第67話 北の地の結晶


-Ivy-



 あの後、エヴァンの持ち帰った沼の水を解析するために団長へと報告に上がり、団長自らも警備団総本部へと向かわれた。

団長からの指令で、解析結果が警備団総本部から伝えられるまでは一時休息をとることとなった。


自室に籠る者、鍛錬に励むものと過ごし方は様々(俺は訓練室にこもりっきり)だが、他の部隊の状況を伝達役から聞くも、事態はあまり芳しくないようだ。


帰還後、エヴァンも書庫に籠り、100年前の事態についてもう一度洗いなおしているようだ。



「(解析結果は早くてもあと2日はかかるらしいし、吸い込まれた隊員たちも気がかりだ)」


 

 もやもやと様々な考え、情報が頭の中を通り過ぎていく。

一度頭を冷やそうと訓練室を後にし、ふらりと食堂へと向かった。



〈食堂〉


 ふらりと立ち入った食堂で見慣れた横顔を見つけ、近づいた。



「エヴァン」


「…ん?」


 相変わらず赤い肉の塊を貪っているエヴァンがいた。


「食うか?」


「あー…、今はいらない」


「そうか」



 互いに多くは語らず、エヴァンはと言うと手元の古い文献を片手にしかめっ面だ。


「(俺もなんか食べようかな…。できればさっぱりしたものを)」


 壁に掛けられたメニュー表をぼーっと眺めていた、その時。



キュオ―――――ン


 

 遠くから聞こえてきたその音を聞いた、食堂にいた俺達を含めた隊員が皆勢いよく席を立った。


「今のはカレンさんのドラゴンの鳴き声だ!!!」


 だが、いつもの帰還の際に発している声ではない。

もっと焦っているような、そんな声だ。


一斉に窓に駆け寄り、ドラゴンを探すと北北東の方角からカレンさんのドラゴンを筆頭に、エドワードさんとそのドラゴンの他、北へと向かっていた隊員と数体のドラゴンの姿が確認できた。


「アイビー!!」


「今行く!!」



 脇目も振らず、皆一目散に広場を目指して駆けていく。

俺も、エヴァンも。そこかしこから隊員たちが集まってきた。



キュオオオオ


 先程と同じ声が地響きと共に耳に届いた。

どうにか着地は出来たらしい。


人で溢れた広場に滑り込むと、数体のドラゴンは地面に横たわっており、かろうじて立っているドラゴンも多数の傷が目立つ。カレンさんとエドワードさんに至っては体の至る所に凍傷後のような傷が見られる。



「アイビー!俺は薬室からありったけの薬草を取ってくる!」


「わかった!あればヴェルメ草も持ってきてくれ!」


「了解した!」


 

 この状況を瞬時に理解したらしいエヴァンはキュッと踵を返し、薬室へと向かっていった。


薬草を持って戻るまでには少し時間がかかる。それまでの間にできる限りの処置を施さないと、手遅れになる。



「今この中に回復術の使える奴はいたら手を挙げろ!

少しでもいい、まずは傷を塞ぐんだ!!」





-Karen-



 異端者について調査が始まり、各地を回っていた時、パートナーのアルティアが感知した今まで感じたことのない魔力を感知した。


前線に立っていない団長殿は気づいていないようだけど、アルティアは何かをしっかり感じたみたい。


その"何か"は北からとても強く流れてきているようだった。


 他にこのことに気付いている者はいなかった。

だからアタシが北へ向かい確認することにした、のだけれど北に踏み込んだ時点でその"何か"はアタシ達にすぐ襲い掛かってきた。


 その"何か"は〈水〉を操っていた。北という場所も相まって、此方の戦力はどんどん削られていった。


 やられっぱなしじゃ上級の肩書が廃る。

そう思って、ひたすら"何か"の正体を探った。



…〈水〉の使い手なら〈地〉の部下を一人でも連れてくればよかったわ。

今更言っても仕方ないケド。



 どれくらいの時間が経ったかわからないけど、騎士団からエドが〈火〉の部隊を引き連れて応援に来た。


「アイツは〈水〉の魔力の持ち主よ。エドとは相性が悪すぎるわ」


「それでもカレンさん一人よりまだマシでしょう?!」



 見えない"何か"は、その位置を辿られないように無作為に攻撃をしているようで、一向に居所がつかめない。でも、その時だった。


「カレン様!一旦引きましょう!」


 そう叫んだ部下の姿が一瞬にして凍り付いた。



 目を凝らして見ると、結晶化した〈水〉がある洞窟から発せられているのが見えた。その洞窟の場所だけを確認して、凍り付いた部下の救出に切り替えた。



「エド!これじゃあ一向に埒が明かないわ。やはり一度引き上げるしかないわね」



 凍り付いてしまった部下たちを何とか南の方角へ向かわせ、後はアタシとエドのみ。距離を取ろうと後退した時、


アルティアの動きが止まった。


「な、に…」



 止まったのはアルティアだけじゃなかった。アルティアに跨っていたアタシも、周りにいたエドも身動きが取れなくなっていた。状況を確認すると、先ほどの結晶のせいでアルティアは胴体の半分から下が凍ってしまっていた。



「アルティア!」


 削られすぎてもうほとんど残っていない魔力を剣に込めてアルティアの結晶を破壊した。その反動でアタシの身体は近くの氷山に打ち付けられた。


 飛行力を一時的に失ったのかアルティアは真下の海に向かって急降下していった。

アタシは今だ腰から下が結晶化したまま、氷山の上から動けない。



 海に沈む、間一髪のところでエドのパートナーがアルティアの首元を咬んで引き上げた。


 その間にも無作為の攻撃は止まらない。

そうこうしているうちにその攻撃はどんどんと細かくなっていく。



「カレンさん!」


 エドは自らの腕の結晶を破壊するでもなく、ドラゴンから飛び降りて氷山の一角に降り立ち、結晶を破壊した。


「ぐっ…!」


「…エド!アンタ先に自分の腕をどうにかしなさいよ!」


 どうやらこの結晶はある一定期間放置していると結晶化が進んでいくようで、アタシの結晶を破壊するまでのほんの少しの間に、左肘周りから左上肢全体を覆い尽くすまでになっていた。


「…っ自分の身体よりカレンさんに傷が残ったら俺、一生後悔します!」


「何言ってんのよ!!


…いますぐこの山から離れなさい!総員退却!!」



 氷山に背を向け、アタシ達は命からがら北の地を後にし、ひたすら南を目指した。




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