05:相方の矜持

 アレックスは苛立っていた。

 マシューはボスに、正式に結婚するとの報告を終えており、デッカード部隊全員でそれを喜んだ。

 それなのに、最近相方の様子がおかしいのである。仕事をしている時も、どこかぼんやりうわの空、やめていたはずのタバコまで吸っている。

 幸せボケではあるまい。それは確実。しかし、なぜ自分に何も言ってこないのか。


「アレックス、頼まれていた資料なんですけど、グラフ化できました」

「あいよ、ありがと」


 ビリーはよく働く。さすが成績優秀者だ。彼が来てから、デッカード部隊の事務仕事は滞らなくなり、残業も減った。

 アレックスはグラフを確認する。全く間違いのないそれに感嘆しつつ、ふと隣を見ると、いつの間にやらマシューはいない。どうせ喫煙所だ、と思ったアレックスは、追いかけることにする。


「やっぱりここにいた!」

「何だ、アレックスか」

「何だ、じゃないわよ。タバコばっかり吸いに行きやがって」

「ああ……悪い」


 言いたいのはそこじゃあないんだ、とアレックスは思いながら、自分もタバコに火を点ける。


「あんたさ、最近おかしいわよ」

「やっぱり、そうか」

「何、自覚あるのね」


 マシューのタバコから、ハラハラと灰が落ちる。


「悩んでることあるなら、言いなさいよ。私たち、相方同士でしょ?」

「うん、そうだったな。今夜飲みに行くか?」

「もちろん」




 安居酒屋に腰を押し付けたマシューとアレックスは、ビールとつまみを注文し、まずは仕事の話をはじめる。


「ビリーって本当、よくできる子ね。ソフィアを超えるんじゃないかしら」

「そうだな。お陰で助かってる」


 机に注文したメニューが出そろったところで、アレックスは本題に入る。


「リタと上手く行ってないの?」

「いや、そうじゃないんだ……」


 マシューはこれまでのことを話し出す。リタの両親がアンドロイド人権主義者であること。挨拶に行った際、追い返されたこと。それ以来、リタが落ち込んでいること。


「そりゃあ、大変だわ」


 アレックスはピクルスをカリポリとかじりながら、どう慰めようか迷う。


「リタは、親との縁を切りたいとまで言い始めた。もちろん、そんなことはさせたくない」


 マシューが孤児だったことを、アレックスも知っている。彼自身も、半ば捨てられた形でソレル研究所に入ったので、両親というものは知らない。


「あんたはどうしたいのよ?」

「リタの両親とは、仲良くなりたい。でもそのためには、色々と誤解を解かなきゃならない」


 誤解、とマシューは言うが、アンドロイド人権主義者にとって、彼らの仕事は「非人道的」と言わざるを得ない。

 違法改造されたアンドロイドと判るや否や、鹵獲用のリングで拘束し、機能停止させ、処分する。その事実は変わらない。

 アレックスたちは今まで、それが正しいと思ってやってきた。人権のないアンドロイドに対して、それは必要な対処の仕方なのだと。


「アレックスは、アンドロイドに心があると思うか?」

「それと似た質問、前にもされたわね」


 アレックスはビールを喉に流し込む。


「無い、と思うわ」

「それは、お前自身としてか? エンパスとしてか?」

「両方よ。私は一度だって、アンドロイドと心を通わせたことがない。感情移入もしない」

「感情移入、か」

「そうよ。マシューは例の小説、読んだことがあるんでしょう? そこにも書いてあるわ。他の存在に感情移入するのは人間だけだって。まあ、だからこそ、アンドロイドに感情移入する人たちも居るみたいだけどさ」


 マシューは押し黙る。アレックスは彼の考えがまとまるのをじっと待つ。


「俺には正直、わからなくなってきた。エンパシー能力も無いしな。もしかしたら、と心の存在を疑いつつもある」

「やめてよ、あんたまで人権主義者になる気?」


 アレックスはそう言って、ポンと手を叩く。


「マシュー。いっそのこと、転属願い出しなさい」

「転属、だと」

「そうよ?あんたがデッカード部隊だから許してくれないんでしょ?警察の他の課だったら、それで丸く収まるわ」


 もの凄い名案を思い付いた、とでもいうように、カラカラと笑うアレックス。しかし、その目は笑っていなかった。

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