06:選択
アレックスに悩みを打ち明けた翌日、マシューはボスとミーティングテーブルに居た。
「それで、話は結婚のことか」
「はい。実は、彼女の両親に結婚を反対されています」
マシューは、昨夜アレックスに話したように、今までの説明を行う。ボスはしかめっ面でため息をつく。
「人権主義者にも色々ある。運動をするほど程度が強い人間から、心があるから可哀相、と思っているくらいの人間までな。親御さんは、どっちだ」
「わかりません。ろくに話もできないまま、追い出されたので」
「なるほどなあ」
ボスは俯き、腕を組む。
「それで、ボス。可能であれば、転属したいんです」
「な、何だと?」
「もちろん、次の異動の時期に、ですけど」
「いや、そういうことじゃなくてな」
まさかのマシューの言葉に、ボスは中々ついて行けない。長い間首を捻った後、こう話す。
「私は長い間、この警察組織で生きてきた。このデッカード部隊の立ち上げにも、身を尽くした。家庭を犠牲にした時期もある。だから、お前の転属願いは虫が良すぎると感じる」
「やはり、そうですか」
「だがな、一方で私は、家庭を大事にすべきだったと悔いてもいる。実際、親の死に目には会えなかった」
マシューは何も答えることができない。
「なあ、マシュー。転属の事は、もう少し保留しろ。人事評価までまだ期間がある。その時になってもまだ転属したいなら、そう言え」
「分かりました」
デスクに戻ってきたマシューを、アレックスが心配そうに見つめる。
「保留しろと言われた」
「そう。それがいいよ」
それから二人は、ビリーの淹れてくれたコーヒーを飲みながら、仕事の話を始めた。
帰宅したマシューは、早速リタに転属の話をボスにしたことを話す。
「まあ、通らないかもしれないけどな。もし上手いこと転属すれば、胸を張って親御さんのところへ行けるさ」
リタはさぞかし喜んでくれるだろう、と思うマシュー。しかし、その反応は真逆だった。
「何故そんなことを言ったの! 転属しろなんて、私は言ってない!」
思わぬ言葉にマシューは絶句する。リタは続ける。
「あなたは、あなたの仕事に誇りを持っているんじゃないの? 違法なアンドロイドを取り締まる、それのどこが悪いのよ!」
「お、落ち着けよ、リタ」
「落ち着けないわ。私のために仕事を変えるなんて、そんなのちっとも嬉しくなんかない。私は、あなたの仕事を尊敬しているのよ!」
それからリタは、マシューがデッカード部隊に配属されたときのことを語りだす。
あの時マシューは、かねてからの希望が通った、と喜んでいた。マシューは日ごろから、アンドロイド関連の犯罪を憎んでいた。人とアンドロイドが共存する上で、区別はなくてはならないのだと憤っていた。
「それに、アレックスは? あなたの大事な相方じゃない。彼はどう言っているの?」
「その、転属しろと言ってきたのが、アレックスなんだ」
「きっと、本心じゃないわね」
リタはフン、と鼻を鳴らす。実際の所、アレックスは引き留めたいに違いないであろうことを、マシューは知っていた。
「リタ。もう一度、考え直そうか」
「そうね。私も少し、頭を冷やすわ」
マシューは冷蔵庫から、オレンジジュースを取ってくる。
「それで、リタ。親御さんは、どのくらい人権主義に傾倒しているんだ?」
「わからないわ。けど、そう言いだしたのは私がハイスクールに通いだした頃だと思う」
「どう言っていた?」
「アンドロイドには心がある。だから、人と同じように接しなくてはいけない、と言われたことがあるわ」
「そうか……」
マシューとリタは、散々考え抜いた上で、もう一度両親と話し合うことに決めた。
同じ夜。リタの父は、何が見えるわけでもないが、窓の外を眺めていた。
「あなた、ここにいると冷えますよ」
リタの母は、ソファに座るよう促す。
「リアレ、紅茶を淹れてきて」
「はい、奥様」
ソファに座った二人は、特に面白味のないスポーツニュースを流しながら、リアレの淹れた紅茶を飲む。
それは、リアレを迎えてからの、夫婦のいつもの習慣だった。
「ねえあなた。やっぱり、マシューとリタに謝りましょう。あんな追い出し方、良くなかったわ」
リタの母がそう言うと、リタの父はこう答えた。
「追い出したこと自体は謝ろう。しかし、結婚は別だ。マシューの考え方を聞いてからでないと、許さん」
二人が話している間、リアレはソファの脇でじっと立っている。
しかし、彼らが話している内容を「理解」しているかどうかは別だ。
リアレはただ、夫妻が発した言葉が「命令」なのかどうか「判断」するため、会話を「聞いている」にすぎない。
「……リタから電話だわ」
リタの母は、リタから近日中にもう一度会わせてほしいという内容を聞く。もちろんそれを承諾する。
「今度はきちんと、マシューの話を聞こう。さあ、もう寝ようか」
「ええ、そうしましょう。リアレ、リビングの片付けをお願い」
「はい、奥様」
「ふふ、あなたは本当にいい子ね」
リタの母は、リアレの頭を撫でる。その行為に、何の意味もないというのに。
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