第36話 山の裏側に



 山の全体を見渡せるほどの高さまで上昇し、山の裏側へと向かった。

森から見た表の山は入り口のみが黒くなっていて、山肌は変化していなかった。


じゃあ裏側はどうだ?


山の裏にはまだまだ森林が広がっているが、裏にも入り口がないこともない。


と、いうのも、半年ほど前任務でこの森に訪れた時、土竜モグラ族の一家と成り行きで知り合いになってな。


巣穴が木の根にできることから、探せば出会えるかもしれない。



「土竜、ですか。

彼らは地中から出て姿を現すことは少ないですから、僕ら見たことないです」


「俺も偶々だしな、出現率の低い魔獣だから見たことがなくてもおかしくないさ」



 山を越えて、丁度目印から真反対側の森に降り立った。

こちら側は人が普段通る道ではないため、あぜ道ではなく天然の芝生や苔で覆われた地面をしている。黒い部分は見られないようだ。


「トルマン、あの土竜一家の気配は感じるか?」


 グルル…、とトルマンは辺りの地中の気配を探っている。

トルマンに気配を探ってもらうとして、俺達も辺りの木の根に土が盛り上がっていないか探すことに。



「あ、土の盛り上がりって言ってもこんもり上がってるわけじゃないからよく目を凝らしてな」


「えっ、そうなんですか?

…道理で巣穴も見つかりにくいわけですね」


 彼ら土竜族は家族ごとに巣穴を持つ。

以前会った彼らによると主食は苔であり、苔が多く発生する土地に住んでいるという。此処は緑の成長速度が異常なためこの大陸に生息する土竜一族のおよそ3割がここに生息しているらしく、天国と言われているらしい。


「土竜って小さな虫などの魔物を食べているんだと思ってました…」


「今文献にあるのはそういった種類のものだけだ。

…初めて彼らに会った時この世界はまだまだ広い、ってことを教えてもらったのさ」


 雑談をしながらでも彼らの巣穴を探す。

しばらくしてトルマンが俺を呼んだ。



「この辺りから気配がする?」


 グル グルル


 周りの木々を傷つけないように小さく頷くトルマンを確認してから、その周囲の根元に目を凝らす。


するとほんの少し、見間違いなのではないかと言うほど少しの隆起部分を発見し、そっと地面を掘ると地下へと続く穴があった。


「あった、此処だ」


 森の南東に住んでいるのは彼らしかいないと、以前聞いていて良かった。


…さて、彼らを呼ぶ前にしなくちゃいけないことがある。

それは何かって言うと、彼らと言葉が通じるように細工をすること。


俺達人間と魔獣では聞き取れる周波数や、発せられるモノが違うため、こういった特別な時だけ彼らと会話ができるように魔法をかける。



「パンジーちゃん、〈水〉の保護魔術は得意?」


「はい。…あ、でもまだそんなに強い魔術は…」


「大丈夫。俺の言う通りに、俺達3人に魔術をかけてほしいんだ。

さっき俺が目印を作ったように、言葉に魔術をかける。

…本来なら、この魔術の場合は〈風〉属性の方がいいんだけど、〈炎〉でかけるより成功率が高いんだ」


「は、はい!」


「保護術の要領で、俺達に水のヴェールを掛けるように。


『〈水〉よ 我らの言葉 繋げん』


さ、たったこれだけさ!失敗しても俺達が水をかぶるだけだから!」



 パンジーちゃんが魔術を掛けやすいようにお互い向き合って立つ。


 言葉に魔術を掛けるだけ、とは簡単なようで実はとても集中力が必要となる。

が、パンジーちゃんはあまり言葉を発しないものの、必死に何かを考えていられるタイプのようだから、彼女の力量に賭けてみることにした。


パンジーちゃんはそっと目を閉じると、右手の示指に意識を高めているようだ。

しばらくして何もない空間にパンジーちゃんが創り出した水が、球体を成し始めた。


そして。



「…『〈水〉よ 我らの言葉 繋げん』!」


 キュッと示指が振り上げられたと同時に、先ほどまで球体であった水が薄いヴェールのように俺達を包み込んでいく。


そして誰も濡れることなく、ヴェールも消えた。



「…お見事。成功だ!」


 パンジーちゃんは目をパチパチさせているが、次第に成功したことが分かったのか、笑顔になった。



 この魔術が成功した。その事実から育てればきっともっと強くなれる。

それはパンジーちゃんも、ウィル君も。根拠はないけれど、そんな気がした。




「さてさて、これで準備は整ったことだし、呼んでみるか。


おーい、アスアさん一家~!」


 と穴に向かって叫ぶとどこからか地響きが聞こえてきた。



「こ、この地響きは?」


「彼が登ってくる音だよ。さ、穴から少し離れて」


「はい」


 2人が1歩下がったのを確認して、俺も半歩程下がると、ボコッと音を立てて何かが姿を現した。



「お!兄ちゃん!久しぶりやないか!」

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