04:彼女の故郷
車を走らせること二時間半。マシューたちはリタの実家まで来ていた。プロポーズをしたことは、既に電話で告げてある。
「まあ、いらっしゃい! 遠かったでしょう。ささ、入って入って」
リタの母は、リタと同じ栗毛の女性で、リタよりはいくぶん小柄である。二人が家の中に入ると、今度はリタの父がリビングから出迎える。
「おお、よく来たな。リタも元気そうで何よりだ」
精悍な顔立ちをしたリタの父は、なるほどリタとよく似ているとマシューは思う。
リビングに通された二人は、ソファに座るが、どうにも落ち着かない。実家に帰ってきたはずのリタでさえそうなのだから、マシューは尚更だ。
「二人とも、そんなに緊張しなくてもいいのに。リアレ! お茶を持ってきて!」
リタの母がそう言うと、エプロン姿の女性がポットを持って現れる。その瞳は金色で、頬には識別番号がある。――アンドロイドだ。
「ママ、その人は」
「うん、リアレ? 半年前から、お手伝いに来てもらっているの」
その言い方は、リアレのことを人間として扱っている証拠だった。マシューはぐっと腹に力を入れる。
「本日は、お嬢さんとの結婚の報告をしに参りました」
「ああ。まことに喜ばしいことだ。君のようなたくましい青年に、うちのリタを預けることができるなんてな」
それからしばらくは、マシューとリタの生活について話が及ぶ。きちんと家事はしているのか、食事はとれているのか、等々。
この辺りは、マシューもすらすらと話すことができた。しかし、リアレの淹れた紅茶にどうしても手が伸びない。
「それで、お話ししておきたいことが二つあります。一つは、私が孤児だということです」
「ほう」
「そうだったの。お辛いことが多かったでしょうに」
「これからは、わしらがあんたの親だ。気にせず何でも頼ってくれ」
第一関門突破だ。マシューとリアは頷き合う。そして、もう一つの事。リタとのこれまでの相談では、あえて言わないという選択肢も出たのだが、いずれわかること、と覚悟を決めた。
「私の仕事についてです。私は警察の、アンドロイド特別捜査室という部署に所属しています。違法なアンドロイドを取り締まる所です」
それまで笑顔を崩さなかったリタの両親が、ピタリと動きを止め、顔つきを変える。
「ですが、相手にしているのは、あくまで違法なものだけです」
そして、マシューが準備してきた言葉を放つ前に、リタの父が立ち上がる。
「帰ってくれ! アンドロイドを虐待する仕事をしている男なんかに、うちの娘はやれん!」
「パパ!」
リタの母が、リビングに控えていたリアレの元へ駆け寄り、それを庇うかのようにキッチンへと押し戻す。
「彼は違うの。アンドロイドを虐待なんかしてない。ただ、職務を全うしているのよ!」
「黙りなさい、リタ! お前も帰るんだ、さあ!」
結局マシューとリタは、リビングを追いやられ、とぼとぼと車に向かう。マシューはしばらく無言で車を走らせた後、たまたま見つけたカフェに入る。
「ごめんなさい、マシュー。反発があそこまでとは思わなかったわ」
「いや、俺の言葉選びもまずかったのかもしれない」
「そんなことないわよ。でも、パパとママったら、まさかハウスメイドをリースしていたなんて」
マシューはタバコに火を点ける。ここ最近、禁煙に成功できていたのだが。
「俺がただの警察官だったら、反発はされなかったと思うか?」
リタは即答しない。その間に、コーヒーが運ばれてくる。何の皮肉か、運んできたのはアンドロイドだ。
「それは、分からないわ」
リタはコーヒーに口をつけ、カップを置くと、一筋の涙を流す。
「おい、リタ」
「ごめんなさい。あんな親で。本当に、ごめんなさい……」
マシューはリタが泣き止むのを、ただひたすら、待ち続けた。
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