第26話 昇格
-Ivy-
ニコラスからまさに飛んで帰ったところ、丁度広場で団長とばったり。
執務室まではどちらも何も言わず、団長は手元の資料を眉間に皺を寄せながら読んでいた。
《騎士団 執務室》
「魔王の進軍、か」
高そうな椅子に腰かけ本題へ。
「ニコラスの酒場で勇者の子孫と名乗る少年に遭遇し、その先祖が書いたという100年前の日記には『人間界に進軍してきたのは魔王と人間界には存在しないはずの生物であった』と記されていました。
…一応、彼が読み上げている間中に手帳に残された”気”を探っていましたが、彼が書き足したり偽装しているというわけではなさそうでした」
「その手帳に使われている文字の染料は?」
「文字に使われているのは一般的な木の実の染料ではなく、〈水〉と〈地〉の魔力をかけあわせて書かれた特殊なものでした」
通常、文字を書くときには見た目が炭にしか見えないゴツゴツした木の実の汁を使う。しかし先ほどの日記の文字は魔力によって書かれたものであり、かなり高度な術者だったことが窺える。
「100年前の勇者…。アイビー、その少年は今もニコラスに?」
いつも穏やかな団長の眼が鋭くこちらを見る。
「…っ、上級エドワードの指令により現在、仮入団者エヴァンと共に行動しています」
あの眼をしたときの団長は何か大きなことをしようと決断した時の雰囲気だと、以前エドワードさんが言っていた。
「アイビー」
「はっ!」
「これよりワイアット騎士団に魔王捜索隊本部を設置する。
警備団には私から報告する。お前は仮入団含め手の空いている団員を講堂に召集しろ。現在警備中のエヴァンもとその少年もここに。上級が帰還するまではお前に指揮を任せる。…できるな?」
「勿論です」
一礼をして執務室を出る、ところで団長に呼び止められた。
何かと思い、団長に近づくと団長が俺のマントに手を伸ばした。
ピンと張り詰めた空気の中でピンと伸びた背筋。
何かが焼ける匂いがして匂いの
「言い忘れていたが、本日付で上級への昇格が決まった。
しかし上級としては新人だ。他の上級が帰還次第、指示を仰げ」
団長は淡々と告げるが、途端に頭が回らなくなった。
…俺が、上級だって?
イングリッシュ・ネイビーに黒い刻印が目立つ。
実は同期だった最年少のリグは入団後一年もたたずに中級、上級へと駆け上がっていった。リグの兄のように親しんでいた俺はリグが昇級しても暫らく下級で燻っていた。そんなところをエドワードさんが中級に引き上げて下さった。
それから2年。長かったような、早かったような。
「実は朝一番に言うつもりだったんだが、警備団から呼ばれてしまってな。
…今日中に言う機会が巡ってきて良かったよ」
「お、俺が上級で、いいんですか」
「何だ?もうしばらく中級に留まって居たかったか?
…お前は昇格が全上級に認められるくらいの力がある。力もコレも存分に使ってくれ」
「いえ、この度の采配、誠にありがたく受けさせて頂きます。
騎士団の名に恥じぬよう、騎士団によりいっそう、ここに忠誠を誓います」
勢いよく執務室から飛び出し、刻印と共に手渡されたモノを首にかける。
俺の
それはワイアットの街のどこにいても聞こえる団員招集時に使われる特殊な笛。
それに、思いっきり息を通した。
ピィーーーーーー
澄んだ鈴のような、そんな高い音がワイアット中に響いた。
《騎士団 講堂》
「…と、各部隊人数の報告を」
講堂にわらわらと集まった団員達。とりあえず俺が上級に昇格したことは左上腕部に押された刻印で全員理解しているようだ。
しかしその中にまだ他の上級達の姿は見られないため、臨時招集の理由と今後の大まかな行動内容を伝え、講堂での待機を言い渡した。
すると先ほどまでニコラスで共に警備にあたっていたエヴァンがエドワードさんともう一人の仮入団者の男と講堂に入ってきた。エヴァンの横にはあの少年、ウィルと少女もいるようだ。
「エドワードさん」
「おぉ、アイビーか。ようやく刻印貰ったのか~」
「お陰様で。…エヴァン、警備お疲れさん」
左肩の刻印をまじまじと見ているエヴァンにも声をかける。
「いや、アイビーこそ。…上級昇格おめでとう。敬語に戻した方がいいか?」
そんなニヤニヤした顔で言われても…。お前、別に戻す気ないだろ?
「いい。歳変わらないし堅苦しいの俺苦手なんだよ…。わかってて言うなよ」
バレてたか、なんて入団直後と比べるとよく笑うようになった気がする。
気がする、というよりはなった、かな。
何だか和やかな空気の中、ニヤつくエヴァンの後ろで辺りを見回してる少年たちにエドワードさんが見兼ねて声をかけた。
「さて、団長が戻ってくるまでは待機しかできないしな。
…そこの少年、昔話してくれよ。100年前の出来事を…」
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