07:共に歩む
マシューがリタと話し合いを設けた翌日。アレックスとマシューは、新たな事案に着手していた。その事案というのが、これまた一風変わったものであったが。
「自首ですか?」
「ああ、そうだ。違法改造したアンドロイドを所持しているから捕まえてくれ、と本人から電話がかかってきた」
アレックスとマシューは、ボスの言葉がいまいち飲み込めていない。
「電話をかけてきたのはジェニファー・リンクスという女性だ。ひとまずお前らに行ってきて欲しい」
アレックスは納得がいかない様子でボスに問いかける。
「そういうの、一般にさせたらどうです?」
「一般部門も手が足りないんだ。彼女の言う通りなら、現場は一回で済むだろう。さあ、とっとと仕事にかかれ!」
アレックスとマシューは、車に乗り込み、リンクスの家に向かう。そこは小さめの一軒家で、植木がほどよく手入れされた感じの良い家であった。
「ごめんください。警察の者ですが」
マシューがインターホンに呼びかける。ほどなくして、ボサボサの髪を胸まで垂らした、四十代くらいの女性がよろよろと出てくる。
「ああ……来て下さったんですね。どうぞ」
リンクスの風貌とは逆に、家の中はきちんと片付いているように見える。アレックスとマシューは、やや緊張した面持ちでリビングへと入る。
そこには、茶髪に青い瞳の、美しい顔立ちをした男性がソファに座っていた。
「こんにちは」
彼は白い歯を見せて笑う。アレックスが見抜くまでも無く、この男性はアンドロイドである。
「もう、別れは済ませたんです。だから、ロビンを連れて行ってやって下さい」
リンクスは、生気のない声でそう言う。
「アレックス、間違いないな?」
「うん」
念のため確認を取ったマシューは、リンクスに向き直り、疑問をぶつける。
「我々の仕事は、違法改造されたアンドロイドを回収し、所有者を逮捕することです。しかし、こうして自首されるケースは、正直言って初めてです」
「あら、そうなんですね……」
「あなたを逮捕する前に、お話を聞かせてもらっても、よろしいですか」
アレックスとマシューは、ソファに腰掛ける。ロビンは笑顔のままだ。その表情のぎこちなさを見る限り、彼は古い型だと分かる。
「私とロビンは、家族……いえ、夫婦同然に暮らしていました」
リンクスは、天井を見上げ、語りだす。
「違法改造を依頼したのは、彼と胸を張って外を歩きたかったからです。本当の夫婦のように、買い物をしたり、旅行をしたりして」
アレックスとマシューは、黙り込んだまま、彼女の話を聞くことにする。
「けれど、気付いてしまった。私はこうして老いていくのに、ロビンは美しいまま。アンドロイドは歳を取らない。その現実に直面して、絶望したんです」
「それで、自首されたわけですか」
「はい。私は甘かった。何でも言うことを聞いてくれるロビンに、依存していた。でも、それじゃダメなんです。所詮、人間とアンドロイドは違うんです」
「では、ロビンさんの機能を停止する処置を取りますね」
「お願いします……」
アレックスは立ち上がり、金属製の鹵獲リングをそっとロビンの首にはめる。機能を停止し、がっくりとうなだれるロビンを見て、リンクスは大粒の涙を流す。
「ああ、ロビン、ロビン……」
リンクスはロビンに縋り付く。アレックスとマシューは、彼女をしばらくそのままにしてやることにした。
デスクに戻ったアレックスとマシューは、浮かない顔をしていた。向かいの席の主たちはいない。二人とも出張中なのだろう。
「なんか、後味悪い事案ね」
「ああ。簡単といえば簡単だったが」
そんな二人を見て、ビリーがコーヒーを持ってくる。アレックスの方のみ砂糖とミルクが入っている辺り、すっかり彼はデッカード部隊の好みを心得ている。
「ありがとう、ビリー」
「いえ。今回も大変だったみたいですね」
「大変と言うか、何と言うか……ねえマシュー?」
「アンドロイドを愛してしまうと、その末路は悲惨である、という事案だった」
ビリーは詳細を知らないので、首を傾げる。アレックスが簡単に事案を説明する。
「そうですか。映画のようにはいかないものですね」
「映画?」
「アンドロイドに恋して、って知りません? アンドロイドと結婚した主人公が、最期はそのアンドロイドに看取られて終わるんですよ」
結婚、という言葉に、マシューは反応する。自分は、当然のように人間であるリタを選んだ。彼女とは、共に老いることができる。
しかし、もしもリタがアンドロイドだったら。果たしてその映画のように、美しい容姿のままのリタに見送られることはできるのだろうか。
そこまで考えて、マシューは両親への説得の方が先決だ、と思い返す。
「何考え込んでるのよ、マシュー」
「いや、実はな。もう一度、リタの両親と会おうと思っている」
「そうなの。上手く行くことを願ってるわ」
マシューは一次報告書を作成しながら、今回の事案のこと、リタの両親のことを考える。考えがまとまる頃には、すっかり日は落ちていた。
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