第16話 千載一遇



 まさかの、事態だ。



「”魔王”だなんて最近聞かないワードだったから思わず話を聞いちゃったのよ!」



 市場の目の前には煉瓦レンガ造りの大きな酒場が建っていて、2階にはワイドベリー同様、宿屋の看板がぶら下がっている。


「で、その”魔王”について話していたっていうのはどんなヒトなんだ?」


「えっとねー…あ!あの一番奥のテーブルについているのがその人よ!」


 リンの目線の先には布の旅装束に身を包んだ、まだ若い少年と仲良さそうに話す少女が見えた。2人とも随分と若いみたいだが…。


リンはそのテーブルを目指してまっすぐ店内を突っ切っていく。


「ねぇあなた、昨日”魔王”を探してるって言ってた子よね?」


「え、あぁ、そうですけど…あれ、昨日ここで食事してた人だよね?

名前なんだっけ?ごめん、忘れちゃった」


 木の実を口へと運ぶ手を止めて少年は顔を上げた。

リンが話しかけているその後ろから少年らの顔だちを見ていたが、やはり若い。

おそらく騎士団のリグという娘とあまり変わらなそうな年に見える。


「それもそうよね~。だって私昨日名乗ってないもの。

私はそこの鉱石屋の娘のリンよ!こっちはワイアット騎士団下級騎士(仮)の、」


「エヴァンだ、よろしく」


「え、騎士団の人?しかも(仮)ってことはつい先日の試験に受かった人だよね?

あ、あの!僕、あの試験見に行ったんです!

ていうか…、エヴァンさんてあの一番大きいドラゴンを連れてた人じゃないですか!お、お会いできて光栄です!!」


 え、あ、はい。

勢いよく少年が立ち上がったことで隣に座っていた少女の肩が大きく揺れた。

余程吃驚したらしい。


「あ、申し遅れました!僕はウィルと申します。訳あって、魔王を探して旅をしています。こっちは一緒に旅をしている、幼馴染のパンジー」


「初めまして、回復魔法が得意です。パンジーです。よろしくお願いします」


 まさかの。


「実は俺もその”魔王”を探してるんだが、もし何か知っていたら話してくれないか?」


 実を言うと”魔王”なら今君の目の前にいて、君と会話しているんだけどな。


「お安い御用です!実は僕先日の試験を見に行ってからエヴァンさんとお話してみたかったんです!…まぁ情報と、いってもまだまだあんまりなんですけど」


「いや、大丈夫。頼むよ」


 千載一遇のチャンス。このウィルという少年がこの時代の勇者だとしたらここで逃すわけにはいかないな。

まさかこんなところで会えるとは微塵も思ってなかったけど。


「あ、でもエヴァンさん、時間大丈夫なの?」


 リンに言われるまですっかり失念していた。時間タイムリミットまであとどれくらいだ?


「…少しなら大丈夫。だけどゆっくり聞きたいからなぁ…」


 どうしたものかな。この2人がまだこの街にいるなら任務を終えてからまた来ようか…。


「ウィル、いつまでこの街に滞在する予定なんだ?

もしまだいるなら、今受けてる任務が終わったらまたこっちに来るよ」


「そうですね!僕ら、まだそこの市場で見たいものもあるので、少なくとも明日の昼まではこの街に留まるつもりです。僕もできればゆっくりお話がしたいので、そうしていただけると嬉しいです」


「じゃあそれで決まりだ。

任務が終わり次第またここの酒場に来るよ」


 任務には遅れるわけにいかないからな。

ここから集合場所までは少し距離があるし、またあとで来るとしよう。


「わかりました!ここでお待ちしていますね!」



 その後、酒場でウィル、パンジー、リンと別れ、先程ティムと別れたこのT字路に戻ってきた。


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