格はないのだ。
悲しむ事さえも。
私は弱者だ。
弱者に手を差し出すものなんていない。
それが現実。
今の私にできる事は軽く食べ終わりそうなうどんを選んで空いている席に着き、少しでも早くこの場から立ち去る事。
悲しいけれど、それが1番楽な答え。
「ここにいたのか」
その瞬間、誰かが目の前に座った。
驚いてとっさに顔を上げる。
そして私は豪快にうどんを吹いた。
「おい」
相手はそんな私に冷静な声で、顔に飛んでしまったうどんをハンカチで拭っている。
「ルーフス」
そこには黒いスーツに身を包んだ悪魔が座っていた。
「相変わらず落ち着きのないヤツだ」
「どうして学校に」
「お前が彼氏になれと言ったのだろう」
「学校と彼氏とどんな関係があるのよ」
「彼氏とは恋人のことだと教わった。恋人は常に一緒にいるものだろう? お前がいつもいるのは家とここだからここに来たのだ、お前の側にいる為に」
え?
私の為に?
不覚にもトキメク。
「だからと言って学校に来たらダメじゃない」
悪魔のくせに、なに真面目に任務を遂行しようとしているのよ。
いや、それはいいのか。
それよりもこの状況を誰かに見られたら、私どうしたらいいの?
ハッキリ言って、私完全にテンパってます!
それなのにルーフスったら平然と学食のしょうが焼き定食を食べているし、意味が分からない。
ってか、悪魔も食事する事に驚きだわよ。
「冷めるぞ」
私が頭を抱えているのを見て、不思議そうに小首を傾げて教えてくれるルーフス。
いやいやいや、なに冷静に不思議がってくれているのよ。
そんな私の耳に黄色い歓声が聞こえた。
ゆっくりとその声の方向を振り向くと、生徒達が数人ルーフスを見て騒いでいる。
ダメだ・・・終わった。
思わず目を瞑る。
「先生、何を食べていらっしゃるの」
「しょうが焼きらしいぞ」
先生?
ルーフスはキャーキャー歓声をあげている生徒達に囲まれ、無表情でしょうが焼きを黙々と食べている。
「先生?」
恐る恐る呼んでみる。
「何だ、エル」
もしかして、新しく来た先生って・・・。
「そうだが」
!!!!!!!
私は声にならない叫び声を心の中であげた。
何この状況?
カオス過ぎて理解不能。
それよりも、心の声に返事しないでよ。
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