08:始まり
マシューとリタは、再びリビングに通されていた。前回と違い、リアレからの紅茶の提供はない。口火を切ったのは、リタの父だった。
「この前はすまない。話もよく聞かずに、追い出してしまった」
「いえ、いいんです」
「よって、今日はじっくりと君の話を聞こうと思っている」
リタの母は、何も話そうとしない。話すなとリタの父に言われている風であった。
「知っての通り、わしらはアンドロイド人権主義者だ。リアレのことも、娘のように思っている」
「ええ、存じております」
「だからこそ、今の警察のやり方は気に食わん。アンドロイドをただの機械のように扱っておる。だが、それは違う。アンドロイドは生きているのだ」
リタの父の言葉に、マシューは頷かない。生きている、という表現は、正しくないものだと感じたからだ。
「アンドロイドに心があるかどうか、私には分かりません」
「警察にしては、頼りない考えだな」
「ええ。そうかもしれません。今まで私は、数々の違法なアンドロイドたちと出会ってきました。虐待を受けたアンドロイドたちもいました」
思い返しているのは、クレマチスの事案だ。あの娼館にいたアンドロイドたちの身体には、数々の暴行の痕が見受けられた。
それを聞いたとき、マシューは思ったものだ。もう少し早く、事件を解決し、彼女らを救えていれば、と。
「それで、君はアンドロイドに同情するのかね?」
「同情します。彼らは、仲間ですから」
「ほう、仲間とな?」
「ネオネーストの掲げる、人とアンドロイドの共生都市。それは、人がアンドロイドのことを、共に生きる仲間だと認識しなくては実現しません。私はその考えに、大いに賛同します」
それは、紛れもなくマシューの本心だった。決して両親に取り入ろうとして言ったわけではない。そのことを、リタの父は見抜いてくれるか。
「ではマシュー、話を変えよう。君は、今の自分の仕事を正しいと思っているのかね?」
「はい、そう思います。アンドロイドは私たちの仲間ですが、それでも人とは違う。時にはただの機械だと割り切って接することも必要だと、私は考えます」
「それが、君の仕事というわけか」
「そうです。違法なアンドロイドの存在は許せません。法の規律の範囲内で、アンドロイドと接するべきだと考えます。この考えは、変わりません」
リタの父は真っ直ぐにマシューの瞳を見据える。そして、大きく息を吸い、こう言い放つ。
「わかった。中々にいい意見だ。人とアンドロイドの関係を考える上で、非常に参考になったよ」
「パパ!」
「私と君とは相容れない所もある。しかしそれも、人と人との関係だ。君たちの結婚を認めよう。さあ、リアレ、紅茶を持ってきなさい」
リアレはにっこりとほほ笑むと、紅茶を淹れる準備を始める。マシューの背中は、びっしょりと汗で濡れていた。
それから、数か月後。ネオネーストの役所にて、マシューとリタの結婚式が行われた。
結婚式といっても、リタの希望でごくごく落ち着いたものになったのである。それでも、真っ白なレースのドレス姿で現れたリタの姿に、参列者たちは歓声をあげる。
参列者の中には、グリーンのドレスに身を包んだリアレの姿もある。彼女は周囲の様子に合わせ、笑顔で手を叩いている。
「良かった……良かったねえ……」
ボロボロと涙を流しているのは、リタの父でも母でもなく、アレックスである。
「お前、化粧取れるぞ?」
そう言いながらティッシュを差し出すノア。彼は場所を移して行われる宴会のことしか考えていない。この後は、レストランでどんちゃん騒ぎの予定だ(少なくとも、ノアの中では)。
「いやあ、本当に綺麗ですね。マシューもこんな日に限っては爽やかに見えます」
サムは少々失礼なことを言っている。だが、実際に、マシューの顔つきは晴れやかで、全ての憂いを洗い流したかのようだ。
デッカード部隊の面々は、全員式に呼ばれていた。もちろん、ボスとビリーもだ。
「ふふ、オレの結婚式の時を思い出しますよ」
ビリーがそう言うと、ボスは苦々しくこう返す。
「私はもう、覚えちゃおらんよ」
婚姻届にサインをし終わった二人は、参列者たちに対し、手を振りながらにこやかな笑顔を送る。彼らの新しい始まりだ。
「本当におめでとうございます、お二人とも……」
リアレがそう呟いたのを、聞いた者は誰もいなかった。
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