第64話 土人形



 聞いていた通り、沼の底からあの黒い魔力が溢れているような感じがする。

…森で感じたよりも数倍濃いような感じもするが。



「ルイス、この下には何が居ると思う?」


 隣に立つルイスに話しかける。

2人とはだいぶ距離があるから普通に声に出していても平気だろ。



『そうですね…。魔界とはまた違った空間の匂いがします』


「やっぱりそうだよな。吸い込まれたって話しだし、この沼の底ではなく既に別の次元、もしくは空間に飛ばされてるだろうな」


 しばらく考え込んである決断を下した俺の意思を汲み取ったらしいルイスは、鼻先で俺の身体を持ち上げ、自身の背中に放り投げた。



「…ルイス」


『もちろん私も行きますよ。なにかご意見でもありますか?』


 背の方を振り返ることもなく、既に沼の上に飛び立とうとしていたが、そういえば、と思いだしたことがあり上空の二人に見えないよう沼周辺にそびえ立つ林に姿を潜めた。


「…いや。そうだ、行く前に鱗を2枚貰っとくな」


 尾の方の生え変わる直前で取れかかった鱗を2枚摘み取り、1枚は掌で粉状にして風に乗せてその辺に振りまいた。

もう1枚はルイスの〈火〉と俺自身の〈土〉と少しの〈闇〉の魔力を込めて俺とルイスを映し出す鏡を創り、土人形ゴーレムの呪を唱えた。


すると鱗に映し出された俺とルイスと瓜二つの土人形ゴーレムが形成された。


これで、今からこの穴に飛び込んでも、俺とルイスの魔力で作られた土人形ゴーレムがコピーとして本体と性格・話し方・気配など寸分違わぬ動きをする。


本体と見分けるには、土人形ゴーレムと本体が言葉を交わしたときに土人形ゴーレム側が壊れる他ない。



 そしてこの土人形ゴーレムを木々の間に隠しておき、沼の淵に再び降り立った。


『そうですね、保険としては最適だと思います。

沼が口を開くタイミングで飛び込みますが、よろしいですか?』


「あぁ。…3、2、1今だ。行くぞ」


 沼が口を開いた瞬間に、ルイスの飛行部隊として持ち合わせている急速度で沼に飛び込んだ。

そのスピードは最大限の内のほんの一部に過ぎないが、ヒトの肉眼では追えず突然の突風くらいにしか感じられない。ドラゴンの内でも、飛行部隊で訓練を積んでいる者でないと誰が、という認識はできないという。


 外の世界のことは自信作の土人形ゴーレム達が適当にしてくれるだろう。

風の便りが届く範囲でなら、此方の思っていることをそのまま伝えることもできる優れものだしな。



‐Ivy‐



 たった二人で沼に近づき、付近の魔力と比べて感知を行っているらしいエヴァン達を大分離れた上空から見守っている俺達二人も、辺りに漂う魔力の感知を行っていた。


辺りに漂っているのは、どういった周期で開くのかが謎な沼からの魔力がほとんどで、他の俺達の魔力は妨害されているようで、仲間のものらしき魔力は一切感じられない。


 そして、何度目かの沼が開いた瞬間にどこからともなく突風が吹いた。



「きゃあっ!」


「うおっ!」


 その突風は風の気流が見えないほど早く、中高度上空にいた俺達はやや流されながらも、エヴァン達の姿を探した。今の突風で沼に吸い込まれていないかを確認するために。


あのドラゴンの大きさなら早々飛ばされることはないかもしれないが、あの沼の近くなだけに、一瞬冷や汗が伝った。



「アイビーさん!沼の近くの林の中!」


 飛ばされたことによって多少距離が空いてしまったが、リグの高い声は小さいながらも聞きとることができた。


指摘のあった沼の近くの林の上から下を見下ろすと、確かにエヴァンとドラゴンの姿を発見した。


 と、無事感知が終わったらしいエヴァン達は何食わぬ顔で俺たち2人のいる林の上まで戻ってきた。


「あっぶねー…、今の突風で飛ばされなかったか、二人とも」


「ちょっと横に流されたりはしたけど、飛ばされる程ではなかったぞ。

そんなことより、お前たちは大丈夫か?」


「あぁ。オレの〈風〉の魔力で沼の水を囲って取ってきた。

この球体の中にいる限りは結晶石の効力もあって、一度中に入ってしまえば中から出ることは不可能だ。

これをそのまま騎士団に持ち帰り、団長の判断を仰ぐ。

それでどうだ?」


「…そうだな。

上からも沼が開く様子を見ていたが、隊員たちがいる気配はしない。

それに、この辺り一帯も沼から溢れる魔力が強すぎるのか、仲間の魔力でさえも感知できないほどだ。

迂闊に飛び込めばどうなるか全くわからない。

エヴァンの言う通り、ひとまずこの状況を騎士団に報告するのが最適だろう」


 

 と、判断し、俺とリグで挟むように隊列を組み、帰還の経路を辿った。


何の違和感もなく、3人で。

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