第18話 得意な趣味



-Evan-



  エドの言う通り、森に入ってから何かしらの気配はずっと感じていたが、俺達からは随分と距離をとって遠巻きに偵察しているような感じだった。


だが森の中腹に入り、状況は変わった。

俺達以外の足音が草を踏む音が聞こえてきたのだ。

それもかなりのスピードで。



「…来る」



 腰に手を伸ばし、剣本体に〈風〉の魔力を纏わりつかせる。

こうすることで殺傷能力はないものの、向かってくる相手の動きを一瞬でも止められる、〈風〉の魔力を纏った衝撃波が打てる。



 ―――ガサッ…!


「ハァッ…!」


 飛び出してきたの予想していたウルフではあったが、思っていた姿形よりもひと回りは大きく、色は黒い。


そして、飛び出してきたタイミングに合わせて衝撃波を打つ。


すると黒いウルフは〈風〉の力によって地面から足が離れ、背中から近くの木に叩きつけられた。



「黒い、ウルフか?

ウルフにしては体が大きいし、それに耳が小さい。

これまで何度もこの森を通ってはいるが、こんなヤツは見たことがないぞ」


「俺も、です。この辺りのウルフはコイツよりも体が小さく、色は白いはずです」


 エドとティムは、万が一囲まれても対処できるようにそれぞれドラゴンに戦闘と左側を任せ、俺の横に並び立った。


叩きつけられたウルフはよろめきながらも立ち上がり、こちらを威嚇している。


「エドワード、この場合は眠らせて本部へ移送しますか?」


「そうだな…、こんなヤツが居るとなると街の住人たちのも呼びかけなければならないしな…。生憎俺はこの手の魔法は苦手でな、エヴァンかティム、得意か?」


 俺も眠らせるのはあまり得意ではない…。

という意味も含めてティムを横目でちらりと見るとティムは任せろ、と言わんばかりに親指を立てた。


「俺がやります。実は趣味で色々な作用の薬を作ってまして…。

吸っちゃうと人でも眠たくなってしまうので注意してください」


と、懐から白い小さな包みを取り出し、威嚇したままその場を動かないヤツに向かって吹きかけた。

それに俺の〈風〉の魔力を足して、薬がヤツにだけ行き渡るよう風を送った。

ヤツは風に乗った薬は吸わぬよう距離をとるも、〈風〉の魔力の掛け合わされたソレからは逃げられない。


にしても薬の調合が趣味とは…。いや、変わってるとかじゃないが、ゴツイ系の見かけのくせして繊細な趣味を持ってるんだな、ティムは…。



「便利だな、〈風〉の魔力は」


 エドはティムにヤツを眠らせるという仕事を任せ、既に戦線離脱。

要するに、高みの見物状態。


「まぁ、スピードさえコントロールできれば大体何にでも使えますからね。

現に、ワイドベリーの主人なんかそれで仕事してますしね」


「それもそうだったな」




 一方、結局薬から逃げられず上手いこと吸いこんだらしいヤツは足元が覚束なくなり、終いには瞼が完全に閉じた。



「やれやれ…、とんだ足止めだったな。

気を取り直して店に戻ろう」


 その後半刻程、森の中を進みようやくワイアットの街が見えた頃には陽は真上に上り切っていた。





《酒場 ワイドベリー》



「マーガレット」


 正門を抜け、先程捕獲したウルフを移送すると言ってエドワードは徒歩で本部へ戻り、ドラゴン3頭は飛んでいった。そして残った二人で店へと戻り、冒頭に戻る。



「おかえりなさい!ご苦労様でした~!

…ってあれ、エドは?」


「あぁ、ちょっと用ができて先に本部に戻ったんだ。

それよりこの仕入れたものはどこへ運べばいい?」


 木の実入りの特大の麻袋が3つと香草が2つ、食用の獣が入った木箱が8箱、それに酒樽が10樽……。

因みにこれで3カ月分らしい。3カ月毎にこの量を運んでいたらそのうちあの荷車が壊れそうだ…。


「じゃあ裏から運び入れてもらっていい?今ちょうどお昼時でわたしは手伝えないけど」


 この量を2人で、ね。と、マーガレットのトドメの一言。

先ほどまで涼しい顔をしていたがティムだが、それを聞いた途端に顔が青くなった。



「荷台から下すにはかなりの労力が必要だし、そこは俺の呪で下して途中までは運ぶから、ティムはそれを店の中まで運んでくれ」


「そうだな、この量と数を下すとなると腰にきそうだ…。エヴァン、できるだけ近くまで頑張ってくれ」


「あぁ…。ガス欠になったらスマン」


 まぁぶっちゃけ、これでも魔王だからこれぐらいでガス欠になったりはしないけど、そんなタフだとヒトにしてはおかしいからな。ヒトではないとバレないように念には念をってな。



「よし、やるか」


 剣やら防具やらを取っ払って一番身軽な姿になり、袖をまくり上げた。

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