03:プロポーズ
運命の日。グレーのスーツを着込んだマシューは、フレンチ・レストランの前で愛しい人を待っていた。ポケットにはもちろん、指輪を入れて。
「あら、早かったのね」
「カフェで時間を潰すのも飽きてしまってな」
リタはパープルのドレス姿で、髪を高い位置で結っている。胸元には、マシューが数年前に贈ったネックレスが輝いている。
「じゃあ、入りましょうか」
恋人たちはレストランに入り、しばしディナーを堪能する。高級な料理店には慣れているはずのマシューであったが、この日に限っては食事が喉を通らない。その代わりに、ワインは進む。
「マシュー、大丈夫? 随分とペースが早いけど」
「ああ、大丈夫だ」
マシューは酒に強いが、そうゴクゴクと飲む方ではない。それを知るリタは、本当に不思議に思っているようだ。
「もう何回目かしらね」
デザートを食べ終わった頃、リタが言う。
「何がだ?」
「こうして記念日を迎えるのは」
「そうだな、もう数えきれないくらいだ」
さあ、今だ。マシューはテーブルの下で左の拳を握る。そして右手はポケットに。
「これからも、数えきれない日々を君と過ごしたい。愛してる、リタ。結婚してくれ」
そうして指輪をリタに差し出す。リタは震える手でそれを受け取り、リボンを解いていく。
「まあ……!」
キラキラときらめく、ダイヤモンドの指輪。アレックスと選んだ、例の指輪だ。なので、指輪自体は気に入ってもらえると確信していた。問題は、返事だ。マシューは生きた心地がしていない。
「本当に、本当にこれを私に?」
「そうだ」
「マシュー、愛してるわ。ぜひ、結婚して!」
リタの絶叫がレストラン中に響き渡る。プロポーズの場面に遭遇した観客たちは、こぞって拍手を始める。立ち上がり、マシューの元へ駆け寄ってきたリタは、彼に抱きつき、キスをする。
マシューはこの瞬間、ネオネーストの誰よりも自分は幸せ者だ、と思う。そして、リタの涙をそっと指ですくい、もう一度キスをする。
自室のベッドで寝返りを打ったマシューは、ひどい二日酔いに襲われていた。
あの日はレストランを出た後、バーへ行って、帰って来てからさらに二人でシャンパンを空けたのだった。
脇を見ると、リタはもういない。リビングに居るのだろう、と思ったマシューは、痛む頭を押さえつつ、ベッドを出る。
「おはよう、マシュー」
リタは左手の薬指をじっと眺めている。よほど気に入ったのだろう。これほど嬉しいことはない、とマシューは思う。
ミネラルウォーターを飲みながら、二人は今後についての話を始める。子供ができたらもっと広い家がいい。もちろん車も、なんていう。
「それよりリタ。君の両親に挨拶しに行かなきゃな」
リタの両親は遠方に住んでいるため、今まで行く機会が一度も無かった。同棲するとき、電話で挨拶をした程度だ。
「そっか……そうよね。パパとママに、言わないと、いけないわね……」
急に顔を曇らせるリタに、マシューは焦る。
「どうかしたか?」
「マシュー、よく聞いてね。もしかしたら、両親に、反対されるかもしれないの」
それは、ある程度マシューが想像できていたことだった。彼は孤児だったからだ。リタの両親は裕福と聞いていたから、それで反対されるのなら、どこまでも立ち向かっていこうと決めていた。
「大丈夫だ。俺がきちんと、親御さんを説得する」
「その、ね。反対するかもしれないっていうのは、あなたの……仕事のことなの」
なぜだ、とマシューは愕然とする。彼の仕事は、内容こそ風変りなものの、警察だ。もしかして、命の危険が伴う仕事だから、反対されるのか。様々な考えがマシューの頭の中を駆け巡る。
「実は、うちの両親は、アンドロイド人権主義者なの」
「そうか……」
合点がいく。しかし、言葉は浮かばない。
二人の間に、重苦しい空気が流れる。しかし、彼女の両親と会わなければ、この結婚は進まない。
「とにかく、お会いしてみよう。それまでに俺も考えておくから」
マシューはリタの手を握る。きっと上手くいくと信じながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます