02-4 いきなりプレイ発言

「いよいよ夢世界だな。かえでの」


 一面真っ白の、夢世界の入り口に浮かんだまま、リンちゃん、楽しげに笑ったわ。リンちゃんも私も学園の制服姿。……まあ私はニセ生徒なわけだけどさ。


 入り口とはいえ外側だからさ、重力が変動してて、リンちゃんのスカートはまくれ放題。色っぽい下着が丸見えじゃん。


 伊羅将いらはたくんがいたらやばいよね。また固くして恥かきそうというか。あっ、笑っちゃ悪いか……。


「いい。リンちゃん、行くよ」

「早く行こうぜ。けけっ」

「入り口を抜けるとき、ちょっと頭が捻れる感覚があるけど、びっくりしないでね」

「わかってるって。前も潜ったじゃんか、ストーカーの夢世界に」


 私は思い返した。リンちゃん曰く「藤田のクズ野郎とかいうストーカー」こと、藤田葛生の夢に入って、ストーカーをリンちゃんとSM懲罰した。あのときは面白かったよね。リンちゃんの女王様姿、まさに適役って感じだったし。


「あと国光くんも」

「わ、わかった。頭が捻れるんだな」

「そうそう」


 私たちの後ろにこわごわ控えてるのは、伊羅将くんのお父上、つまり国光くんだよ。夢世界での注意事項とか、かえでちゃんにどう接するべきかとか、くどいくらいに説明して連れてきたんだけどさ。


 ……正直、ちょっと心配。だって国光くん、かえでちゃんの巨乳属性を聞いた途端ぼーっとなっちゃって、その後の説明、あんまり頭に入ってなさそうだったからさ。


「じゃあ、いっくよー」



 ――すっ――



 夢境界を抜けて、かえでちゃんの世界に入った。今は午前二時。ぐっすり眠ってるみたいだから、私たち仙狸せんりにとってベストタイムだよね。


「おっ」


 国光くん、目を見開いて、あたりを見回してる。


「あらー。これはこれは……」


 なんだか、かえでちゃんらしい夢世界だわ。ぽわぽわした柔らかな布団みたいな地面が、ずーっと地平線まで広がってる。葉っぱの小さな木があちこちで、思いっきり枝を広げてる。


 で、お空にはキラキラおひさま。暑くも寒くもない、気持ちいい世界だわ。ただ――。


「歩いてるのは、ぬいぐるみのくまさんだけか……」

「それも、茶色だけじゃなくて、白黒赤に緑色までいるぞ」


 ちょうど大人の大きさくらいのぬいぐるみが立って歩いてるわ。大きな頭に、くりくりのガラスっぽいおめめ。デフォルメされた体型。……まあ着ぐるみだよね、見た目は。


「ゆるキャラよりはかわいいから、いいんじゃない」

「まあな。……ただこうなるとよ」


 リンちゃんが目配せしてきた。


「そうだよねー」


 ふたりして国光くんを見つめる。


「な、なんだよ。レイリィちゃん」


 私は説明した。正直に。この愛らしい世界に、もっさりジャージ姿のおっさんが似合わないってことを。


「じゃあ、どうすればい――」


 最後まで言わせなかった。ぽんっと手を振って、国光くんを茶色のクマさん着ぐるみ姿に変身させる。まあ被り物はなしで、頭は素で露出させておいてあげたけど。


「な、なんかヘンな気分だな。学生のときの着ぐるみバイトを思い出すよ」


 自分の腕をさすってるわ。


「けけっ。おっさんかわいいじゃんか。普段もこのカッコで過ごしたらどうだよ」

「バカ言わんでくれ。ウチの会社は社内が暑いんだ。体が持たん」


 あらー。日常とか通勤とかは気にしないみたいね、着ぐるみ姿。


「前、こんな映画観たぜ。茄子なんとかって女優が、クマの着ぐるみでホテルのカフェに座ってる奴」

「なにそれ。面白そう。ねえ教えてよ、リンちゃん」

「うーん、なんだったかな……。そうだ、たしかホテルニ――」

「もういいから、早く紹介してくれよ。巨乳の娘」


 国光くんがっつきすぎ。


「なんだおっさん。目が血走ってるじゃんか。そんなんじゃドン引きされて瞬殺だな。なにしろ、ちょっとズレてる娘だからよ」


 ガサツなリンちゃんにまで引かれてるじゃん。


 でもまあ気持ちはわかるんで、さっそく連れてったわ。かえでちゃんの気配のある場所にワープして。


 いた。木陰のベンチに座って、後ろ姿で、なにか本読んでる。お嬢様っぽい白のブラウスに苔色のスカート姿。ちょっとレトロな感じだよね。


 ポイントは、あくまで「夢」だと、彼女に思わせること。ここが破れると、ちょっと危険。……なんたって夢妖怪の仙狸とか教えてないからさ、かえでちゃんに。


「いい国光くん。かえでちゃんは、自分が夢見てると思ってるからね。私たちが夢に介入してるなんて、知らないんだからさ」

「わかった。言動に注意する」

「そうそう。頼んだよホントに」


 彼女ができるかもってんで、国光くん必死じゃん。かわいい。


「はろはろ~。かえでちゃん」


 かえでちゃんが振り返った。


「あれ、レイリィさんにリンちゃんか……。今日の夢は、妙にリアルだよねー。いつもはクマさんしかいないのに……って」


 顔が曇った。


「あとなにそれ、その(・(ェ)・)スタイルのおじさま」

「これはよ。お前に優しくしてくれる、理想のクマおっさんだよ」

「へえー」


 あら意外にも納得してる。リンちゃんナイスフォローってとこかな。


「だってこれならほら、手も棒みたいだから、胸揉まれたりしないだろ。それに毛皮で柔らかいし、例の固い奴もないからさ。苦くもないぞ」


 ……なに言ってんのよ。はあー。


「は、はじめまして。くくく国光」

「は?」

「国光」


 国光くん、汗かいてるわ。想像してた以上にかわいい娘だったから、ちょっと緊張気味かな。夢世界も初めてだから、まあ緊張するのが当然なんだけど。


「おっさんの名前だよ。物部国光」


 焦れたリンちゃんが助け舟を出したわ。


「あっ……じゃあ。あの物部くんの」

「そう、父ちゃん」

「そういえば、……なんか似てる。間抜けそうなところとか」

「ぶっ!」


 リンちゃん、噴いてるわ。夢だもんだから、かえでちゃん気を使わなくって、ボケパワー倍増だね。


「リンちゃんが紹介してくれるって言ってたの、このクマさんかあ。……なんか今日はつくづくヘンな夢だわ。ふうー」

「いいからよ。とっととデートしようぜ。ふたりとあたしたち四人でさ」

「いいよ」


 意外な仲人パワーを発揮したリンちゃんが先導する形で、私たちは夢世界をぽわぽわそぞろ歩きした。リンちゃん気が短いから、けっこう向いてるのかもね。先導役。


 んでまあ、それなりに会話があったりしていい雰囲気になったから、この世界に似合った感じのほんわかソファーを出してふたりに座らせたわけよ。私とリンちゃんは後ろでそっと見守る形にして。


 いい展開でしょ、ここまでは。と思ったらさあ……。


「ところで、その……」


 もじもじし始めたわけよ。かえでちゃんが。


「ここは夢だし、誰にもわからないから……その……」


 嫌な予感がするわ。


「おしめ替えてほしいな」


 おっとー! いきなりの暴走宣言。


「お、おしめ……」


 国光くん、超絶絶句! どうなんのよ、これ。はあー……。

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